さようなら、私たちの青春
ぼーっと、帰宅ラッシュの電車の中で、Twitterのタイムラインを眺めていた。
「あっ、☆☆さんだ…」
みんなのつぶやきの中で、私の目にふんわりと、特別に浮かび上がる一つのツイート。その中のたった2文字が、淡く、柔らかに色づいて見える。
私はすぐに、アプリを切り替えた。ぱっと一瞬、画面が黄緑一色に塗り替えられる。LINEのお気に入りに登録している友人に、一文を送った。
「☆☆さん、結婚した」
二分後の返事に、ふふ、と笑ってしまう。
『さようなら私たちの青春』
そうそう、私たちの青春。
さようなら、さようなら。
*
☆☆さんから温かく思い出されるのは、中学時代。振り返ると、そこそこ地味に過ごしてきたけど、なかなか青春してるじゃん、なんて思った。
私は、バドミントン部に所属していた。
中学生の女子なんて、あこがれの先輩を作りがち。そして、やっぱりスポーツが出来るかっこいい先輩に、ときめいてしまいがち。なにがきっかけとか、覚えちゃいないけれど。それほど自然に、自分もいいところ見せたいと思うわけで。部活、頑張っちゃうわけで。
☆☆さんは、二つ上で、別の学校の先輩だった。
☆☆さんは私の学校の先輩たちと優勝を争う仲で、彼らの仲が良かったのが、ときめきのきっかけ。上手な人たち同士が仲良くなるのは、彼らの世界ではよくあるみたい。すごい。
二つ上の学年なので、ほとんど入れ替わりのように引退をしてしまったけれど、大変ありがたいことに、引退後、卒業後も先輩が☆☆さんを連れて、部活に顔を出してくれていた。
部活の同級生たちは、みんなそれぞれあこがれの先輩をつくっていた。
△△中のだれさん、◇◇中のかれさん、××中の・・・・そして、☆☆さん。
同担拒否、というものはなく(と思っている)、平和に密やかに、ファンクラブのようなものを形成していた。
大会ですれ違ったり挨拶が出来れば顔をほころばせ、世間話なんてできようものなら再現会が始まり、悲鳴が上がる。
会場は、どこも応援の声がやかましく、誰が何を言っているかなんてわからないから、内気なみんなも「ナイスショットーー!!」「いっぽーーーん!!」と心ゆくまで声を張って、手を叩いた。
すごく頑張れば、「お疲れ様です!」とか「おめでとうございます!」とか言えちゃうのだ。
漫画みたいなこと、できちゃうのだ。
どれもこれも自分たちの先輩が、彼らと仲が良かったから送れた青春だ。
ただの同じ地区の子たち、ではなくて、「■■の後輩」という認識を持ってもらっていることが、私たちに特別で、正当性のようなものを与えてくれていた。
一度練習の時にでも挨拶をしてしまえば、こちらには ”先輩には挨拶をするものだ” というルールを提唱することが出来るようになる。
向こうは覚えていなくても、声をかけることは、おかしいことじゃない、と。
先輩とあこがれの彼らが試合であたってしまった時は、どちらを応援すべきか、みな苦しかったほどに、私たちは彼らに胸のスペースを有していたらしい。
弾丸のようなスマッシュが先輩のコートに決まった時には、思わず手を叩きそうになったものだ。(基本的に誰かしら叩いていた)
部活は好きだから続けているけれど、悔しいとか辛い思いをしながら、汗をかいて練習に励むのは、簡単なことじゃない。そんな時に、こんなときめきがあることが、頑張る糧でもあった。
「レギュラーになれば、もし会った時には、 “頑張って” って言ってもらえるかもよ!」なんて。
今考えると、それは自然なことのようにも思えるし、さすがだなと少し笑ってしまう。
根底的なところ、私たちの部活は、私たちの学年だけ男子がいなかったからかもしれない。女子17人、そりゃそうなるのかも。どの先輩も、きらきらと、よりかっこよく見える環境があったのかもしれない。
恋をしていたの? って考えてみると、きっとまた違っていると思う。
恋人がいると聞いたって、「そりゃそうでしょう」「絶対、幸せでしょ~」と、きゃっきゃとしていたもの。
自分たちの先輩には? というのも、そうだなあ。
たぶん、普段は会えないのがいいのだと思う。
彼らは、私たちのあこがれだった。
青春を謳歌するための、あこがれ。
高校生になっても変わらず部活を続けていた私は、ものすごく運が良い時に、同じく続けていた、☆☆さんを見かけることが出来た。交わすのは挨拶と、一言、二言の世間話。
同じスポーツをしている、先輩の友達と、友達の後輩。
関係はそれだけ。
大学でも部活を続けて、変わらず表彰台に上っていた☆☆さん。
試合に勝てなくても、☆☆さんに会えた日は、いい日だ。
その度に、学校が離れてしまった友人と連絡を取り合って、密やかに騒ぐ。
そんな青春が、まぶしくて、頑張れて、楽しかった。
*
「☆☆さん、結婚した」
『さようなら私たちの青春』
『幸せになってほしいね』
「なってもらわないとね」
本当は誰か、恋をしていたかな。
彼らは、私たちを目の端っこにでも入れていてくれたかな。
☆☆さんは、私の名前をしっているかな。
青春は、過去になってしまったけれど。
なんだかぽわっと、胸があたたまる。
透明なキラキラとしたときめきが、体に溢れてくる気がする。
さようなら、私たちの青春。
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