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藤岡みなみさん(後編)書くことは知らない自分に出会う旅 【Creative Journey】

戦略クリエイティブファーム「GREAT WORKS TOKYO」の山下紘雅による対談連載企画。さまざまな分野のプロフェッショナルの方との、クリエイティブな思考の「旅」を楽しむようなトークを通して、予測不能かつ正解もない現代=「あいまいな世界」を進むためのヒントを探っていきます。

お招きしているゲストは、文筆家でラジオパーソナリティの藤岡みなみさん。前編では、藤岡さんが文筆業という「聖域」を守るために、どのように仕事をしているのかなどをお聞きしていきました。

後編では、2人の共通項のひとつである旅に話題を広げつつ、お互いの書くことへのスタンスについて、より深く掘り下げていきます。心の扉を少しずつひらいてくれた藤岡さんとの対話で、山下は「旅の道程を楽しむように、書くことで思索の旅を楽しめばいいんだ」という気づきを得たよう。「書く」というクリエイティブが持つ、無限の可能性に思いを巡らせた対談をお楽しみください。

(前編はこちら

プロフィール

藤岡みなみ(ふじおか・みなみ)さん
1988年生まれ、淡路島出身。上智大学総合人間科学部社会学科卒業。幼少期からインターネットでポエムを発表し、学生時代にZINEの制作を始める。時間SFと縄文時代が好きで「読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では?」と思い、2019年に「タイムトラベル専門書店 utouto」を開始。文筆やラジオパーソナリティなどの活動のほか、ドキュメンタリー映画『タリナイ』(2018)、『keememej』(2021)のプロデューサーを務める。主な著書は『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)など。

山下紘雅(やました・ひろまさ)
1982年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了後、デロイト トーマツ コンサルティング株式会社に就職。2012年、住所不定無職で1年間の世界一周旅行へ。スタートアップ参画を経て、2015年に「ビジネスの世界に、もっと編集力を」との想いから、株式会社ペントノートを設立。2020年、グレートワークス株式会社取締役社長に就任。ロジックとクリエイティブのジャンプを繰り返す“戦略的着想“を提唱し、クライアントが抱えるさまざまな課題解決をサポートしている。

旅という非日常から、日常を見つめ直す

山下 そういえば、まだ旅の話をしていなかったですね。藤岡さんはいろんな場所へ旅したことをエッセイにも書かれていますが、最近はどんな旅をされましたか?

藤岡 印象に残っているのは、昨年の富山への旅ですね。氷見市におじいちゃんのルーツがあって、その前のご先祖さまもずっと住んでいたと知って。まったく知らない街に自分のルーツがあるのは面白いなと思い、行ってみようと。戸籍を取り寄せて200年くらいさかのぼろうと考えたんです。

山下 面白い発想ですね。何か発見はありましたか? 

藤岡 藤岡とういう苗字はどうやら宮大工に付けられたものらしい、というのは分かったんですが、本当に先祖が宮大工かどうかはまだ分からないし、実感としては「ふーん」というくらいで。ただ、「知っている場所」から「行ったことのある場所」になると、土地への想いは強くなりますね。縁って行動することで生まれるんだと思います。旅から帰って1、2か月後に能登半島地震があったんですが、「何かしなきゃ」という思いが強く芽生えました。

山下 なるほど、すごくテーマ性のある旅ですね。そもそも富山には書くための取材として行かれたんですか? 

藤岡 そうではないんです。まあ結果、いろんなところで書きましたけど(笑)。ただ、行った直後はまだどう書いたらいいか分からなくて、半年くらい寝かせてやっと「あれってこういう体験だったな」と思えたんです。私の場合は、そういうことが多いかもしれません。山下さんは最近、どこかに行かれましたか? 

山下 この対談企画でゲストにお招きした薗田綾子さんたちと一緒に、奄美大島へ行きました。手付かずの自然が残されていて、人も暮らしも豊かで、とても美しい場所でした。そこで現地のユタさん(巫女、シャーマン)にカウンセリングを受けたんですが、「仕事もプライベートもキャパオーバーになっている」とズバリ言われて、きちんと整理するようにと助言されてしまいました。 

藤岡 私も耳が痛いです……。仕事に集中しちゃうと、家事が家族任せになってしまったり。本当はどれも全力でやりたいんですけどね。山下さんはほかに、これから行きたいところはありますか?

山下 土地に呼ばれた気がしたらすぐに行こうと思っているんですが、世界一周の旅から帰ってきて以来、出身地である東京も旅行者みたいな気持ちで歩けているんです。画一的な東京から出ていきたいと思って企てた旅だったんですが、世界を見て回ってから戻ってくると、こんなにコングロマリットで多彩な魅力がギュッと詰まった街は、ほかにないなと思えるようになったんですよね。

藤岡 旅って非日常だから、そこに身を置くと、日常の自分を俯瞰できるような感覚がありますよね。旅をすると、普段の私はこうだな、住んでいる場所はこうだなって思える。旅先のことを知りたい、経験したいっていうことのほかにも、日常の自分から離れることも、旅に出る大きな理由ですね。 

山下 分かります。旅って、他者よりも自分を知ることの方が多い。その一方で、日常に大切なものが多いほど、なかなかフットワーク軽く旅に出ることは難しかったりもしますよね。

藤岡 そうですね。特に危ない場所には、なかなか行きづらいなと思ったりします。

山下 藤岡さんは、ハードな旅もされてきましたからね。それにしても、可能な限り、いつでもどこにでも行けるように身軽でありたいと思っている私と比べて、まわりの同年代はずいぶん違うなと感じることも多いです。いつ家を建てて、子どもはこのタイミングで産んでとか、ライフプランをちゃんと考えている。私はどうしても、人生に目標や計画を定めること自体が、生き方を固定化しまうような気がしてしまって。

藤岡 それで言うと、私はある時期から、目標からの逆算で人生を考えることをやめました。以前は「10年後にこうなっていたいからこれをやっておかないと」という風に考えていたんですけれど、ちょっと苦しくなって。どこに向かうか分からないくらいでいたいと思っているのは、山下さんと同じかもしれません。

山下 仕事をする上では逆算思考を大切にしていますが、人生において目標を持つべきという考え方には少し懐疑的なんです。だって、目標を達成してしまったら次のもっと大きな目標を立てないと満足できなくなるし、目標を達成できなかったら後悔が残ってしまう。どちらにせよ、最後は不幸なんじゃないかなと思ってしまうんです。あまのじゃくなんで(笑)。

藤岡 実際に私も、目標に向かってストイックにがんばることをやめた方が、日常も仕事も自分らしく生きられるようになりました。ストイックな生き方そのものは全然否定しないんですけれど、少なくとも私には合わなかったんですよね。

「お金」の引力にどう向き合うか

山下 私は成長志向が強いわりに目標は持たない方がいいとも考えているので、今も話しながら自分のことが分からなくなっています(笑)。ただ、経営者になってなおさら強く思うのは、お金という成果の指標があると、「もっと上に行こう」という欲望の繰り返しから抜け出しにくくなるということ。お金には魔物みたいなものが潜んでいる気がしています。

藤岡 私も気を抜くとお金の引力に引っ張られてしまうと分かっているから、普段からビジネスの世界には警戒しているんです。プロジェクトをマネタイズできるアイデアをご提案いただくこともあるんですが、それをすると今まで大事にしてきたものが壊れてしまうような気がしてしまうんですよね。

山下 私も藤岡さんが手がけているプロジェクトで、もっと利益を生む方法があるかもしれないと感じつつ、魔物がいるこちら側に引き入れちゃいけないなと感じています(笑)。

藤岡 大事なものが損なわれないあり方を追求したいですね。

山下 会社だったとしても、「信条に反するものは一切やりません」という頑固さがあってもいいかもしれませんね。

藤岡 大事ですね。そして私、ビジネスをやろうとか会社をつくることを考えた時に、まず思い浮かぶのが「営業したくないなあ」なんですよ。

山下 今の時代はインターネットで何でも発信できるし、ひとつの仕事が次の仕事につながって大きくなっていくこともありますから。実は私も会社を立ち上げてから今まで、いわゆるドアノックでの営業は一度もしたことがないんです。一度一緒に仕事をすると、そのプロジェクトに関わっていた人から、次はこれをやってくれないかと相談が来る。その繰り返しです。

藤岡 それはひとつ、ビジネスでありつつも人間らしい体温のある仕事の仕方かもしれないですね。

山下 ただ、私が会社のメンバーと仕事をしている様子を見たら、藤岡さんの心の扉はピシャッと閉まってしまうかもしれません(笑)。その人のもつ能力は問わないのですが、クライアントや目の前の課題に対する「誠実さ」については厳しい部分があるかも……。それはたぶん、コンサルタント時代に叩き込まれたプロフェッショナリズムが染みついているからだと思うんです。入社直後は、1週間かかっても議事録ひとつOKが出ない、みたいなことも普通にありました。言語化の壁に、ものすごく苦労しましたね。

藤岡 うーん。それは厳しいですね。

山下 でも、藤岡さんにはそういうプロフェッショナリズムがあると感じているんです。自分の作品の一字一句にこだわるのと、お客さまにきちんと整理された分かりやすい資料を提出するのは、根本的な姿勢としては変わらないんじゃないかと思います。実は、完璧主義とその表裏一体にある繊細さの両面を持ち合わせていることが、私と藤岡さんの共通点かも、と思っていました。

藤岡 たしかに私も、完璧主義みたいなところはあります。それに、自分の書いたことで誰かが傷ついてしまう可能性があるのではないかということは、文章を書く上ですごく意識していますから。

この先の時代に残る仕事をしていきたい

山下 藤岡さんのお金と仕事への意識を形づくった原体験みたいなものはあるんでしょうか?

藤岡 以前、国際協力のNGO団体を立ち上げた人たちにインタビューした経験も大きいかもしれません。会社で利益を追求することに疲れて、収入は減っても自分が納得できる意義のある仕事がしたくて活動を始めたとおっしゃる方がいて印象に残っています。私が25歳くらいの時のことでした。

山下 なるほど。でも、社会貢献とお金を稼ぐことは本来、一体的に考えていいもののはずなんです。

藤岡 その両立があるなら探したいですよね。

山下 清貧という考え方も、それはそれで美しいんですけれど。私自身は、ちゃんとお金を稼いでいかないと「世の中をよくしよう」なんてとても言えないなという想いがあって、今の生き方を選んだところもあります。

藤岡 「まず稼がないと世の中をよくできない」とはまったく思わないですけど、文筆家を名乗る前にタレントをやっていた頃の感覚は、それとちょっとだけ似ているところがあるかもしれません。タレントって、自分というプロジェクトを大きくしていくビジネスという側面もあるじゃないですか。仕事のなかで「ちょっと違うな」と思うことがあっても、自分がもっと大きな存在になれば、やりたいことができるはずだと考えてがんばったんです。でも、そこに向かっていく過程で心が死にそうになる瞬間が多すぎて……。

山下 それで今は、生活や瞬間、手触りといったものを大切にして活動されているんですね。

藤岡 テレビに映る私に関心を向けてくださった方が、たくさんいたことはありがたいと思います。でも、書くことやラジオを通して私を知ってくれた人たちの方が、深くつながれている感覚があります。広く伝わることも大事ではあるけれど、水で薄めすぎためんつゆみたいに味気なくなっちゃうのは、ちょっと違う気がして。その点、本は部数が少ないとしても凝縮されていて、もしかしたら100年後におじいさんの家の引き出しから出てくような可能性もある媒体なので、そこが魅力だと思っています。

山下 私たちの仕事でも、大事にしているのはそこなんですよね。すぐに消費されてしまうコンテンツだったら、少なくとも自分たちがつくらなくてもいいと思っているんです。どうせなら長く使われる資産をつくりたい。そういうことを理解してくれるクライアントと仕事ができているから、「折り合いをつける仕事」にも、私なりにとても充実した感覚を抱けているのかもしれません。

藤岡 だから私も、山下さんにはもしかしたら少し心の扉をひらいていいと感じたのかもしれませんね。

山下 そうだとしたら嬉しいです。ただ、経営していく上では、会社の成長と貫くべき想いの狭間で、いつも悩みます。本づくりに関しても、商業出版時には必ず販売部数や売上が付いて回ると思いますが、そこはどのように捉えていますか?

藤岡 関わる人も多いので、売れなきゃ申し訳ないっていうことはありますし、魂を込めた作品は売れてほしいとも思います。売れなければ次に声をかけてもらいにくくなるかもしれないという不安も、つい持ってしまいますし。ただ、必ずしも広がりは数字で測れないということも感じていて。一見影響力の少ない作品や仕事がきっかけで新たなオファーをくださる方や、ものすごく仲よくなれる方も多いです。

山下 多く売れることがすべてではない、ということですね。私の夢は、いつか自分の名前で本を出すことなんです。本ならどんなものでもいいわけじゃなくて、つくりたいのは、まさに藤岡さんが手がけられているような普遍性の高い文芸作品です。何も書けていないので、本当に夢なんですが……。

藤岡 うん、それならやっぱり、グレートワークスの皆さんも一緒に文フリに出ましょう! エントリーしちゃったら、そこに向かって何かは準備しなきゃいけなくなりますから。夢とは少し違うものになるかもしれませんが、心を守るためにもやった方がいいと思います。

山下 たしかに文フリの会場は、私にとってすごく心理的安全性の高い場所でした(笑)。書きたい、伝えたい欲求を持つ人が、こんなにたくさんいるんだと。私は、なまじプロの領域でクオリティにこだわって仕事をしているだけに、そういう世界にも生半可な気持ちで首を突っ込んじゃいけないと思っていたんです。けれど文フリには、いい意味で素人感があった。自分の好きにやっていいんだなと思ったんです。

藤岡 売上目標などのしがらみのない、形にすることの尊さもありますよね。
 

分からないことを書くというセルフセラピー

山下 私にとっては、書きたいことが湧いてきたら気軽に筆を執れるような環境を整えることが、今後は大事かもしれません。ある意味で、書くという行為に自分を追い込むようなことも。藤岡さんは、ご自身のなかで書かないといけない状況に自分を追い込むためのルールのようなものはありますか?

藤岡 追い込むというのとは違う気もするんですが、この4、5年は日記を欠かさず書くと決めています。この時代を書き残さないと、みたいな気持ちもありつつ、日記にはエッセイとはまた違う面白さがあって。自分が書いたとは思えないくらい、読んでいて楽しいんですよ。書くということは、自分を意外なところに連れていってくれるものだと思うんです。

山下 それは主に「分かっていることを書く」というクライアントワークとは違うところですね。

藤岡 私は「分かりたいから書く」っていう感じです。

山下 そういえば、私も旅行記はそんな感覚で書いていました。書くことそれ自体が小さな旅みたいな感覚だったんです。

藤岡 旅に例えると、私は書くときにスタート地点とどこへ行くのかは決まっているんです。それで実際に歩き出してみたら、「こっちに行ったか」みたいなことがある。書くという行為は、知らない自分に出会うことだったりもすると感じています。 

山下 そこに、「読んだ人に自分をこう見られたい」というよこしまな気持ちは入ってこないですか?

藤岡 その気持ちは必ずどこかにはあるとは思うんですけれど、実際以上によく見せたいとか、自慢したいということは一切ないですね。それに、自分が面白い人間じゃなくても、作品が面白ければいいんです。違う言い方をするなら、面白い人間でなくとも、面白いものはつくれる。私はそう信じています。

山下 なるほど。藤岡さんのお話を聞いていると、書くことはセルフセラピーにつながる気がしました。

藤岡 そうかもしれません。自分の意思は自分で完全にコントロールしているものではないんだ、ということも思い出させてくれますね。

山下 私も文章というアウトプットを増やそうとするのではなくて、「書く」というセルフセラピーの時間を設けていこうと思いました。藤岡さんは、これから書いていきたいテーマはありますか?

藤岡 できれば社会が1ミリでもよくなるような作品を残していきたいと思っています。差別をなくしたいとか、そういうことです。

山下 藤岡さんのSNSでも、世界平和を願うメッセージを積極的に発信されていますよね。どうして自分の身の回りのことがらを書きながら、世界とつながる意識を持てるんでしょうか?

藤岡 国際高校で多様なバックグラウンドを持つ友人たちと学んだり、NGOの方の体温のある仕事を目の当たりする旅をしたり、出会いによって生活と世界がつながっていきました。私も最初は「なぜ自分は世界で起こっていることに関心を持てないんだろう」という疑問が出発点でした。知りたいから行動して、行動したから縁ができたり実感になったりしたという手応えがあります。それから中国出身の夫と結婚して、日常的に差別的な意識や制度を感じるようになって、私はこの社会でマジョリティとしてメリットを享受し続けてきたんだなということも分かりました。マジョリティである以上、それだけで加害者側に立ってしまっている現実があるなかで、ただ楽しいだけではいられないなと思うようになったんです。

山下 そこまで意識を高く持てていないにせよ、私も自分自身が日本社会でマジョリティとして育ってきた、恵まれた環境で生きてきたんだということを最近すごく感じていて。この対談企画にも、自分が恵まれてきた分を社会に還元できる道を、いろいろな方との対話から見出せればという思いがあるんです。私が普通に自分の意見を言うだけで、マジョリティとしての無意識の加害性が表れていく恐怖があります。だから積極的に「逆張り」するくらいの意識を持っていなければと思います。

藤岡 旅に出ることも、その実践になるかもしれないですね。セルフセラピーの意味も込めて「書く旅に出る」。

山下 決めつけをせずに、プロセス自体を楽しむ書く旅。うん、そうしましょう。あとは文フリへの出店に、藤岡さんの想いを実現するビジネスの話。今日の対談は、やりたいことがたくさん出てくる時間でした。

藤岡 私も心の扉を全開にして、いろんなことを話しすぎたかもしれません。

山下 それは嬉しいですね(笑)。今日は本当にありがとうございました。

2024年6月5日、GREAT WORKS TOKYO オフィスにて。
編集・執筆:口笛書店
撮影:嶋本麻利沙

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