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薬物治療の陥穽ー強迫、双極症ー闘病記【24】

改善されないうつ状態

前回はリチウムが私には効かなかったところまで述べました。今回はその後の治療経過を述べたいと思います。

双極性障害Ⅱ型という診断を受けて、うつ病の治療をしていた時とは薬が大きく変わりました。しかし病気の症状についてはほとんど変わりませんでした。むしろ悪化している面もありました。

週に3日は一日中寝込んでいました。

焦り

しかし、うつ状態だからと言って毎日寝ていることも出来ませんでした。何とか大学院に復学したいと思っていたので、少し調子が良い日は研究に関係する本を読んだりしていました。

ところが本を読んでも内容が頭に入ってきません。理解できないことが多く、頭の衰えを感じてショックを受けました。
病気がよくならないことだけでなく研究への焦りもありました。

また大学院の友達であるMから「早く大学院に帰って来て欲しい」という電話がかかってくるので、なお焦りました。

うつ状態に必要なゆっくり休養するということが出来ていなかったのだと思います。

私のうつ状態はつらいがメイン

私が変わっているのかもしれませんが、うつ状態がひどくなると苦しくていられなくなるのです。なんと表現したらいいのか分かりませんが、とにかく「つらい」のです。よく、うつ状態として言われる「やる気が起きない」や「憂鬱な気分になる」とは少し違うのです。もちろんそれもありますし、寝ているという行動だけみればほぼ一緒です。

しかし寝ている時にいても経ってもいられないくらい苦しく、なおかつ「つらくて」起きられないのです。布団の中でもがいていました。私のうつ状態はいわゆる静かな「うつ状態」とは少し違うのです。

注射の思い出

ある日つらくてどうしようもなくなった日がありました。頓服を飲んでもどうにもならないのでクリニックに連れて行ってもらいました。

診察を受けると医者には「どうしようもできない」と言われました。この状態で家に帰ってもどうにもならないので、親も「なんとかしてください」と懇願しました。

それじゃあ仕方がないということで注射をすることになりました。

注射を打ってもらって20分ほどして、車に乗り込む時に異変を感じました。

「つらい」という感覚がサーッと消えていったのでした。そして頭の中から不安がふき飛んでいく感じがありました。

来るときは車に乗っていることさえも不安で、つらくて横になって来たのですが、全く怖くありません。むしろ車に乗っていることが楽しいのです。

頭の中のもやもやした感じが晴れわたってきたのです。全能感に満ちていました。多幸感もあって気持ちがよかったです。

車がゆっくり動いているように感じられます。いつもは私を支配している不安が全くないのです。

強迫症なんて吹っ飛びました。
なにせ不安がないのですから。
これまで感じたことのない爽快感でした。

今まで生きてきた中で一番気持ちの良い瞬間でした。
しかし、2時間もしないうちに元にもどってしまいました。あくまで効果は一時的だったのです。

ネットで調べてみると違法薬物でも似たような現象が起こることがあるようです。私は違法薬物の使用経験がないので分かりませんが、この時の感覚はそれに近いものがあるのかもしれません。

この時注射した薬の名前は公表することは出来ませんが、薬の名前とあの感覚だけは忘れられません。

おそらくあの注射以外では二度と体験できない感覚だと思います。

今でも本当に困ったらもう一度打ちたいと思っています。

それからも症状がひどい時に、医者に「注射をしてくれ」と言いましたが二度と打ってはくれませんでした。

カウンセラーからの提案

さて半年休んでも症状は一向に改善せず、休学を延長することにしました。その時にはほとんどひきこもりのような生活をしていました。

カウンセラーとは毎週電話で相談していたのですが、あるときバイトをしなさいと言われました。

大学に復帰するつもりでいたのでバイトをすることに意味を見いだせませんでした。しかしどうしてもやりなさいと言うのです。

私はよく意図が分からなかったのですが、カウンセラーは私がひきこもりになることを恐れていたということでした。

カレー屋でのバイト

私の実家は田舎なのであまりバイト先がありませんでした。バイトと言ったら接客業でした。そこでよくも考えずに、暇そうに見えるカレーチェーン店で働くことにしました。
週に2~3回、一回3時間程度の勤務をすることにしました。

これまでにバイトはいろいろと経験していたので問題ないだろうと思っていました。しかし、もう元気だった大学生の頃の私とは違ったのです。

長い休養期間があったので、人と接することに対して緊張してしまいました。カレーを持って行くというだけの仕事から始めたのですが、そのことがとても困難に感じました。
また皿をひっくり返すかもしれないという不安にも襲われました。

そして緊張しているので一回持って行くだけで疲れてしまいました。その旨をクリニックの先生に言うと「たかだかバイトでしょ。緊張なんてしないでしょ」と言われました。

馬鹿にされた気がしました。このクリニックの先生はボンボンで高圧的な態度を取る人でした。

さて頭の中ではたかだかバイトだと分かっているのですが、いざ現場に立ってみるとものすごく緊張してしまうのです。

自分でもなぜ緊張してしまうのか分りませんでした。いずれにせよあの緊張感では仕事は勤まりません。

リボトリール

医者に緊張がどうにもならないことを伝えるとリボトリールを出してくれました。飲んでみてびっくりしました。スーッと緊張がほぐれるではないですか。そこでバイトが始まる20分前に飲むことにしました。

さて薬がリチウム中心の処方に変わったときに、それまで飲んでいた抗不安薬をやめていました。

その離脱症状が出ていたのだと思います。ベンゾ系であるリボトリールを飲むと劇的に緊張がやわらぐのでした。
また人にどう見られているかを異常に気にしている自分がいました。

苦しいバイト

リボトリールを飲んでもバイトは大変でした。ミスをたくさんしてしまい怒られますし、配達ではカレーをこぼしてしまいました。中々仕事の手順を覚えられません。

オーダーを取りにお客さんの前に行くと緊張してしまって顔が引きつっていました。一生懸命やっているのですが、以前のように体が思っているように反応したり動いたりしませんでした。

スタッフともコミュニケーションがうまく取れませんでした。また雑談する余裕もなかったので一人で黙っていました。緊張して人とうまく話せなかったのです。

大学のバイトをしているときとは別人でした。バイト仲間からは変わった奴だと思われていたようです。

そんなことがあり、自分は人より劣った人間なのだと思いました。つらくて自分がみじめで仕方なかったのですが、とにかく続けることが大事だと言うカウンセラーの励ましによりなんとか続けました。

大学院で研究をして、いずれは教授になりたいと思っていた私が、カレーを運ぶだけの仕事ができないということは自尊心を傷つけました。

またこれまでいろいろバイトをしましたが、このようなみじめな状態になったことがないので自信をなくしました。
さらに3時間の勤務を終えるとヘトヘトになってしまいます。

頭だけではなくて体もだめになったのだと思いました。
この時は接客業が苦手であるということには気づいていませんでした。
また、仕事ができる喜びというものを感じることが出来ませんでした。
とにかく3時間必死にやるだけでした。

離脱症状

私は13歳の時から抗不安薬を飲んでいました。途中で飲まなくなったこともありましたが少なくとも19歳から23歳まではずっと飲んでいました。

今になって思うと過度の緊張は抗不安薬の離脱症状の可能性が考えられます。おそらく体が依存を起こしていたのだと思います。
そうでないとあの時の極度の緊張は説明がつきません。

クリニックでは抗不安薬は依存などの問題があるため寝る前に少し使うだけでした。抗不安薬については賛否両論がありますが、私にはなくてはならない薬なのです。今でも少量ですが飲み続けています。

自分を苦しめる思考

今振り返ってみると、接客業が苦手だということや、薬の影響が過度の緊張をもたらしていたと思います。しかし先にも触れたように過度の緊張の原因はそれだけでなく、私の思考にも問題があったと思うのです。

それは他人にどう思われるかということに異常に気を遣っていたことです。

人からよく思われたい。かっこよくありたいと思う自分がいました。その背景には「~でなければならない」、「~であるべきだ」という思考のパターンがあったのです。

バイトでは人から褒められるような感じの良い接客をしなければならないと思っていました。また仲間からも信頼される仕事が出来る人であるべきだと思っていました。

現実は病気により体も頭も衰えてしまって、思うように動かせなくなっていました。そんな現状を受け入れて、等身大の自分でやれるだけやればそれでよかったのです。

そのままのダサくてかっこ悪い、仕事が出来ない人のままでよかったのです。

しかし、プライドが高く、人に良く思われたいという気持ちが自分を必要以上に苦しめて、その結果過度の緊張をもたらしていたと思うのです。

以前にも述べたように森田療法で言う、神経症になる人の特徴が悪い風に作用していたのです。

この他人の目を異常に気にして、「~でなければならない」「~であるべきだ」という思考から抜け出すにはかなりの時間が必要でした。

しかしこの思考から抜け出すとずいぶんと楽に生きられるようになりました。またそれに従って病状も改善されました。
そのことについては追々述べていきたいと思います。

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