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【凡人が自伝を書いたら 103.何が悪いと言われれば、運が悪かったんだ】

「ぶっちゃけた話、なんだかそんな風になるんじゃないかとは、思ってまたんですよね。。笑」

出勤したばかりのチーフを呼んで、僕は「異動はせずに、退職する」と告げた。

チーフは、いつも僕の近くで僕を見ていた。

一緒に仕事を始めてから、早いことに1年が経とうとしていた。

期間にすると、そこまで長くはないかも知れないが、店でほとんど毎日顔を合わせ、それこそ、「家族よりも長い時間」を共に過ごし、文字通り「2人3脚」であれこれ乗り越え、店をやってきた。

そこには、自ずと「絆」みたいなものも生まれる。

仕事だけでなく、仕事終わりの深夜、24時間営業のうどん屋、牛丼屋、ファミレスなんかで食事を共にすることも多かった。

サシで酒を交わすこともしばしばあった。

以前、チーフが離婚をしたときには、相談にも乗ったし、その他家族関係の話もたくさん聞いた。

僕も、うつ病の父の話はしていたし、実家に帰ってきた経緯なんかの話もしていた。

何より、互いに働く中で、どういうことが好きで、嫌いか。何を大事にしているのか。

その中で、口には出さずとも、それぞれが、どういう事を考えているか、くらいは割と分かるようになっていた。


そこまで理解してくれている人がいるからこそ、そんな人を置いて、退職することには、なんだか後ろめたいような気持ちもあった。

もちろん、辞めなくても異動することは決まっている。この店からいなくなり、チーフと別れることも決まっていた。

ただ、同じ会社にいるのと、辞めてしまうのとでは、同じ「店からいなくなる」と言っても、話が違っていた。


「どうして、俺が辞めるって、思ったの?」

なんとなく、理由が気になって、尋ねてみた。

「私も大体、店長のことは分かってるつもりだけど、私が店長だったら、絶対辞めるって思ったの。だって、なんかもう、考え方みたいなものが相容れない感じでしょ?」


これは、おっしゃる通りだった。


正直、そこまでポジティブな雰囲気でも無かったので、互いに言葉は少なかったが、少ない言葉の中に色々な思いが詰まっている。

そんな感じがしていた。


少しして、夕方ということで、主婦さんと、夜の学生たちの入れ替えの時間になった。

少し言いにくさも感じたが、隠しても仕方がない。

僕は、スタッフたちに、はっきりと退職することを告げた。


「え〜!異動じゃなくて、辞めちゃうんですか!!」

もちろんだが、スタッフたちはもれなく驚いていた。

「いきなり異動」からの「いきなり退職」。

もはや「お騒がせ店長」のようになっていた。


次第に、

「馬鹿じゃないのこの会社!!」

「こんな、優秀な店長を逃すなんて!!」

「うちはこれだけ上手くいってるのに、なんで店長がそんな目に遭わないといけないの!?」

なんだか、僕の異動を決めた会社や、社長、上層部を「悪者」とするような意見が聞こえてきた。

「店長辞めるなら、私も辞める!」

本気かどうかは別として、そんなことを言うスタッフもいた。

実は、僕が「異動になった」と発表したときにも、数名同じ事を言うスタッフはいた。

それを、なんとか引き止めた状況だった。


僕は、異動になったこと、先日の議事録の内容、どちらも正直、非常に残念なことだった。

ただ、会社や、「誰かを恨んで腐るのは違う」と考えていた。

僕が辞めるのは、僕がついて行けなくなったからであり、悪く言えば、ただの「わがまま」だ。


僕はスタッフたちに腐って欲しくは無かった。

折角、辛い時期を乗り越えてきたのだから、新しい店長と、立派にやっていって欲しかった。

僕は、柄でも無く、真面目な顔で話をした。

普段は、冗談ばかりで、面白おかしい話ばかりしていたが、この時ばかりは、主婦さんも、学生たちもしっかりと話を聞いてくれた。


「これはね、誰が悪いって話では無いんだよ。

たまたまコロナ禍になって、その時たまたま飲食業をやっていて、たまたまこの店の店長をやっている。たまたまこの会社で社長をやっている人が、社長としての判断をした。

今までの経験で、たまたまこう言う価値観を持った僕は、自然に「辞める」という選択をした。

これは、誰かに悪意があって、こうなったわけじゃない。

誰が悪いって話でもない。

誰が悪かったか、何が悪かったかって言われれば、それは、誰も悪くない。ただ、運が悪かった。そういうことだと思いますよ。」


スタッフたちは、何を思っていたのだろうか。

僕の言葉の意味を理解していないとは思えなかったが、ほとんど「ノーコメント」だった。

涙を見せる学生もいた。

それにつられて、泣き出す主婦さんもいた。


なんだか、とんでもない雰囲気になってしまった。

自分で言い出しておいてなんだが、「どうか、そんなに悲しまないでくれ。」

そういう想いが強かった。


おそらく、タイミングも口も下手だったのかも知れないが、これが僕の中では「最善」だった。

「まぁ、でも、今すぐに消えるってわけでもありません。まだ少しの時間はあります。残りの期間、精一杯やらせてもらいますからね?」


完全に納得してくれたとは思わない。

ただ、

「寂しくなりますけど、分かりました。」

そんな風に、とりあえずは飲み込んでくれた。


スタッフの中には、

「店長が止めたから残ったのに、その店長が辞めるとはどういうことですか。」

「店長が辞めるなら、私も辞めます。」

「いつか上に昇進して、会社を変えてくれると信じてたのに、、」

そんな意見もいただいた。


分かっていたことではあるが、やはり心が痛んだ。

別に相手も、僕を傷つけようとして言っているわけではない。ということが分かっていたぶん、複雑な気持ちだった。

誠心誠意謝罪し、説明する。

そういうことしかできなかった。


「信じてくれたものを切り離す」ということは、そういうことだった。


2、3日も経てば、スタッフそれぞれの中でも思いを消化できたのか、普段通りの店の雰囲気に戻った。


そして、残り2週間程、「最後の時間」が過ぎていく。


つづく

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