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ヨガを通して鍛えられた僕のある一部

【海外写真放浪記】 INDIA 3 リシケシ 

シバフェスティバルにより、町をオレンジ色の人達にジャックされた状態で僕のヨガライフはスタートすることになる。リシケシはヨガの聖地と言う事もありアシュラムと呼ばれるヨガ施設が無数存在する。


アシュラムは道場と宿泊施設が一緒になっている滞在型で勉強する場合と、僕の様にワンレッスンずつ体術を学ぶためにゲストハウスから通う事もできる。

それぞれのスタイルで学ぶ事ができるが、ヨガインストラクターの免許、全米ヨガライアンスなどを受講している人は宿泊して座学、精神学、体術をトータルで学んでいた。


僕の似非ヨガ知識ではそう見えたのだけれど、実際はどうなのだろう?


70年代から80年代にインドの精神世界や音楽を学ぶためにビートルズやYMOの細野さん、横尾さんなどもインドを訪れている。もう10数年まえになるが、VHSでウッドストック以前に開かれた野外パーティーでラヴィシャンカール(シタール奏者でノラジョーンズの父)がジミ・ヘンドリックスの前でシタールを演奏している映像も見た事もあり、その当時のインドへの関心はかなり高いものだったと思う。

ビートルズが訪れたアシュラムは今でも建物だけは存在していたが、ほぼ廃墟となっていた。

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レッスンは至る所で行われていたので数件飛び込みで入って自分に合ったアシュラムを探して行ったのだが、中には本当に胡散臭い講師も居て、皆で失笑するなんて事もしばしばあった。ヨガにも種類が沢山あり、体が堅い僕はオーソドックスなハタヨガを滞在中は朝と夕方に毎日受講しながら空いた時間は写真を撮影して過ごした。



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沐浴中の少年

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山間なので動物も沢山

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シバフェスティバル中なのでサドゥーも沢山


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旅中は時間に関しては本当に自由だ。朝起きる時間も、ご飯を食べる時間も、寝る時間も自分次第。日本を出てダラケきった時間軸をリシケシでヨガをする事によってリセットできたし、ヨガの効果かそこまでインド人にイライラもしなくなったのはこの頃だった様な。


日本人のアイデンティティーなんて物はインドでは何の役にも立たないし、むしろ「これはこういうもんだ」という固定概念がイライラの元になってたんじゃないかとインドを出てからは思える様になった。滞在中はそんな事を落ち着いて考えられない程騙して来るので疑心暗鬼が最優先。


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だから街中でパンツを頭に被るなんてへっちゃら。


相変わらず人の量は凄かったが、写真を撮ると言う事に関して言えば最高の時間だった。お祭り中は皆陽気な上に写真を撮ってくれと相手から言って来るのだから毎日入れ食い状態。

山沿いは雨期まっただ中で毎日雨がぱらつき、ガンガーは茶色く濁り一度も澄み切った上流のガンガーを見る事はできなかった。そしてこの辺りでインドに来て初めて嘔吐と下痢に見舞われるのである。


こんな事もあると思い、予備薬として日本の抗生物質を持参していたけれど、インドの細菌はそんなもんじゃびくともしなく薬局にてインドの抗生物質を購入して飲んでみるとあっけなく回復傾向に。アンチバイオテック神薬。


インドの薬局で聞いた話だと、この時期はインド人も腹を下すらしい。


なぜなら冷蔵庫を持っていないからだとか。


意外と単純な理由だが、それが長年改善出来ないのがインドらしい。



そのおかげで毎日ヨガに通っていた僕はどこよりも肛門括約筋が鍛え上げられることになった。




次回 India 4


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