ヤバ職場の光だったTさん
人生で初めてのアルバイトは居酒屋だった。
コロナ禍も相まってアルバイトがなかなか受からず、虱潰しに応募した中の1箇所。
面接時には陽気な店長が出迎えてくれて、すぐに採用してくれた。
初めてのアルバイトだし頑張るぞと意気込んだ。
期待と不安の初出勤、この日からアルバイトへ行くのが憂鬱になった。
その日のシフトは店長と店長の奥さん、ピアスバチバチかっこいいお姉さんと、厨房の男性(以下Tさん)。
全員に挨拶して回ったが、なにか店長の奥さんの気に障ったらしくこの日から店長夫妻にいびられる日々が始まった。
夫婦同士で「この人この前やめた〇〇さんにほんとそっくりだよね」と笑ったり、
大衆居酒屋の客から見えない厨房でワインは左手で注ぐなどのマイルールを押し付け破ると叱責。
挙げ句の果てに「君は今後人と関わる仕事はしない方がいい」とまで言われた。
確かに当時筆者は芋っぽくコミュ障だったが、他人に対して思ってもそんなこと言うのはどうなんだろうか。思い返せば普通にパワハラである。
かっこいいお姉さんとTさんは気にかけてくれていたがかっこいいお姉さんは諸事情ですぐにバイトをやめてしまい、心の拠り所が減ってしまった。
どんどん衰弱していき、挙げ句の果て畳み掛けるように人間関係で少しいざこざがあり完全にメンタルが終わっていた。
店長から「死んだ魚の顔している」と言われながらも何とか働いていた。
そんな店長が早上がりの時、筆者はTさんと2人きりで店の片付けをしていた。
Tさんは賄いを食べるか聞いてくれたが、そんな気力は無いため断った。
すると店の奥からちょっと高い紙パックのスープを出し、内緒だよと温めて出してくれた。
スープを飲みながらTさんは色々話を聞いてくれた。
この人はなんでこんな激ヤバ職場で優しくいられるんだろうと思っていた時、
「付き合っている人とかいるの?」
と突如聞いてきた。
いないですと答えるとTさんは
「誰かと付き合うってすごいいいよ、心の拠り所ができるし人生が一気に楽しくなる。恋人をつくるといいよ」
と言った。Tさんは彼女と同居しているらしく、その彼女が好きで好きでたまらないらしい。
彼女は押しが強いけれど、なんだかんだそういう所も好きなんだと語っていた。
ひとしきり話したあと、こっそり厨房のアイスも出してくれた。
俺が飲んだって事にするからと、高いスープも1本持ち帰らせてくれた。
当時筆者はメンタルを壊しすぎてろくに食事をしていなかったため、気を使ってくれたのだろう。
有難く貰ったスープを数日かけて飲んだ。確かスジャータのじゃがいものスープで、人生で飲んだどのスープよりも美味しく感じた。
結局筆者はアルバイトを辞めた。制服もシフト表を見て、Tさんのみが店にいる時を狙って返しに言った。
店長に会いたくなかったのでいない時間狙って来ましたと言ったら、めちゃくちゃ笑っていた。
その後すぐ、狙ったかのようなタイミングで筆者にも恋人ができた。
今まで恋愛に無頓着だったが、Tさんの言葉によって思い切って恋人を作ってみようと考えたこともきっかけの一つだ。
いままで悩んでいた事が嘘だったかのように毎日が楽しくなり、ずっと楽しいままもうすぐ交際3年目になる。
今ならTさんのあの言葉に実感が湧く。
アルバイト先はヤバ職場だったが、その中でTさんに会って話せた事は人生の大きな分岐点だったなとしみじみと思いを馳せた。
Tさんは元気にやっているだろうか。彼女の話をしていた時、サラッとこのまま結婚したいと言っていたためもう籍を入れているのだろうか。
Tさんなたきっと、振り回されつつも幸せな家庭を築いているだろう。
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