外国語学習の科学: 脳科学からのアプローチ
最新の脳科学の知見から効果的な英語学習法を知る
先日、NHK[100分de名著]でハインリヒ・シュリーマン(1822-1890)の「古代への情熱」が取り上げられ、「語学の天才」と言われた彼の勉強法が紹介されていました。幼少期に、家庭の事情で満足な教育を受けることができなかったシュリーマンですが、働きながら学び続け、修得した言語は18か国語ともいわれています。少年の時に魅せられた古代ギリシャの叙事詩「ホメロス」に出てくるトロイアの遺跡が実在すると信じ、その発掘に情熱を注いだシュリーマンの快挙を助けたのが、その語学力だと言われています。
100分de名著forユース (1)学び続けることの意味 シュリーマン「古代への情熱」
その彼の外国語学習法の極意が番組内で紹介されていました。以下の記事がそれをまとめてくれているので引用します。
シュリーマン「古代への情熱」に学ぶ外国語学習法5選
私も英語学習者には音読を勧めていますし、「翻訳をしない」ことも重要であることを語学留学をした米国の大学での英語教育プログラムをつうじて体得しました。近年、脳科学の観点から見た「言語習得」の科学が進歩し、シュリーマンの外国語学習は理にかなったものであることが、再認識されています。
多言語話者になるための脳科学的条件――新たな言語の文法習得を司る脳部位を特定―― | 東京大学
この分野の第一人者である、東京大学の酒井邦嘉教授の近年の研究成果は言語習得における音声及び発話の重要性についての知見であり、日本の語学教育が成果を挙げられない原因を脳科学の点から、以下のように明らかにしています。
また、記事の中で紹介されていた、ベルリン・フンボルト大学の創設者であり、言語学者でもあったヴィルヘルム・フォン・フンボルト教授の意見も、発話や発信の重要性を説いています。
以下の論文でも触れられていますが、上記の研究成果を鑑みれば、現在の日本の学校制度の中での語学教育は「言語習得」において、非効率極まりない、ということになります。
脳科学から見た第二言語習得
https://www.sakai-lab.jp/media/20200423-134211-280.pdf
また、上記の引用は言語学者ノーム・チョムスキーが提唱する「言語生得説」の基礎になっていますが、それを考えると言語習得における母語の重要性は理解できると思います。
これまで、帰国子女や両親のどちらかが外国人という若い学生を指導してきた中で顕著だったのは、複数の言語の運用能力が高いグループと、どの言語の運用能力も課題があるグループと、二つに分類され、どちらか一方のみの言語運用能力が高いグループは存在しなかったことです。すなわち、母語の発達が不十分だと、第二言語のレベルもそれを超えることは、なかなかできません。
ただし、いったん指導を始めると、一方の言語能力が伸びれば、別の言語の運用能力も足並みを合わせて発展させることができる、ということも発見しました。すなわち、外国語を習得することで母語の運用能力も強化されるのです。これは自分自身が海外で学位を取った後に、実感しました。それゆえ、以下の書籍の「第1章 母語を基礎に外国語は習得される」は、自分のこれまでの経験からも納得のいく主張だと思いました。
外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か (岩波新書)
文部科学省学習指導要領「外国語」の更新を受けて、実用英語技能検定(英検)が大幅にリニューアルされたことは先日お知らせしました。文部科学省の新学習指導要領に対する批判なども耳にしますが、語学習得におけるアウトプット(書く、話す)の重要性は、脳科学の知見からも明らかなので、これは歓迎すべき変更だと思います。
2024年度からの英検の筆記試験の問題で、Reading問題の設問数が減る一方、全階級で英作文が現行の1題から2題に増え、1・2級では英文要約問題、準2級-3級では「Eメール」の設問が追加されています。英語圏の大学入学資格に利用されるTOEFLやIELTSでも「読む、聞く、書く、話す」はバランスよく配分されていることから、英検の試験内容の変更は遅すぎたくらいでしょうか。
2024年度 実用英語技能検定(英検) 問題形式リニューアル
これらの変更や、日本の英語教育における発話の重要性を考慮し、以下のワークショップを企画しました。
【ミニ講義&ワークショップ】英語スピーキング力を伸ばす(新英検&IELTS対応)3/25(月)20時@オンライン|
ご関心のある皆様の参加をお待ちしています。
【参考資料】
伝えるための英語力:日本語話者が英語スピーキングで注意すべき点|Global Agenda
言語の脳科学: 脳はどのようにことばを生みだすか
酒井邦嘉 著