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【凡人が自伝を書いたら 104.最高の贈り物】

最後の1週間。

スケジュール的に、会うのは今日が最後というスタッフがちらほら現れ出す。

そんなスタッフたちとは、勤務後に少し話をしたりして、別れを惜しんだ。


それぞれとの間に思い出があった。

そんなときに浮かんでくるのは、大抵そのスタッフがしでかした「ヘマ」である。

「水で戻した状態のワカメを100g欲しかったのに、100gの乾燥わかめを水で戻して、とんでもないことになりましたね。笑」

「掃除のために熱湯にした蛇口のお湯を、周りには注意したにも関わらず、自分が手を洗おうとしてしまって、かわいそうでしたね。」

「掃除のために自分が開けた側溝に、自分が落ち込むとか、最高でしたね。」

「パックに入ったソースを、封を開けずにそのままレンジして、とんでもないことになりましたね。」

「コロナの時に、節電と言って、真っ暗の中で調理しているのは、最高でしたね。」

それぞれに思い出深いエピソードがあった。


もちろん、「ヘマ」意外にもたくさんある。

「新人教育の時に、脅しすぎたのか、入社してから4ヶ月、今まで一度のオーダーミスをしたことないなんて、あなた天才ですよ?」

「名門女子高からの、女子大生。弓道部兼、茶道部。見た目も清楚系で超絶美人。美少女図鑑に載るべきレベルの美少女なのに、好きなゲームはバイオハザードと龍が如く。おまけに地下アイドルオタク。おじさんには正直よくわかりませんが、あなた最高です。」

「初めは、人当たりの良い、綺麗で素敵な主婦さんだと思っていたのに、仕事終わりには、裏で大股開いて、ウンコ座りでタバコをふかしている。あの時の、見てはいけないものを見てしまった感をどうにかしてください。」

「介護の学校に通っているからといって、私が店長を介護してあげます。は、馬鹿な男は勘違いしやすいので、やめておきなさい。(はいすいませんでした。)おじさんをからかってはいけません。」

他にも、「あの時こんな事ありましたよね。」とか、「コロナの時はどうなる事かと思いました。」そんな、仕事の話もあり、

「店長と働けて、本当によかったです。」

なんて嬉しいことも言ってくれた。

ただ、最後の最後で、僕がみんなに言ったセリフは同じだった。

「幸せになるんだぞ。」

これだった。

「あとは、よろしく頼みます。これから先、会うか会わないか分からないけども、どうかお幸せに。」

そういうことだった。



最終日、その日は日曜日。

最近では珍しく、朝から雨が降っていた。


僕が朝一から店に来るのも珍しかった。

この店に移動してきた当初は、人手が足りなかったこともあり、そんなこともあったが、最近ではそういうことも無かった。

それが、シフト作りを任せていたチーフから、「この日だけは本当に人がいないの。」ということで、勤務最終日に朝から晩までという、「鬼畜シフト」を組まれていた。

チーフがいないと言っているのだから、本当にいないのだろう。僕ももう最後だし、ただ僕の時間が長いというだけで、店が回らないほどでは無かったので、別にスタッフたちにあれこれ聞いたりはしなかった。

ただ、正直僕は「変だな。」と思っていた。

これまでは個人差はあるものの、基本的にみんなシフトには積極的だった。

僕が来る前には普通のことだったのだろうが、ここ数ヶ月、こんな長時間の勤務をしたことは無かった。

「なんだ?最後の最後にストライキなのか?」

「会社に対する不満のあらわれか? だとすれば、完全にストライキの相手を間違ってはいないか?」

完全に心を読めるわけでは無かったが、自分に対して不満を持っているか、そうでないかくらいは分かった。

最近の感じを見ても、スタッフたちの間にそんな素振りは一切感じられなかった。


ただ、現実はこんな状態だったので、

「まだまだ、俺には分からない心ってものがあるのかもしれないな。」

「それはもう自分の責任だから、甘んじて受け入れるしかなかろうな。」

そんなことを思っていた。


もう一つ、僕が一日店にいなければならない理由もあった。

新しい店長が来るからである。

店舗の事務的な引き継ぎ作業は既に終えていたが、今日は実際に働きながら細かな引き継ぎをしたり、スタッフについて教えたり、実際に営業をしてみないと分からないこともある。そういう時のフォロー役だった。


新しい店長と、チーフは2人とも11:00からか。

いつもより少し寂しめのシフトを見ながらも、僕は店の客席フロアで作業をしていた。


「店長、今日は雨ですね。」

ひょこっと、僕の横にスタッフが現れた。

彼女は、先に書いた「介護を学ぶ女子大生」で、僕に「私が店長を介護してあげます。」と宣言する。少しいい意味で「頭のネジの外れた」感じの女の子である。

細身で、身長も僕の肩ほどしかない、小柄な女の子で、本当に介護なんて大変な仕事をやれるのか心配でもあったが、努力家で前向きで、彼女もプロになればしっかりとやるのだろう。とも思っていた。

彼女は僕がこの店で初めに採用したスタッフであり、その後とんでもない急成長を見せ、あっという間に店の一大戦力になったこともあり、特に思い入れのあるスタッフだった。

「ホンマやなぁ。多分、天も俺の退職を悲しんでくれてるんやろうなぁ。

「お、さすが店長!上手いですね!」

僕の発言に対する回答に、やはり「若干のズレ」は感じたものの、それが彼女の良いところ、面白いところでもあった。


オープン直後で暇だったので、僕らは作業をしつつ、お客を待っていた。

「あれ、店長。晴れましたね。」

「え、」

さっきまで、僕の退職を悲しんでくれているかのような雨がいきなり止み、「逆に喧嘩を売ってるんじゃないか」くらいに完璧に、眩いくらいに晴れていた。

「切り替え早くない!?」

この、自分がふった彼女が、一瞬で切り替えて、速攻で他の男のところへ行ってしまったような、なんとも言えない寂しい感じ。

僕がツッこむと、その子は子供のようにケラケラと笑った。

すぐに、調理場にいたおばちゃんにもネタとして広まり、「大丈夫ですよ。私たちが代わりに泣いてあげますから。うぅ〜。笑」

と、なかなかに「めんどくさいノリ」に付き合わされることになった。


お昼前になり、新しい店長と、チーフがそれぞれ出勤してきた。

その後意外なことが起こった。

「おはようございま〜す。」

と言って、シフトに名前の載っていない学生が出勤してきた。

「あれ?」

間違えたのか?と思い、事務所まで追いかけていった。

そこにはチーフもいたが、出勤間違いを指摘する様子もない。


「あれ、今日〇〇ちゃん出勤だったん? 呼んだの?」

すると、チーフは何故かニヤッと笑った。

「あ、あのシフトね〜。あれは偽物!!」

え?


実はサプライズだった。

スタッフたちに回してある、本物のシフトを見て驚いた。

2時間刻みくらいで、店のスタッフほとんど全員がシフトに入っていた。

その数、40人。

シフト表が逆に気持ち悪いレベルでごちゃごちゃしていた。

中には、普段は平日のランチにしか入らない主婦さんが、なぜかディナーに入っていたり、就職で辞めたメンバーの名前が何故か、手書きで入っていた。(さすがに働かせはしなかった。)


チーフが根回ししたようだった。

僕に人がいないと嘘をつき、朝から店に来なければならないようにし、なんなら、シフトに入っていないスタッフたちに、僕から「出勤できないか。」と聞かれても絶対に断る。とまで、口裏を合わせていたようだった。

これは、目的が違えば、完全に「ボイコット」「ストライキ」である。(こわいやつ。)


おそらく僕は、人生で一番感動した。

涙腺が閉じていたので、涙は出なかったが、心はぐらんぐらん動いていた。


もちろん、決められた2時間でスタッフたちが帰るわけもなく、とんでもない大人数で営業をすることになった。

もちろん人件費はつけられるわけもないので、事実だけ見れば、「サービス残業」だった。

ただ、帰れと言っても、帰らない。

普段は、そういう文化を根付かせてはいけないので、そこは許さないのだが、なんだか今日の「これ」は、そういうことでは無いような気がして、あまり強くは言わなかった。

店の常連は、いつもとの明らかな人数の違いに驚いて、「どうしたの?今日はスタッフさんがめちゃくちゃ多いね。」

僕は満面の笑みで、

「はい、そうなんです笑。今日で、僕この店最後なんです。そしたら、みんな働きに来てくれたんですよ。」

「え!そうなの!? そりゃあ残念。あなたが来てから本当にこのお店よくなったのにねぇ。でも、こんなにスタッフさんが来てくれるなんて、ありがたいでしょう?」

「はい。全くです。これからもよろしくお願いします。」

似たような会話がたくさんあった。


ランチタイムが終わった頃、エリアマネジャーが店にやってきた。

そういえばそんなことを言っていた。サプライズの衝撃で完全に忘れていた。

「あれ、この状況やばくね?」

一瞬そう思ったが、もはや抵抗のしようも無かった。最後に思い出作りで「渾身の反省文」を一枚。それはそれで良かろう。

そんなことを思っていたが、上司の一言は、これまた意外なものだった。

「よかったなぁ、お前。さすがやわ。笑」

これである。

どうやら知っていたようだった。そして、これを許可してくれたのだった。

一瞬、上司が「イケメン」に見えた。

薄毛が気になる髪の毛が、若干増えたような気もした。(こら)


新しい店長に、色々説明をしながらも、スタッフたちと本当に楽しく働いた。

最後に、今までで一番賑やかで、明るくて、楽しい営業をさせてもらった。


帰っていくスタッフたちの、今後の幸せを祈り、別れを終えた。


あっという間にディナータイムも終わり、お祭り気分だった店も、少しばかり静かになった。

僕が事務所で、新しい店長や、まだ店に残っていたチーフやスタッフたちと雑談をしていると、前任の店長と、既に退職していた前任のチーフが店にやってきた。

以前、僕がフォローでこの店に来ていた時、大変お世話になったから挨拶しておきたいとのことだった。

そんな嬉しくて、楽しい時間も終わり、みんなにお別れをして、事務所には僕と、店長のみになった。


「僕も、そろそろ帰ります。あとよろしくお願いします。」

「うん。店長も、元気でね。」


帰る直前に、僕は事前に用意してあった、スタッフのみんなへのメッセージをみんなが使うテーブルの上へと置いた。

あまりあとは引かぬように、文章自体はありきたりな、思い出と感謝を書き記した、簡素なものだった。

「誰がなんと言おうと、1人のもれもなく、あなたたちは素晴らしい。」

そういう内容だった。


そして、店長には、「一冊のノート」を渡した。

これは、いつの頃からか始めたことで、

そこには、店のスタッフ47名、それぞれの「良いところ」がびっしりと書いてあった。

内容は正直小さなことばかりだった。

「挨拶が元気で心地よい。」「笑った顔がいい」「お冷やを出すときの形がきれい」「作業の手捌きがとにかく早い」「作業の組み立てがうまい」「辛い時も前向き」「愚痴を言わない」「正義感がある」「責任感が強い」「清潔感がある」「言葉がきれい」、、、

挙げれば膨大な数になる。


「この店のスタッフ達のことが書いてあります。よかったら読んでみてください。」

そう言って、A4のキャンパスノートを渡し、僕は店を後にした。


駐車場から、ライトアップされた店を眺めると、走馬灯のように、いろんな思い出が蘇ってきた。

「幸せだったなぁ。」

「今まで、ありがとうなぁ。」

僕はそう言い残して、人生にとりあえず一つの区切りをつけた。


つづく














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