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ふさわしい役目

 モユ王は窮地に立たされていた。隣国の侵攻が止まらず、国の存亡が危ぶまれる日々。国民たちは、日に日に悪化していく生活への不満から各地で暴動を起こし、すでに手がつけられなくなっていた。

「この国もおれの代で終わりか……。先代の王たちになんといわれるだろう」

 寝室でひとりきり。モユ王は今日、毒薬を飲み死ぬつもりだ。手に握りしめた薬を口の中に放り込もうとしたその時、ふわりと体が軽くなる感覚が起こった。夢かと思ったが、寝ていないから、そうではない。まだ薬も飲んでいないため、幻の類でもあるまい。なんだこの感覚は。困惑していると、頭の中に声が響いてきた。

「若き王よ。望みを聞こうではないか」

モユ王はとっさに周りを確認する。部屋には誰もいない。

「だれですか。頭の中に直接……。どうやって……」

「わたしは神だ」

「神だって。信じがたいけれども、こんなことができるのなら、ほんとにそうなのかもな」

「国や王族の存続が危ぶまれるとき、われわれはこうして現れる決まりになっている」

「たしかに。歴史を見ると、そんなことを言い残しているやつらもいる。でも、まさか自分の身に起こるとは」

「全員にではないから君は幸運さ。もっと喜んだ方がいい。しかし、こうなっているということは、君がかなり危ない状況にあるということでもある。とすれば単純に喜んではいられないか。どれ、事情を聞こう。力になれるはずだ」

「はい。ありがとうございます。わが国は内陸にあり、四方が隣国に囲まれている弱国。戦では勝ち目がないので、わたしたちは代々、外交でうまく生きながらえてきました。が、私にそんな立ち回りはできそうにない。そういったのは苦手な性分で、どうやら人を見る目もないようです。これまで何度もだまかしをくらいました。そのたびに内政は混乱。それに乗じて隣国は攻め上がります。その繰り返しです。わたしはもう、みなの命を預かる王としてふさわしくないことを認めました。なので今から毒を飲んで、終わりにしようと思っていたところです」

「事情は分かった。しかしそれはダメだ。一国の王がそう容易く逃げるでない。命を賭して、国を守るのが王族の役目だろう」

「……は。お恥ずかしいところを。申し訳ありません。しかし、わたしではどうにも」

「加護をあたえよう」

「お助けくださるというのですか」

「期限つきで天界から使いをひとり送ってやる。彼女がいれば必ず君に幸運がもたらされるだろう。外交ではなく戦をしかけるのだ。そちらにだけ道が見える。不安かもしれないが彼女がいる間は心配ないだろう。それで事態が好転しなければ、君の力不足としてあきらめるしかないな」

「なるほど、あえて戦ですか。ありがとうございます。必ずや復興いたしますので」

 そこでふわりとした感覚がなくなり、語りかける声も聞こえなくなった。

 ふと気づくと、ベッドの上に美しい女が横たわっていた。目を閉じて、いまは寝ているようだった。どことなく、輝きがあって眩しいような。気分がそう見せているだけか。どちらにせよ、彼女が幸運の天使にちがいない。

 モユ王は彼女を起こさないように、静かに部屋を出てると、城中の家臣たちを集め、ことの顛末を話した。信じない者にはそっと部屋の扉を開け、美しい女天使の姿を見せてやった。

「我々には神のご加護がついた。必ずや事態は好転する。強気に出るのだ。戦を仕掛けるぞ。この国は神が味方していると民に知らせろ。明日の朝、すぐに挙兵だ」

 次の日、モユ王の国は隣国に戦いを仕掛けた。モユ王は自分の寝室で女の天使をくつろがせながら、勝利の報告を待っていた。神のご加護を受けたとあって、民の士気は高まり、始めの数日はうまくやったものの、日が経つにつれ、徐々に劣勢の報告が増えてきた。

 とは言うものの、モユ王も神のご加護を何も感じなかった。幸運がもたらされたようなことはまだ一度も起きていない。むしろ強引な挙兵と敗戦が続き、以前より国の状況は悪化していた。天使はというと毎日寝ては起きて、起きては寝てと、とくに何もしないぐうたらだった。天使とはこんなものかと思っていたが、成果が上がらないので、その姿にモユ王はだんだんイライラしてきた。

 そうこうしているとある日の夜。モユ王は体がふわりと浮かび上がる感覚が起こった。あの時と同じ。頭の中で声が響いてくる。

「若き王よ、いかがかな。そろそろ頃合いだ。使いの者を返してもらうぞ」

「待ってくださいよ。彼女のどこが幸運の天使なのです。あなたの言った通り戦に打って出たが敗戦続き。状況は悪化していますよ」

 神は驚いた調子で返す。

「彼女は天界でもっとも腕の立つ弓使いなのだ。戦場で使えば活躍すると思ったのだが……」

「え、そんなぁ」

 戦に行かせればよかったのだ。天使を見ると、なんとも平和そうな顔ですやすや眠っている。

「……だましたな」

「何をいうか」

「あんな美しくてまったりした女を誰が戦士と思うか。お前のせいで国はめちゃくちゃだ」

「自分の非を認めず。神を冒涜するのだな」

「だいたい神というのも安直で怪しすぎる。やはり隣国の新しいスパイ道具かなにかに違いない。なにかしらで幻聴を聞かせているんだ。絶対そうだ」

 怪しい物が仕掛けられていないか、モユ王は部屋の中をくまなく調べた。しかし、何も出てこない。まだまだ文句をいってやるつもりだったが、気づけば浮遊感は消えて、声は聞こえなくなっていた。ベッドで寝ていた女天使も居なくなった。

「ちっ。してやられた。どこの国のだったんだ」

 それからは早かった。次の日から原因不明の大災害が続き、竜巻が襲い、河川は氾濫。山々は崩れ、国は壊滅状態。それに乗じて隣国に攻め込まれると、モユ王は首をとられて死んだ。

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