虐待からの生還者

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最近の記事

子供時代【21】愛されない悲しみ

私と兄は毎日、継母に殴られ、父には見て見ぬふりをされ、少しずつ「愛されないこと」を積み重ねていきました。 なぜ私たちは嫌われているのだろう。 なぜ私たちは憎まれているのだろう。 なぜ私たちは愛されないのだろう。 本来ならば、親からの愛情をもらい、愛されることを知り、自己肯定感を育てていく、大切な子供時代を、憎しみと悲しみと怒りに満ちた時代にされてしまったのです。 私は、あまり笑わない子供になりました。 仲良しの友達のお母さんからは「あの子はいつも根暗で嫌いだわ」と言わ

    • 子供時代【20】何のために生まれてきたのか

      この頃の私はいつも「自分は何のために生まれてきたのだろう?」と、よく考えていました。 何のために存在しているのだろう?と。 嫌われて、憎まれて、邪魔者扱いされて、自分などこの世界に、いないほうがいいのではないか。 そんなことばかりを考えていました。 継母に邪魔者扱いされたって、まだ子供の自分には、行くところなんて、どこにもない。 毎日、自分のことを殴ってくる、気が狂った人間と、同じ家の中で生活しなければならない。 それに耐えなければならない。 自分にとって苦しい

      • 子供時代【19】自己肯定感を下げられる

        義母は私と兄の事が大嫌いなので、いつも何か理由を見つけては、暴言を吐いたり、殴りつけてきました。 毎日毎日、暴力を受け続けているうちに、私は自分の存在を、認められなくなっていきました。 少しずつ、自分のことを蔑み、嫌いになっていったのです。 本来ならば、親に愛されて、大切にされて、自分の中で自己肯定感を育てていく時期に、自分を嫌いになっていったのです。 それどころか、憎まれ、嫌われ、殴られることにより、他人から自分を粗末に扱われることに、慣れていってしまうのです。

        • 子供時代【18】いつも死にたかった

          両親が離婚してからの生活は、母が突然いなくなり、父が泣き暮らしていて、私たちはご飯もお風呂も世話をしてもらえず、 学校のクラスメイトたちには意地悪をされて、今にして思えば辛い日々でした。 父のネグレクト、母を失って1年後には、継母からの暴力が始まる。 たった10歳で、未熟な大人たちの、破茶滅茶な行動のために、振り回され始めたのです。 この頃は、晴れやかな明るい日であっても、綺麗な青空も、どんよりと暗く重たい日のように感じていました。 心が殺伐としていると、目の前にあ

        子供時代【21】愛されない悲しみ

          子供時代【17】守ってくれる人がいない

          私と兄にとって、家庭は地獄で、守ってくれる人は誰もいません。 継母が私たちを怒鳴りつける声は、近所にも聞こえていたと思います。 同じ団地に住んでいた、仲の良い宗教仲間の夫婦も、継母が私たちに暴力をふるっているのを知っていました。 でも誰も、私たちを助けることはできなかったのです。 助け方がわからなかったのかもしれません。 それとも、見て見ぬフリをしていたのかもしれません。 でもそれで良かったと思います。 もし誰かが継母に、私たちを虐めるのをやめろと注意すれば、そ

          子供時代【17】守ってくれる人がいない

          子供時代【16】新しくできた弟のこと

          継母には1歳の男の子がいました。 その子はとても神経質な子で、癇癪持ちでした。 ある日から、知らない人たちが自分の家に住むようになったから、嫌がって泣くのです。 あまりにも泣くので、継母が「あんたたちがいじめてるんじゃないのか?」と言い出しました。 どの口が言うんだろうと思います。 しかし継母は、自分が産んだ子供は可愛いのですから、まだマシなのかもしれません。 世の中には、自分が産んだ子供を、平気で虐待する親がいるのですから。 新しい弟は、何日かは私たちを嫌がっ

          子供時代【16】新しくできた弟のこと

          子供時代【15】暴力を受けることに慣れてしまう

          恐ろしいもので、人は環境に慣れていきます。 暴力を受けることが、私たちにとっては日常で、あまりまえのことになりつつありました。 もちろん、殴られるのは、嫌な事には変わりありません。 しかし、どうせ今日も殴られるという、諦めの境地に達していきました。 継母は何かしら理由をつけては、私たちを殴ります。 毎日、必ず殴ります。 継母と暮らした8年間、必ず1回は殴られるとして、通算で2.500回くらい、頭や顔を、拳骨や平手で殴られてきました。 でも、1日1回ではありません

          子供時代【15】暴力を受けることに慣れてしまう

          子供時代【14】父はなぜ子供たちを助けなかったのか

          普通の方なら、このように思うのではないでしょうか。 「お父さんはなぜ、あなたたちを助けないの?」 「親なら子供を全力で守るものでしょう?」 そう、普通なら、そうなのです。 でも私の父は、普通ではなかったということです。 虐待が起こる家庭の両親は、どちらかが子供を虐待し、もう片方は見て見ぬフリをする、止めようとしない。 どちらも頭がおかしいのです。 なぜ止めないのかというと、 「人の痛みがわからないから」 父は、毎日毎日、殴られる私たちの痛みが想像できない人だ

          子供時代【14】父はなぜ子供たちを助けなかったのか

          子供時代【13】唯一の希望の光

          私はいつも、父の実家の電話番号を書いた小さな紙を、お守りのように大切に持ち歩いていました。 父の実家には、父の兄である、私の伯父が住んでいます。 何かあったら、おじさんに電話をかければ、きっと助けてもらえる。 そう思うことで、毎日のつらい暴力に、耐えることができました。 「きっと、おじさんなら、私たちを助けてくれる。」 「でも、もう少しだけ、我慢してみよう。」 「我慢できなくなったら、電話をかければいいんだから。」 その思いだけが、私の唯一の希望の光でした。

          子供時代【13】唯一の希望の光

          子供時代【12】学校が楽しかった

          学校に行くのが楽しかったのは、「家にいなくても良い」からです。 学校にいる間は、私を殴る人はいません。 私と兄にとって、家は、戦場のようなものでした。 朝、起きたら不機嫌な継母がいて、虐待を見て見ぬフリをする父がいる。 学校が終わり、家に帰れば暴力をふるう継母がいる。 いつも学校から家に帰る足取りは重く、このままどこかへ行けたらいいのにな・・・と思っていました。 私たちには、家の中に、居場所がありませんでした。 継母はヒステリーを起こすと、 「この家は私名義で

          子供時代【12】学校が楽しかった

          子供時代【11】虐待はエスカレートする

          虐待のニュースを見る日が無いくらい、幼い子供たちが虐待の被害者になっています。 普通の方なら、こう思うでしょう。 「なぜあんなにも幼い子供を、死なせてしまうまで、暴力をふるうの?」 と。 それがあたりまえの考え方です。 ですが、虐待する人を目の前でリアルに見てきた私は、幼い子供が亡くなるまで、暴力をふるう大人のことがよくわかります。 虐待する人には、 自制心がありません。 感情のコントロールができません。 自分中心です。 忍耐力がありません。 道徳心もあ

          子供時代【11】虐待はエスカレートする

          子供時代【10】なぜそこまで憎まれるのか

          ある日の夕食の時のことです。 私は女の子だからという理由で、家事手伝いをやらされていました。 継母の食事作りの手伝い、食後の洗い物は、私の仕事でした。 器に料理を盛り付けるとき、味噌汁が入った鍋が置いてあったので、それを温め、家族分を盛り付けようとしました。 継母は、 「あんたとお兄ちゃんの分だけでいいよ」 というので、その通りにしました。 そして食事が始まり、味噌汁を一口、飲んでみたら、とても酸っぱくてあきらかに腐っていたのです。 「お母さんこれ、変な味がす

          子供時代【10】なぜそこまで憎まれるのか

          子供時代【9】父を守りたかった

          継母の暴力と暴言に耐えることができたのは、 「父を守りたかった」 ただそれだけでした。 母との離婚後、毎晩、泣いていた父の姿を、もう二度と見たくありませんでした。 「私が我慢すれば、離婚にならず、父を守れる」 子供なので、こんなふうに思ってしまったのです。 兄も暴力に耐えていましたが、どんな思いだったのか、わかりません。 今にして思えば、私たちが耐えたからといって、父を守れるなんてことは、ありません。 それでも、暴力に耐えれば父を守れると思い込んでいた私は、た

          子供時代【9】父を守りたかった

          子供時代【8】弱くてずるい人たち

          ある日の昼間のことです。 継母がヒステリーを起こして、父に怒りを爆発させていました。 何で怒っていたのか、覚えていません。 怒鳴りつけ、物を投げつけ、父に「出て行け!」と怒鳴る継母。 私たちは、壮絶なシーンを目の前にして、固まって立ち尽くすしかありません。 父は何も言わず、家を出ました。 継母は私たちを睨みつけ「あんたたちも出て行け!」と、怒鳴りつけました。 私たちは慌てて家を出て、父の後を追いかけていきました。 この時は何とも思わなかったけれど、大人になって

          子供時代【8】弱くてずるい人たち

          子供時代【7】理不尽な怒りをぶつけられる

          ある時、継母が私たちに、怒りの形相で、こんなことを言いました。 「あんたたちのお父さんは、私の貯金100万円を取り上げて、宗教団体に寄付してしまったんだよ」と。 外面がよく、世間体を気にする見栄っ張りの父は、大切な家族のお金を、平気でそんなことに使っていたのです。 家族5人は、2万円の6畳2間の狭い団地に住み、宗教団体には100万円も寄付するなんて、どう考えても、間違ったお金の使い方だと、大人になった今なら思います。 でも、そんなことを言われても、子供だった私たちには

          子供時代【7】理不尽な怒りをぶつけられる

          子供時代【6】継母からのひどい強要

          ある日の昼間、学校から帰ってきた私たちに、継母は怖い顔でこう言いました。 「お父さんに、お母さんと離婚してくださいって、言いなさい」 継母は自分からは言いづらいから、私たちに嫌われたように装って、離婚をしようとしたのでしょう。 「はい」と返事はしたものの、仕事から帰ってきた父は、あたたかい家庭に帰ってきたという、とても嬉しそうな笑顔。 そんな笑顔を見たら「離婚してください」など、とても言えませんでした。 私たちが言えずに黙っていると、継母が「早く言え」と言わんばかり

          子供時代【6】継母からのひどい強要