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『未来危機管理思考 失業・自然災害・パンデミックに備える向き合い方』第一章・無料全文公開

発売日目前、特別企画!!
書籍『未来危機管理思考 失業・自然災害・パンデミックに備える向き合い方』より、第一章「危機管理意識をもてば未来が拓ける」を全文公開しちゃいます!

【CAST(配役)】

経営コンサルタント 藤田

本書の筆者。若いころは商社マンとして国内外を飛び回り、誘拐や詐欺などのトラブルに巻き込まれ、勤務先の倒産にも遭う。こうした経験から、先の読めない未来に向かって、どのように対処すればよいのかを考えるようになる。これがきっかけとなり、リスクマネジメントや危機管理の仕事に足を踏み入れた。60歳まではサラリーマンで、現在はフリーランスの経営コンサルタント。
趣味はパイプオルガンの演奏。30年以上続けていて、とくにバッハの曲を好んで弾いている。サラリーマン時代、うつになりかけたとき、オルガンを弾くことで自然と治った。
現在の一番の関心事は、下り坂の晩年の人生をいかに充実させるか。そのひとつが、危機管理の専門家ではない人たちに、私がこれまでの人生で習得してきた危機管理のイロハをわかりやすく説明すること。


相談者 樹木

読者の分身役。
前途有望な人生これからの30代。結婚し子どももでき、趣味はスポーツ・ドライブ・観光などアウトドアで、動き回るのが好きなビジネスパーソン。人生の夢に向かって邁進し、これから一旗揚げたいと思っている。常に上を向いて仕事に打ち込み、時にはビジネス書を読み自己研鑽に努めている。
危機管理については、あまり深く考えたことはない。漠然とまじめにコツコツと努力していれば、きっと人生は報いられると信じて生きている。会社の研修や防災訓練などによって断片的に知識を得ているが、人生や経営における危機管理の意味や位置づけについては白紙の状態。それでも「将来、管理職や経営者になった際には、必要な知識になるだろう」と漠然と思っている。

1.なぜ危機管理が必要なのか

●予測不能な危機との向き合い方

 藤田:はじめまして、経営コンサルタントの藤田です! これから、危機管理について話し合っていきましょう。

樹木:よろしくおねがいします! 異動先の部署で危機管理の業務もあるので、少し勉強しなければと思っています。でも参考書などの内容はむずかしく、危機管理のセミナーに参加しても眠いだけ。なんとかしてほしいです。

藤田:わかりました。専門的な内容もできるだけ、やさしく、わかりやすく、かみ砕いて話しますので、ご心配なく。ではさっそく質問です。樹木さんは自然災害だけでなく、政治経済や事故など、人生に大きな影響を及ぼすさまざまな危機について、考えたことはありますか?

樹木:そうですね~、なんとなく必要とは思いますけど、現代社会は平和で科学も進歩しているので、大きな心配はないのでは? また会社の総務の危機管理担当者や公的機関、専門家などがうるさく言っていますが、自分にはあまり関係ないと思いますね。

藤田:世の中のほとんどの人は、樹木さんのように考えているでしょう。第二次世界大戦後の世界はおおむね平和で、経済も成長し、科学技術の進歩は目を見張るものがありますね。歴史的に見ても20世紀後半から現在までの日本は、大きな災害もなく平和と繁栄を謳歌した時代といえます。しかし世界では、局所的な戦争は頻発していますし、日本では近年に阪神・淡路大震災や東日本大震災がありました。近年では突然コロナ禍に見舞われていることも事実です。

樹木:でも多くの危機の予測はむずかしそうだし、自分ではどうしようもありません。それなのに、どうして最近とくに危機管理にうるさくなったのでしょうか? やっても意味がないので、ムダな労力を費やすだけだと思うのですが……。物事を後ろ向きに捉えて、意味のない危機管理に時間と労力をかけ憂鬱になるよりも、前向きに捉えて楽観的に日々を送るほうがストレスもなく、精神衛生上もよいと思います。

●あなたは楽観派それとも慎重派?

 藤田:たしかに予測不可能な危機の管理はやりようがないし、的外れな対応をしても時間とコストのムダだといいたいのですね。

樹木:だいたいそんなところですが、違うのなら、もう少しわかりやすく説明をお願いします!

藤田:たとえ話をしましょう。AさんとBさんがいたとします。両者とも一部上場の大企業に勤め、30代半ばごろで管理職への昇進を控えています。樹木さんだったらどちらのタイプになりたいか、考えてみてください。
Aさんは、会社の基本方針や経営戦略に忠実に仕事一筋で、上司や部下からの評判もよい。何事にも前向きで明るくムードメーカー的な存在でもあり、ちょっと失敗しても楽観的に捉え、いつもニコニコしているタイプ。何か頼まれればノーと言えない性格で、社内では人気者。サッカーでいうと、試合ではフォワードを務め、一直線にゴールに向かって突き進むタイプ。クラスやグループのリーダーになるのが大好きで、会社では上位の役職に就くことを強く望んでいる。組織の先頭に立って攻めの戦に強みを発揮します。勤め先が一部上場の大企業なので、倒産の可能性は極めて低く、Aさん自身はいまの会社での出世に向けて最善を尽くし、全力を傾けたほうがよいと考えています。

樹木:Aさんは優等生タイプかな? 多くの人はAさんのように考えているかも。それでは、Bさんはどうですか?

藤田:一方のBさんは、会社の基本方針や経営戦略にも自分が納得しないと動かず、何事にも慎重で、悲観的に考えるタイプ。会社の仕事はほどほどにして、異業種の人と付き合うことが多く、根拠のない明るさには抵抗があります。ちょっとした失敗でも原因が気になり、最悪の事態を思い浮かべて時々落ち込んでしまうことも。意思決定の歯切れはあまりよくなく、社内では一匹オオカミ的な存在で一目置かれ、時々むずかしい顔をしていることがあり、あまり人気はありません。サッカーでいうと、試合ではディフェンダーを務め、守りに徹するタイプ。頼まれれば人の上に立つことはできますが、強く上位の役職を望むよりも、仕事の中身や自分自身の充実感を優先。負け戦の際にも、しんがりを務められる参謀タイプでもあります。勤め先は一部上場の大企業。でも万が一、会社が倒産しても食いっぱぐれがないように、密かに資格の取得に向けて勉強中です。
さて、樹木さんは、どちらのタイプですか?

樹木:どちらかというと、私はAさんタイプですね。私も大企業に務めているので、自分が勤めている間に倒産する可能性は極めて低い。Bさんのように中途半端なことをするよりも、Aさんのように社内で昇進することに集中したほうが得策だと思います。

藤田:なるほど! だから多くの人は、大企業に務めようと希望するのでしょうか。AさんもBさんもそれぞれ一長一短ありますが、日本の高度成長期のような安定した政治経済の中では、Aさんタイプのほうがよいと思われます。しかし、これからの世の中ではどうでしょう。世界が平和で大災害もなく、右肩上がりの経済が持続するでしょうか?

樹木:うーん、私はほとんど何も考えていませんね。専門家や会社の偉い人たちが考えてくれているのでは? もちろん自分自身の危機管理が必要であることはわかっていますよ。でも実際に、真剣に取り組めないんですよね。世の中には危機管理の専門家もたくさんいますし、会社や公的機関の危機管理の担当者が対応しているので、私が真剣に取り組む必要はないでしょう。また危機の範囲は、とても広く専門的な知識も必要とされるので、中途半端に心配し考えても、コスパに合わない気がするんですよね。

藤田:私事で恐縮ですが、私は日本の高度経済成長の真っ只中の1979年に一部上場の大手総合商社に入社しました。若いころは夢と希望に向かって、ひたすら前を見て仕事をし、定年まで順調に出世して、バラ色の将来が来ると信じていたのです。ところがある日突然、会社は倒産状態であることを告げられ消滅。50歳で某中堅企業に転職し、そこから苦難が訪れ、人生の危機に直面したのです。

樹木:それはお気の毒に。どうしてそんなことになってしまったのですか?

藤田:新入社員から定年退職まで約40年あり、その間に経営環境はゴロッと変化します。今後の社会はますます変化のスピードが速くなり、将来の経営状況を見通すことはますます困難になるでしょう。これが根本原因です。経営環境の大きな変化によって会社の倒産というリスクは常にあり、人生の危機は突然襲ってくるかもしれないのです。

樹木:でも藤田先生のご経験は、レアケースですよね。

藤田:樹木さんは、めったに起こるかどうかわからないような危機を心配しても、コスパに合わないと考えているのですね?

樹木:ハッキリ言ってレアケースの危機については、私も含め多くの人は対策を考えるだけムダだと思っていますよ。

藤田:でも危機による損害が、勤め先の会社や自身の存亡にかかわる破滅的に大きいものであったとすれば、それでもコスパに合わないのでしょうか。万が一の危機であっても最悪の事態を想定し、対策を立て、生き延びることができるのであれば、その対策コストは十分ペイするはずです。

樹木:う~ん、理屈はそうだけど……。

 *   *   *

【予測不能な危機への向き合い方】

先の対話パートで、20世紀後半以降、平和な世界が続いていると述べましたが、実際には世界中で小さな戦争が頻繁に起こっています。日本では阪神・淡路大震災や東日本大震災がありました。世界中では巨大地震や異常気象による風水害が多発しています。2020年には新型コロナウイルス感染症も起きました。

戦争については、皮肉にも核兵器の抑止力で世界大戦は阻止され、一応平和が保たれている状況です。自然災害も科学の進歩で被害は格段に軽減され、悲惨な状況が少なくなっていることは事実。しかし地震や風水害、感染症の予測に限界があることは否めません。

経済や社会の危機についても同じです。日本では第二次世界大戦後、高度経済成長を遂げました。しかしバブル経済の崩壊やリーマンショックなど、経済危機はある日突然襲ってきます。今後もこうした危機は、前触れもなく突然起こることが想定されるのです。

冒頭でも述べたように、近年世の中の変化が激しくなり、先行きの不透明感が増しています。資本主義の限界、格差社会の拡大、自然環境破壊の問題、情報工学や生物工学などテクノロジーの急速な進歩––––どれも人類に待ったなしの課題を突きつけています。

こうした変化の中で、勤め先の企業や店が定年まで潰れない保証はありません。自然災害も突然襲ってきます。新型コロナウイルスの世界的な蔓延によって、航空会社や飲食店、旅行業、宿泊業など多くの企業が経営難に陥りました。もしあなたの勤め先が倒産した場合、職を失い人生の危機を迎えることになるのです。

世界中では無数の危機が発生していますが、自分に関係する可能性のある危機はもちろん限られています。すべてに気を配る必要はありません。しかし他人任せの危機管理には、限界があります。いつどこでどのような危機が襲ってくるのか、専門家でも予測できないことが多いのです。

たとえば、日本では日々数え切れないほどの地震に見舞われていて、震度6弱以上の地震は、いつどこでも起きる可能性があります。阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震など、ひとつとして公的機関や専門家でさえ正確な予測はできなかったのです。

また地震の震源地や震度の範囲は、おおよそ予測できたとしても、個人や個々の企業が具体的にどのような被害を受けるかまではわかりません。立地やいる場所で影響の受け方は千差万別です。公表されているハザードマップなどを参考に、被害の想定は自社や自分自身でおこない、災害が発生すれば、とっさの間に自分の身は自ら守るしかありません。

【多様化・激甚化する危機】

 自然災害による危機は、地震・風水害・感染症が代表的なものであり、近年、自然災害は多様化・激甚化しています。地球温暖化による台風の大型化やゲリラ豪雨などの異常気象、それによる災害の激甚化、新型コロナウイルスなど感染症の世界的な蔓延などがあります。

人類社会のグローバル化の進展により、ヒトの移動が加速され、ヒト同士の接触と感染の機会が増しているのです。感染すればウイルスは増殖し、変異の可能性も加速。今後も感染症のパンデミックが再び発生する可能性は、さらに高まると考えていいでしょう。

また、自分自身の肉体を支配している生理現象は、最も身近な自然です。ある日突然、宣告されるガンや脳卒中などの病気も、自分ではコントロールできない自然の営みに起因する危機といえるでしょう。現代人は糖尿病・ガン・脳卒中・心血管疾患・精神疾患といった疾病に悩まされています。

自然に起因する危機のほか、人間社会に起因する危機には、企業の倒産、政治や社会的な価値観の急変、ICT・AI・生物工学・その他のテクノロジーの急激な進歩による影響。ほかにもサイバー攻撃や生物兵器の開発などのさまざまな変化が、私たちの企業目的や人生に多大な影響を与えます。

今後私たちは、否が応でも多様で激甚化する危機と向き合わざるを得ないのです。

2.AIに危機管理はできるのか

●参考にしても鵜呑みにしないこと

藤田:それでは、AIなどのテクノロジーで、どこまで危機管理ができるかを考えてみましょう。

樹木:先ほど先生は、最先端の科学を使っても災害の予測はむずかしいと言っていました。でも近年のテクノロジーの進展は目を見張るものがあり、ICTやAIを駆使すれば、近い将来、災害予測はかなり正確にできるのでは?

藤田:たしかに近年は、情報テクノロジーが進歩し、いろいろとできるようになりました。また医学や生物工学の進歩で、疫病や死の病は撲滅されつつあります。ただ危機管理においては、めったに起きない予測のむずかしい変化を対象にしているので、テクノロジーによる予測はいまだ発展途上の部分が多々あります。参考にしても鵜呑みにしてはいけないのです。

樹木:科学者や専門家の見解をまとめた予測だからといって、正しいとは限らないのですね。

藤田:信用できないわけではなく、外れることもあるのを知っておくべきです。

樹木:科学による予想はあてにならない、ということですか?

藤田:そういうわけではありません。でも過去には東日本大震災のように、正確な予測ができませんでした。地震や気象予測など過去の観測データにもとづく予測は、確率でしか語れません。仮に予測確率が正しかったとしても、今後いつ起こるかは特定できないのです。首都直下地震は「マグニチュード7程度の地震が30年以内に発生する確率は70%程度」と予測されていますが、いつかは特定できない。明日発生する可能性もあるのです。

樹木:たしかに発生確率が示されると、わかったような気になります。でもいつどこで発生するかまでは、予測できないですね。サイコロを振って1の目が出る確率は6分の1ですが、いつ出るかまではわからない。それと同じことでしょうか?

藤田:そのとおりです! また災害発生予測には、難解な数式を駆使して発生確率などが計算されるので、私たちは出てきた結果になんとなく安心してしまいます。ですが、データや前提条件が正しいのかどうかは、専門家でないと確かめようがないですね。

樹木:ほんとに学者や専門家は、もっともらしくわかったように説明しますが、煙に巻かれたようで。わからないことはわからないと、ハッキリ言ってほしいですね。

●科学で予測不能な危機にどう向き合うか

 樹木:現代の科学でも予測できない危機に遭遇した場合、運・不運によって個人の生死や事業の存亡が決まるのでしょうか?

藤田:時々予測を越える想定外の問題が発生し、多くの企業や個人は存亡の危機に陥ります。一方、危機を正確に予測できなかったとしても、いち早く危機をもたらす変化を察知し、行動を起こして成功する者もいます。予測不可能な災害に対しても、過去の経験や他地域での事象を参考に、あらかじめ危機を想定して対策を講じ、回避する人がいるのです。このように予測不可能な災害や危機を乗り越えた人は、AIやビッグデータを用いて未来を予測したわけではありません。人間にはAIにできない想像力やカンのような察知能力が備わっていると考えるべきでしょう。

樹木:人間の危機察知能力や想像力は、直観的なカンのようなものですか?

藤田:リスクマネジメントでは、「危ない!」と思う感覚のことを「リスク感性」といいます。人間の危機察知能力や想像力、カンのようなものは、リスク感性に近く、これが鋭い人は危機を乗り越えて生き延びられる可能性が高いのではないでしょうか。

樹木:たしかに日々ボーッと能天気に生きていている人は、危機が来れば生き残れないでしょうね。人間にはAIにできない想像力やカンのようなものがあるとのことですが、ピンとこないので何か例を挙げてください!

藤田:わかりました。日本が幕末のころ、オランダでの話があります。ある日、堤防を歩いていた少年が、堤防の小さな穴から水がもれていることにたまたま気づき、その穴に一晩中自分の腕を突っ込んで、穴が広がらないようにしていました。翌朝、堤防の前を通りかかった牧師が少年のやっていることに気づき、村人に告げて堤防の決壊を防ぐことができたという話です。この少年は日頃から、「堤防が決壊すると大変なことになる」と大人たちが話しているのを耳にし、過去のほかの事例や同様の現象から、漏水を無視してしまうと、やがて堤防の決壊につながり大変なことになると、ピンときたのでしょう。だからとっさに自分の腕を突っ込んで、だれかが来るのを待っていたのだと思います。

樹木:少年は自分を犠牲にしてでも、地域や社会のために貢献しようとしたのでしょうね。

藤田:東日本大震災のとき、日本では災害時に略奪などの犯罪があまり起こらず、人々が助け合っている姿を、外国人記者が驚きをもって海外に伝えました。危機の察知やその後の対応を含め、AIにはできない人間的な部分が、まだまだ危機対応には必要なのです。

樹木:これからはAIや科学、専門家に任せきりにしないで、自分でも危機管理に向き合いたいと思います!

*   *   *

【科学による危機管理の限界】

近年の科学の進歩により、多くの現代人は自然へのおそれをあまり抱かなくなりました。AIは過去の統計データを拠り所にして、ディープラーニング(人間の脳の構造を模した機械学習)をおこないます。しかも大量のデータを記憶し、猛スピードで複雑な計算ができるのです。

AIを活用して事前に災害や消費動向などの未来を予測し、人間は神のごとくなんでもできる日も近い、と言う人もいます。自然災害も物理化学現象が複雑に積み重なって起こるものですから、原理的には直近のデータを原因とすれば、未来の現象も物理や化学の法則(因果律)に従って計算されるはず。

しかし大規模災害はめったに起こらないので、統計データとしては不十分なことが多いのです。地震の場合、過去1000年のデータをもとに予測している場合があり、それはデータが歴史書などにあるときになります。それも科学的な測定器で測ったデータではなく、古文書の記述や地質調査などから類推しているにすぎません。

人間社会に起きる歴史上の危機も、「歴史は繰り返される」といっても、未来を予測するのに十分な統計的あるいは科学的データが揃っているわけではないのです。AIが危機管理をするためには、統計的に有意性のある十分なデータを集めることが必要ですが、現実的には地球の地殻変動や気象変動は、天体の運行のように規則的に繰り返されることはありません。したがって、不十分なデータによって複雑な自然災害や社会的な危機をAIが管理することは、限界があると考えられるのです。

地震は地下で起きる岩盤の「ずれ」––––つまり地殻変動によって発生します。地球は地表から少し深いところにある「上部マントル」といわれる部分は、高温の岩盤になっています。いわば、半熟ゆで卵の白身の表面に近い部分のようなものです。

これらのプレートは、地球内部の高温と高圧によって常に少しずつ動いています。このとき地表の硬い岩盤に猛烈な力がかかり、耐えられなくなると、ヒビが入ります。何年か経つと、ついに岩盤がずれ動いて地震が起こるのです。

いつどこでどのくらいの力がかかり、ヒビ割れが大きくなって地震につながるのか予測するためには、地中深く多くの場所にセンサーを付け、常時状況を測定する必要があります。しかし地中深く何十キロメートルの地下に、多くのセンサーを取り付けることは、現実的には不可能。また地下の構造は、さまざまな性質の岩石が複雑に絡み合い、地震を正確に予測することは、AIとスーパーコンピュータを駆使しても限界があるのです。

気象情報については、コンピュータによるシミュレーションなどの近代科学の方法で、天気予報・台風情報・警報などの数値予測ができるようになりました。しかし、いまだにゲリラ豪雨がいつどこで発生するのか、台風の正確な進路など予測が外れることも多々あります。

さまざまな気象現象が起こる地上から数キロメートル上空の対流圏での気圧・温度・風向きだけでなく、海水面の温度や地表面の地形なども影響します。気象現象もミクロ的には物理学の法則に従っているとはいえ、マクロ的な大気の変動の予測には、膨大なデータと複雑な計算が求められるのです。

実際には、地震予測や気象情報も科学的なテクノロジーと統計処理の高度化により、発生確率の予測は一定の成果をあげているのは事実。しかし、それでも限界があることを認識しておくことが重要です。

仮にAIが与えられたデータから地震発生確率を計算したとしても、それは平均値であり、ピンポイントで、いつどこで発生するかまではわかりません。また災害が発生したあとの個人や個々の企業への影響による危機までは、予測してくれません。

福島の原発事故のように大きな被害が発生したら、専門家は「予測のためのデータが不十分だったので『想定外』の高さの津波が発生し、大事故につながった」と言います。阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震のいずれも、あらかじめピンポイントで予測できませんでした。

【AIにはできない人間的な危機対応力】

 多くの動物は、天敵が襲ってくると察知すれば瞬時に逃げ、獲物を発見すれば瞬時に捕獲できるか否かの判断をします。こうした感覚は、進化の過程でより鋭敏なものが生き残り、遺伝情報として子孫に伝わり、世代を重ねることで強化されてきたと考えられてきました。

人間の場合、動物的な危機察知能力に、人間の知性・想像力や直観力を加えて「リスク感性」が形成されていると考えられます。さらに人間は他者の経験や言葉、文字によって記された知識を、社会や組織間で共有できるのです。

リスク感性に一定の定義はありませんが、過去や他地域で発生した災害や危機にかかわる情報や科学的な知識が頭の中で蓄積され、新たな結合が閃きとなって生まれてくると、私は考えています。こうした閃きは、現状限られた範囲のデータにもとづくAIを活用した機械処理では出てこないものです。

リスク感性には、人間の知性と想像力が求められます。科学や芸術上の新たな発想は人間の閃きから生まれますが、リスク感性も同じようなものと考えられるのです。先述したオランダの少年の話もそうであり、自己を犠牲にしてでも社会全体に貢献するといった高度な人間の倫理的あるいは利他的な発想もあります。こうした判断や計算結果は、AIから導き出されることはないでしょう。

実際多くの人々が災害の最中にあっても、私的でちっぽけな自己愛を超え、多くの他者のために自己を犠牲にする行動を自ら進んで取っています。多くの動物は人間よりも視覚・聴覚・嗅覚などの五感に優れ、危険を察知すると、とっさに対応して危機を回避する能力に優れています。

しかし人間は、その場で自身を守るだけでなく、未来の成り行きを想像し、地域社会を守るといった社会貢献的な目的意識ももち、他者と協力して個人ではなし得ない能力を発揮できるのです。

AIは大量のデータを処理し、目的達成に向けて最適解を計算できますが、そもそも目的や課題の設定が異なれば、違う答えを出します。危機管理においても弱者を守り、人命を最優先する、他者と協力するといった目的や課題の設定には、人間の倫理的な価値観や非合理的な感情や意識が影響し、AIにそれらを求めることは現状むずかしいのです。

危機管理ではAIにすべてを任せるよりも、人間の感性を信じたほうが、まだまだよさそうです。

3.危機対応の有無が存亡を分ける

●AさんとBさんのその後

藤田:先ほど挙げたAさんとBさんの話に戻ります。Aさんは楽観派、Bさんは慎重派でしたね。

樹木:はい、私はどちらかといえばAさんタイプだと思います。多くの人がAさんタイプではないでしょうか?

藤田:そうですね。ただ長い目で見れば、両者の運命は大きく左右されます。では、両者のその後を見てみましょう。ふたりとも入社して10年程度が経ち、そろそろ管理職に昇進してもいい年頃であり、経営管理の研修を受けたりしています。ですが定年まであと20年近くあり、先は長い。Aさんは常に上司の指示命令を快く前向きに受け止め、積極的に会社の方針に協力する姿勢を見せ、毎日遅くまで残業し、上司の覚えもめでたいです。自分の趣味や家庭への時間を削ってでも、同期入社のだれよりも早く管理職に昇進して、将来は取締役になることを夢見ています。

樹木:これまで多くの日本人サラリーマンは、同じようにしてきたのでは?

藤田:そのとおりです。でも中にはBさんのような人もいます。何事にも慎重で、上司の指示命令でも納得しないと、なかなか動かない。上司からの評価は普通。定刻になると退社し、趣味や家庭に時間を割くことが多い。週末は国家資格を取得するための予備校に通い、平日も読書や資格の勉強をしている。会社での出世よりも自己実現のほうが大切と考えているのかな。

樹木:たしかにBさんのような人は少数派ですね。とくに大企業では。

藤田:ふたりの勤め先の会社は一部上場企業、安定した経営を継続している。Aさんはいち早く管理職に昇進、Bさんはあまり目立たない存在です。やがて10年の歳月が流れ、Aさんは部長に昇進、Bさんはようやく管理職に。これからも会社の経営は順調に続きそう。Aさんは取締役に昇進する道筋が見えてきました。

樹木:多くの新入社員は、Aさんのようになることを夢見ているのでは?

藤田:そうでしょうね。続きを見ていきましょう。会社は突然の経営難を発表。最終的には同業他社に吸収合併されてしまいました。理由はバブル経済の崩壊により、国内で買い漁っていた土地や不動産が暴落したこと、多くの海外投資が失敗したこと、それを社員に知らせていなかったことなどです。社長が積極的な攻めの戦略を打ち出し、社内には新規投資をしないと肩身の狭い雰囲気が醸し出され、多くの経営幹部が部下に指示してムリな投資や新規案件に突き進みました。

樹木:これは経営責任の問題ですね。AさんもBさんも関係ない。

藤田:もちろん、ふたりに直接的な経営責任はないでしょう。しかし実際には、吸収する側の企業の指示により、吸収される側の企業へのリストラがはじまり、管理職だったAさんもBさんも肩を叩かれ会社を離れることになりました。

樹木:そんな理不尽な。明日は我が身か……。

藤田:Aさんは、管理職の期間が長く現場実務から遠ざかっていたので、パソコンによる資料作成などは部下に任せていたようです。多くの企業は即戦力を求めていたため、Aさんの転職先はなかなか見つかりませんでした。

樹木:うちの会社にも口は達者だけど手が動かない上司が、けっこういますね。

藤田:一方Bさんは、現場での実務経験が長く、パソコンでの資料作成などは自分でサクサクできます。何より事業経営にかかわる国家資格を取得し、実務的な専門知識を習得していたので、即戦力となることが期待され、転職はすんなりと進みました。

樹木:担当者の期間が長かったことが幸いしたのでしょうか?

藤田:たぶん、そうだと思いますよ。でも、なかなか手が動かないAさんは、なんとか中堅企業の部長に転職しましたが、退職前の会社と転職先では管理の方法や企業文化が異なるので、これまでの経験は役に立ちませんでした。また元一部上場企業の部長だったプライドが邪魔をし、転職先の企業文化になじめず孤立。失意の中でうつになったようです。一方Bさんは、実務能力と国家資格に裏打ちされた専門知識を活かし、転職先の企業でも重宝され、数年後には経営幹部となることが期待されています。

樹木:けっきょくBさんのほうが、長い目で見るとよかったことになりますね。

藤田:両者の違いを分けた理由は、なんだと思いますか?

●不確実な未来にどう対応するか

 樹木:Aさんは、勤め先が一部上場の大企業だから倒産の危機はないと、楽観的に考えていましたよね。Bさんは、何事も慎重に冷静に、時には悲観的に物事を捉えていて、万が一の会社倒産や会社で評価されないときのことを考えていたと思います。Bさんのほうが、長期的な視点で人生を考え、危機管理の意識が高かったから、結果的によかったのでしょう。でもそれは結果論であり、Bさんの運がよかったともいえるのではないでしょうか?

藤田:両者の違いを分けた理由の背景には、数十年という長い期間で見ると、企業の経営環境は大きく変わることがあります。しかし経営環境の変化は、確実に未来を予測できるものではありません。政治・経済・社会・技術革新の変化だけでなく、経営者の気まぐれや偶然のできごとが複雑に絡み合っています。

樹木:そうなんですか。歴史的な必然性がありそうですが、人間社会の歴史は人々の気まぐれでできる?

藤田:人類の歴史を振り返っても、偶然の出来事や権力者の気まぐれや人々の誤解、発生や行動のタイミングの違いなどが、その後の歴史の方向性を決定づけたことが多々あります。戦争の勃発も思わぬ小さな事件が引き金になったりしますね。

樹木:私たちは予測できない未来に身を任せる以上、運不運を受け入れるしかないのでしょうか。事業面での不確実な未来に向けての対処法は、ある程度Bさんのようにあらかじめ時間をかけて戦略を練られそうです。しかし想定外の自然災害の危機が突然襲ってきたとき、あらかじめ想定した災害に沿っておこなう防災訓練は役に立たないでしょう。そのときどうすれば、自らの命をとっさに守れるのでしょうか?

藤田:たしかに災害が発生した際には、マニュアルを読んでいるヒマはないですし、計画どおりに実行できるわけでもありません。想定外の危機であれば、なおさらマニュアルどおりにはいきませんね。でも、あらかじめ危機を想定し、命を守る訓練をしておくことで、応用が利くのです。マニュアルを作成し訓練しておけば、たとえマニュアルから外れた状況になったとしても、まったく別物とは考えにくく、当たらずとも遠からずの状況となっている場合が多い。なので、あらかじめ訓練し、日頃から突然の災害に備えておけば、的確に状況を観察し、正しい方向性を定め、迅速な行動が取れるのです。

樹木:何はともあれ準備しておけば、想定どおりにならなくても、少なくともパニックにはならずに済みそうですね!

●まず生き残り、その後どうするか

 藤田:さて生き残ったあと、樹木さんはどうしますか?

樹木:なるほど、生き残ったあとのことも考えておいたほうがよさそうですね。まあ、なんとかなるのでは?

藤田:まず生き残ることが最優先であり、その後どのように事業を復旧・復興させるかの課題に対しては、「事業継続計画」という危機管理フレームを活用する方法がありますよ。一般的にBCP(Business Continuity Planning)※といわれています。企業が自然災害・大火災・テロ攻撃などの危機に遭遇した場合、損害を最小限にとどめつつ、事業の継続あるいは早期復旧をあらかじめ取り決めておく計画のことです。その考え方は個人の人生設計にも参考になるでしょう。
(※BCPの概要は第二章4節にて)

樹木:危機管理のイメージがだいぶわいてきました! 思った以上に奥が深いですね。防災訓練だけではないのですね。

藤田:そのとおりです! 生き残ったあとに、新たな戦略が求められます。単に予防して生き残るだけでなく、長い時間軸の中で自分自身や事業経営が継続・発展させるためには、危機管理は避けてとおれないのです。

樹木:経営にも人生にも、攻めだけでなく守りの戦略も必要ですね。

藤田:詳しくは第四章5節および第五章で攻めと守りの両面戦略について説明します! 

*   *   *

【不確実な未来に向けた事業面での対処法】

 予測できない未来の不確実な事象を、本書では「リスク」と呼びます。これは企業の経済的な経営環境だけではなく、政治や社会、テクノロジーといった人間社会に起因するものであろうと、地震・異常気象・感染症のパンデミックなどの自然現象であろうとも同じです。

私たちが生きている環境は「諸行無常」(仏教用語:この世で起こるすべての出来事は常に変化しているという意味)であり、一寸先は闇といってもいい。未来の経営環境は不確実なものであり、想定外のことが起こる前提で事業経営や人生設計を考える必要があります。

株式投資を例に取りましょう。
株式投資において「卵は1つのカゴに盛るな」という格言があります。卵を1つのカゴに盛ると、そのカゴを落としたらすべての卵が割れてしまうかもしれません。しかし複数のカゴに分けて卵を盛っておけば、1つのカゴを落とし卵が割れてしまっても、ほかのカゴの卵は影響を受けずに済み、残った卵を孵化させて雛を育てると、卵をまた増やせるというたとえ話です。

つまり株価の予測は不確実性が高いので、特定の株の銘柄だけに投資をするのではなく、複数の銘柄に投資をおこない、リスクを分散させたほうがよいとの考え方です。

この考え方は普遍的で、極めて多くの物事にあてはめられます。

Aさんの場合、自分が定年になるまで会社の経営は順調に継続すると考え、ほかの就職の選択肢を一切考えず、1つのカゴに卵を入れていたことになります。

一方Bさんは、国家資格を取得し、万が一会社が倒産しても、資格を活かして別の仕事に就くという、別のカゴに卵を入れておいたのです。

未来の危機は予測できるものではありませんが、だからといって何も打つ手がないわけではありません。危機管理について考え、備えをしている人とそうでない人では、長い人生の節目で命運を分けることになります。この後の章では、さらに危機管理について掘り下げ、より具体的な打ち手を考えていきましょう。

【第一章のまとめ】

  本章では、予測不可能な危機に対して臨む前に、危機管理の意味や概要について述べてきました。とくに重要なポイントは次のとおりです。

1.目に見えない未来の危機にうまく備えるか否かで、人生に大きな差がつく。

2.人間には生まれつき動物的な危険や危機を察知する能力が備わっていて、さらに過去や他者の蓄積された経験・知識を習得できる。

3.未来の危機を想像し、命を守る訓練をしておくことで、とっさの応用が利く。

第二章では、さらに危機の本質を掘り下げ、一般的な危機管理の方法(フレーム)を具体的に解説します。

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第一章はここまで!
続きを読みたい方は、各電子書籍ストアにて2月9日より随時発売になりますので、是非お買い求めください。
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書籍『未来危機管理思考 失業・自然災害・パンデミックに備える向き合い方』

【書籍情報】

映画やSF小説のように危機を想像して
明るい未来を切り拓こう!


前著の『未来仮説検証思考』(ごきげんビジネス出版、2019年)は、経営の攻めの部分に焦点をあてましたが、本書は経営の守り(=危機管理)に焦点をあてています。

危機管理を取り上げた多くの書籍は、企業経営にマイナス部分に影響を与える危機に焦点をあてた考え方や施策を基本としていたり、大企業向けで略語や専門用語が多様され、初心者や専門外の人にとって取り組みにくい内容でした。
そこで本書では、企業経営だけでなく、個人の生き方まで危機管理の範囲を広げ、企業も個人もよりよい人生を送るにはどうすればよいかという視点で解説。
危機管理についてをできるだけやさしくするために、第一章から第四章までは、はじめに話の概要をつかみやすいように対話形式で展開し、その後解説文を記載しています。第五章は、経営の攻めと守りを統合的に捉える考え方やフレームを紹介しています。

企業の危機管理の担当者に限らず、だれでも自分自身の危機管理を考えられるヒントになるでしょう。
この本を読めば、想定外の大きな危機(失業・自然災害・パンデミックなど)に突然襲われてもパニックにならず冷静に行動ができるようになり、そして最悪の危機を脱出して生き延びビジネスチャンスや人生の転機をうまくつかむことで人生の勝者となるヒントを得られるでしょう。

【目次】

第一章 危機管理意識をもてば未来が拓ける
第二章 危機の本質と管理の方法
第三章 危機対応の例
第四章 存亡の危機に打ち勝つための5か条
第五章 総合まとめ 攻めと守り両面戦略~究極の生き残り策を立てるために~

【著者プロフィール】

藤田泰宏

未来志向経営コンサルタント
FMCフジタ・マネジメント・コンサルティング代表、中小企業診断士、(独)中小企業基盤整備機構 関東本部 企業支援部 アドバイザー、(株)ワールド・ビジネス・アソシエイツ 理事 チーフ・コンサルタント
1955年、兵庫県宝塚市生まれ。京都大学卒業、総合商社トーメン(現豊田通商)入社。若いころは商社マンとして国内外を飛び回っていたが、タイでは誘拐され辛くも自力で脱出、ヒューストンでは米国人トレーダーの詐欺に遭い、挙げ句の果てには勤務先の経営難に遭遇し2005年に某中堅企業に転職。転職早々部下が巨額の横領事件を起こし東京地検の取り調べを受けた。その後転職先で「リスクマネジメント」やBCPの導入・運営業務に従事。こうした経験が危機管理への理解を深めるきっかけとなっている。2014年に中小企業診断士の資格を取得、現在はフリーランスの経営コンサルタントとして、中堅・中小企業の危機管理・経営革新・海外展開支援などに従事。(独)中小企業基盤整備機構で事業継続力強化計画策定支援のアドバイザーとして多数の危機管理支援の実績を持つ。

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