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津村記久子著『水車小屋のネネ』を読んで思うこと

またしても本屋大賞ノミネート作品である。
ついに明日、本屋大賞が決まる。
本屋大賞ノミネート作品10作品のうち、9冊は読んだが、
その中でイチオシの作品。
私の計画性のなさゆえか、
結局最後の一冊が読み切ることができなさそうなところである。

もし私が投票するなら(今のところ)この作品か、
川上未映子著『黄色い家』だと思う。

以下感想です。物語の内容に触れているので、ネタバレにご注意ください。

姉妹の健気な家出

物語は、母とその恋人にネグレクト(というか虐待)を受けている少女・律とその姉・理佐の健気な家出から始まる。
まだ高校を卒業したばかりの姉は、妹との新生活に少なからず不安を感じつつも、面倒見の良い人たちとの出会いに恵まれ、成長していく物語である。
そして姉妹はヨウムという喋る鳥・ネネと出会う。
10年ごとに章が分かれた大河小説と言ってもいい大作である。

仕事を持ったヨウム・ネネ

もう片方の主人公・ネネは蕎麦屋の蕎麦粉挽きの見張り番という仕事を持っている、とてもユニークな設定。

鳥は買ったことがあるけれど、喋る鳥にとても興味を惹かれた。
50年くらい生きて、さらに人間で言うと3歳程度の会話ができるとなれば、もはや家族と感じられるだろう。
この作品を読んだのをきっかけに、「ヨウム」で検索してみると、それなりの数の動画が上がっているのを発見した。
家族の名前を認識して呼んだり、要求したり、とても愛くるしい。外見もグレーの羽がシックで美しい。
しかし飼うならばかなりの覚悟がいるだろう。何せ50年である。元々アフリカの鳥らしいから、寒さにも弱いようである。

出会い

物語の中で、ネネもとても賢く素晴らしいのではあるが、登場人物がとても好人物ばかりで、小説ながら姉妹はとても恵まれていると思う。
親に恵まれなかった分、出会う人々に恵まれているのかもしれない。

律の担任の先生は、金のために姉妹に近づいてくる母とその恋人との面談を持ってくれ、はっきりと姉妹を助ける意思を表示する。
その強さがとても素敵に思えた。
頭のいい先生、優しい先生というのは結構いるのだろうけど、はっきりと強い意見を保護者や目上の人に対しても言える先生というのは、子供達にとってとても心強いと思う。

蕎麦屋の夫婦は、姉妹を最大限助け、最終的には家族よりさらに強い絆で姉妹と繋がっているように思える。
家族的な面もありながら、仕事を一緒にしているし、ネネを一緒に世話しているし、地域的な活動にも一緒に参加していて、とても接点が多い。


出会いと共助、成長

後半、姉・理佐のパートナーとなる聡が登場する。
聡はネガティブな過去を持っている。
理佐とある意味共通点を持っていて、それが惹かれ合うポイントと言えると思う。

大河小説的に姉妹の成長を読み進め、ついに理佐がパートナーに恵まれたことに妙な親心みたいなものを感じてホッとさせられた。

人と出会い、人に助けられ、人を助け、お互いに関係を深め、ネガティブな過去も乗り越えて人間的に成長していく、それがこの物語のテーマであると思う。


「かすがい」のような存在

その出会いや人間関係を深めることに、ネネが重要なキー(パーソン?)になっているのである。言ってみれば「かすがい」のような。

ペットや、コミュニケーションのまだ至らない子供というのは、彼らの周りの人間同士をつなげる能力を持っていると思う。
ネネの世話はとても単純とはいえず、自分なら煩わしいと思うこともありそうではあるのだが、それに替え難く、得るものがあると思う。

そうして、昔家族で飼っていたビーグル犬のことを思い出した。
犬も「散歩」や「ご飯」などの簡単な単語は理解できていると思えるし、驚いたのは家族げんかをしていたら、仲裁に入ってくれるのである。
家族でちょっと小競り合いというか、強い口調で言い合っていると、キュンキュンないて小競り合い中の2人の間に手を伸ばし、「やめてやめて」と言わんばかりだった。
動物のこのような人間らしい仕草がペットという言葉を超えて家族や友達と思わせてくれ、ペット以外の家族の関係を良くしてくれるのである。

大河小説が終わる時

姉妹にさまざまな「出会い」をもたらしてくれたネネも、物語終盤には年老いてくる。
律は子供達に自習室を提供したり、親と何らかの問題を抱えている子供たちを助けたり、自身の経験をふまえたケアができる女性になっていく。

長い物語をネネと姉妹たちと駆け抜けてきたような、充足感に包まれるエンディングだった。

人助けの輪

人を助けることは、必ず自分に返ってくる。
そして助けられた人は、また他の人を助ける。
その巡りめぐる「親切の輪」があたたかい社会を作る。
そんな当たり前のことを、孤立した社会生活でできなくなっている私たち。
親切をすれば「おせっかい」と言われることもある。そう思うと何もできなくなってしまう時もある。

この物語の初め、姉妹は親の虐待を受けていた。
「虐待の輪」(チェーン)ができてしまう可能性もあったのだ。
しかし姉妹はそれを見事に断ち切り、「親切の輪」を再構築した。
大切な人との出会い、そしてネネとの出会いが、その助けとなった。

他者に介入することはとても難しい。しかし、「助けたい大切な人」がいることは、自分をも肯定する何かになるのではないだろうか。

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