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ひだまりの唄

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約十年前にラノベ風に作った学園青春物語です。貴方の暇のお相手に。
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2022年10月の記事一覧

ひだまりの唄 15

ひだまりの唄 15

八月八日

次の日の朝、喧騒もないこの町は穏やかで、澄みきった潮風が俺にとったら爽風と感じる。

静寂としている中、漁師が網をこさえて船から降りている様も目に取れる。

ご機嫌な潮風は俺の背中を押す。すると、開店前なのにも関わらず、俺は裏口の扉を開けた。

以前の混んでいる様子が、ここの場所からは予測も出来ない程、店内は森閑としていた。

今日のこの街は平穏だと心身共に染み入って感じる日

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ひだまりの唄 16

ひだまりの唄 16

八月十日



そして、いよいよ金刀比羅神社祭りの当日、初日。

俺達は公園でその満ちた情熱を振り注がんと、意識を集中させる事にした。

太陽が真上に昇った時、金刀比羅神社からの狼煙が上がった。

その音を聞き付けて、自宅待機をしている人々が続々と家屋から出てくるのを見て、今年もこの時が来たのかと、実感させられる。

そんな光景を窓から覗いていた俺は、明日の準備の余念を許さなかった。

『麻利央

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ひだまりの唄 17

ひだまりの唄 17

八月十一日

例大祭二日目の朝、外は早々に始まりの合図を上げている。

俺は今日の準備に抜かりは無い。

法被、汗を拭うタオルと魔法瓶の水筒、手の平サイズのピックケースを鞄に詰めこみ、一息ついた。

『ふぅー。後は学校にあるギターとドラムセットを持っていくだけだ』

ベッドに放っていたスマートフォンを取って、俺はある名前を画面上で探した。

渡邊 歩弓その人だ。

『あ、もしもし?歩

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ひだまりの唄 18

ひだまりの唄 18

八月十二日



例大祭、最終日。俺は『神前結婚式 十三時より』と書かれた案内板に手を掛けて、ここから見える港を眺めていた。

あまりにも潮風が気持ち良かったからか、大きく欠伸をしながら、境内で相撲大会が開かれるのを待っていると、後ろから頭を一つ叩かれた。

『何欠伸してんだよ。緊張感ねぇな』

そう言ったYは甚平を着て、準備万端な様子だった。

それに比べて俺は、普段着で参戦だ。

『逆に、な

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ひだまりの唄 19

ひだまりの唄 19

八月二十九日

夏が過ぎ去って、外は衣替えの準備を静かに始めている。

物差しをあてがっても推し測る事が出来ないような、長いようで短かった夏休みも終止符を打った。

それを肌身で感じながら、通学路を歩いている。

いつも通っている道なのに、風景が今までとはまるで違う様に見える。

春風秋雨が通りすぎたような感覚が、俺の視界を通して、伝ってくるのだ。

そんな虚空とも似た秋の空を眺めてい

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ひだまりの唄 20

ひだまりの唄 20

九月八日



『ねぇ、起きてよ!』

耳もとからさんざめくその声に起こされて、ベッドで寝ている俺の鼓膜が破れそうな位だ。

その声は俺の心情に狂おしく話しかけて、折角仕舞った胸騒ぎを駆り立ててくる。

目を開けると、真っ白い靄が目の前に広がっている

風は無い。

ただ浮き足だった様に不安定な物が、ここ一体に広がっていた。

『起きてってば!』

起きてる。寧ろその声鳴る方へと目を向けたい位だ

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ひだまりの唄 21

ひだまりの唄 21

九月十二日



じいさんが倒れてから丸四日が経った。

じいさんは運ばれた翌日に検査をしたが、異常はなく、じいさん自身も意識が戻り、弱々しくも意志疎通が出来る程、回復はしている。

検査結果によれば、起因は栄養失調によるものだった。

そのせいか、じいさんは腕に点滴を受けている状態だ。

それを葵ちゃんに報せようと電話を入れたのだが、電話に出ることはおろか、折り返しの電話も無い。

それがどう

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ひだまりの唄 22

ひだまりの唄 22

九月十八日



―――あれから早くも六日が経った。

学校では次の日の体育祭の準備で忙しなさを見せている中で、俺は体育委員である山木のライン引きを手伝っていた。

中でもこう言った学校の行事に携わるのは面倒極まりない。

だが、どうしてもと言うのだから、仕様がない。

そしてじいさんはと言うと、体調は一定を保っている。

週一回はじいさんに顔を出している。

葵ちゃんも週に何回かは顔を出してい

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ひだまりの唄 23

ひだまりの唄 23

九月十九日

そんな心の準備もままならないまま、朝が来て、体育祭当日を迎えた。

俺が教室でジャージに着替えていると、Yはあっけらかんとした表情で俺に声を掛けた。

『よう。眠れた?』

ムスッとしながらYを見た。

『なんだよ』

『あれ?なんか…怒ってる?昨日急に部活中断したからか?』

『そんなんじゃないけどさ…。そう言えば、ねむちゃんは?』

するとYは笑いながら指を指した。

俺が振り向

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ひだまりの唄 24

ひだまりの唄 24

十月十日



それから暫く経って、秋の木枯しが靡く頃、俺は教室の窓を覗いて、静かにスマートフォンを取り出した。

まだ授業中。だが、先生にはバレていない。

そうっとイヤホンを取り出して、たまに聴いているラジオに耳を傾けた。

『どうも皆さんこんばんは!日野まりでございますぅ~。一週間のご無沙汰、如何お過ごしでございましたでしょうかぁ!…と、言うことでですねぇ、早速早速!お便りを紹介したいと思

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ひだまりの唄 25

ひだまりの唄 25

十月十一日



『はくしょ、はくしょ、はっくしょーーー!』

次の日の朝、肌寒くなった秋風に襲われて、大きくくしゃみを何度もしていると、Yは『おいおい…。そんなにくしゃみして…。誰かに噂されてんじゃね?』と、ポケットに忍ばせていたティッシュを俺に差し出しながら言った。

ズズッと鼻水をすすり上げると、Yが『おいおい!ティッシュ出してるのにすする奴があるかよ!ホレホレ!』と、差し出してるポケット

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ひだまりの唄 26

ひだまりの唄 26

十月十二日



次の日の朝、いつもの様にカーテンの隙間から覗く太陽の日差しに当たって、俺は身体を持ち上げた。

後頭部を何度も掻いて、俺は目覚まし時計に目を当てる。

何時もの様に七時半には起きる事が出来た。

階段を下りると、母さんが『おはよう。麻利央、朝ごはん出来てるわよ』と、洗面台に向かおうとしている最中なのにも関わらず、言われた。

一応、返事をする。難癖言われるのが面倒だから。

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ひだまりの唄 27

ひだまりの唄 27

十二月二日



―――それから二ヶ月程が経ったのか、残秋も感じて、露寒の時期に来るであろうと、勘づける程だ。

漫ろ寒さに身を震わせていながら、俺達三人は部室にいた。

『ぶぁっくしょん!』

『でっけーくしゃみだなぁ、マリー。風邪引くなよぉ?』

『でも確かに寒くなってきたよね…』

そう言ったねむちゃんの羽織っている白いカーディガンに目を引かれてしまう。

袖を指つまみ迄伸ばして、そこを握

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ひだまりの唄 28

ひだまりの唄 28

十二月三日

次の日の朝、俺は、わざわざ四角い座蒲団の上にスマートフォンをのせ、その前で胡座をかき、そいつを睨みつける様に、腕を組む。

どのように切り出そうかと、頭を抱えていた。

すると、ウォンウォンと座蒲団が震えていた。

それに、不格好ながらに飛び付く俺。相手のいないカルタでもやってるのかって程だ。

スマートフォンを見ると相手は、なんだ、Yだった。

『…もしもし?』

『あー、マリー!

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