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高速な生き方

 社会の進歩はすさまじく、あらゆる分野の高速化が進められた。インターネットの超高速化により、通信におけるストレスは一切なくなった。交通においては、よりスムーズに、より速く安全に移動できるよう開発が進められた。

 自動車はハンドルを握る必要がなくなった。車に搭載されたコンピューターが他車との距離、通行人の有無をつねに確認して、全て自動で運転がなされた。

 海外旅行へ行くなら、ゆったりと空の景色を眺めたいものは飛行機に乗った。しかし、それは少数派だ。ほとんどのものは、ロケットを使った。ロケットは、たとえ地球の裏側でさえ、しばしの談笑の間に到着することができた。その安全性と利便性が証明されるやいなや、航空会社は競ってロケットの開発に乗りだした。価格競争の末、運賃はきわめて安価になり、小学校の修学旅行はロケットで行くヨーロッパ旅行がスタンダードになった。

 高速化されたのは、テクノロジーだけではない。いまや娯楽も時間のかかるものは淘汰され、短い時間で快楽を手に入れられるものばかりが生き残った。長い時間でどっぷりと世界観にひたらせる映画などの映像作品は、特にそのあおりを受けた。年々業績が悪化し、ついに時代の流れに逆らえず、映画は15分ほどが一般的になった。

 また、すべての技術や伝承は、長年の研究により簡略化され、あっという間に熟練することができた。効率のいいノウハウや、達人のみが知りえるコツを、金を払わずに動画配信サービスやブログサイトで見聞きすることができた。これにより、今まで習得に時間のかかっていた野球、サッカー、スノーボードなどのスポーツや、カメラにイラストレーターなどのクリエイティブな趣味でさえ、一生をかけて向き合うほどのものではなくなった。簡単に上達することができるがために、強く興味をひかれないのだった。

 恋愛に関しても例外ではない。このような高速社会で育った若い男女の恋愛観は、より効率化が重要視された。アプリに登録した好みの外見、性格が一致する男女がコンピューターによって引き合わされ、出会い、恋に落ちた。昔のように顔も知らないまま出会いの場を設けたり、付き合ってから性格の不一致に気づくといった、時間の消費をしなくて済んだ。

 いまここに、若い男がいる。男は休日を過ごしていた。休日といっても、男の仕事は自宅のパソコンを立ち上げるだけで終わる。パソコンが立ち上がると同時に、自社工場の稼働スイッチが入るのだ。あとは、万が一の異常がないか、モニターで現場の様子を時々見るだけでいい。そのうえ、異常事態とやらは一度だって起こったことがない。毎日が休日といえるほど、男は時間をもて余していた。

 退屈な仕事だと思うかもしれない。しかし、全ての仕事は高速通信技術による、遠隔操作でのオートメーション化が完了しており、もうこのような仕事以外は見当たらなかった。隣の部屋に住む者も、父も母も、クラスの同級生たちもみんな同じような仕事をしていた。

 あり余った時間を、いかに埋めるかが男の、ひいては現代人の悩みだった。人生においてたった少しの時間をさけば、知識や経験はとてつもない速さで深まり、見聞はあっという間に広がる。世界のすべてを知ることができた。

 しかし、あまりに障壁がなさすぎて、なんだか味気ないのだ。苦労の末にたどり着く達成感や、自ら答えを導き出す喜びは、もはや皆無だった。大勢がヘリコプターで山頂に向かう最中、自らの足で時間をかけて登山する者はいなかった。

 かと言って、何もせずダラダラと過ごせば、周りとの差が生まれてしまう。その焦燥感と言ったら、また恐ろしかった。社会の流れが速すぎるために、自分も走り続けなければ社会に置いていかれる。全てのことができるゆえに、歩みを止めれば、誰にも見向きされなくなるのだ。

「あぁ、もうすぐこの映画も終わってしまうぞ。次はなにをしようか。1日はまだ半分以上残されている」

 男は困っていた。もうやりたいことがないのだ。世界の絶景はバーチャルリアリティで見飽きたし、新着の動画コンテンツは全て見た。海外旅行は10代の頃に行き尽くしたし、スポーツも一通りマスターした。料理はレシピサイトで済むから極める必要はないし、もっと言えば旨い料理を世界中どこからでもデリバリーして、食べ尽くした。初めての恋にして、理想の女性と出会い、結婚をして子供もいる。

「まだまだ今日の時間は残されているぞ。何かやらなければ。時間が余っているぞ。時間が……」

 しかし何も思いつかず、男は時計を見た。時計の針は動きを止める気配がない。速まることもなく、一定のリズムで時を刻んでいた。そして男は、はっと何かに気づいたような顔をして立ちあがった。

「そうか」

 次の瞬間、男は窓を開け、勢いよく高層マンションのベランダから飛び降りた。

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