スターダスト
「この戦争の勝者が宇宙の覇者になれると言っても過言ではない。心してかかれ!」
隊長が無線で檄を飛ばした。出撃の合図を待ちながら、無人・有人合わせて約10万機の宇宙船が各母船で待機している。
かつてない規模の宇宙戦争も佳境に入っていた。ことの発端は、宇宙が徐々に膨張していると判明したことだ。このままでは、宇宙の最果てにある惑星だけが時間とともに領域を拡大することになる。
にわかに巻き起こった宇宙規模の議論の末、いくつもの平和条約が破棄された。長らく均衡を保ってきた惑星や銀河の力関係はリセットされ、数千万年変更のなかった各惑星の領域が再び争われ始めたのである。
「各班A軍からD軍まで出撃!」
隊長の合図で宇宙船が一斉に飛び立つ。戦場はいまや宇宙船で埋め尽くされ、機内のレーダーを見なければ敵味方の区別すらつかない。
母船で指揮をとる隊長は、いくつもの画面に目を走らせながら戦況を見守る。出撃から数分で、メッセージを知らせるブザーが鳴った。
「こちら調査班B軍。隊長、ご報告します。各惑星の実力は拮抗しており、消耗戦になることが見込まれます。一気に全戦力を投入して決着をつけようとする星が出てきてもおかしくありません。また、最果てへの進軍も続けておりますが、一定のところで押し返されてしまいそれ以上進むことはできない模様です」
「了解。引き続き調査を進め、状況が変わったらすぐに連絡せよ!」
隊長は画面をにらみ、残りの戦力をどう投入するか考えていた。
開戦当初から指摘されていたことだが、参戦した惑星に対して最果てを領域とする惑星は数が少なすぎるのだ。この戦争で勝利を収めることがどれほど困難か、誰もが理解していた。しかし同時に、「こんな戦争に意味はないからやめるべきだ」と言い出す惑星がないこともどこかでわかっていた。
この隊長は少しばかり優秀で、彼には文字通り天文学的数字の競争相手と戦わずに済むアイデアがあった。最果てに未知の惑星を発見し、この混乱に乗じて占領するというものだ。既存の惑星の奪い合いに戦力を割くよりはるかにましだろう。隊長は画面にくまなく目を走らせ、調査班の状況を確認する。しばらくして再びブザーが鳴った。
「発見! 新惑星発見! 最果てに新惑星発見!」
興奮した隊員の声が母船に反響する。隊長は拳を握った。よし、獲ったぞ、と声が漏れている。
「速やかに占領せよ! 他の惑星には悟られるな!」
怒号にも似た大声で命令し、隊長はレーダーを確認する。最果てのさらに果て、これまで未発見だったのも納得の位置にそれはあった。隊長ははやる気持ちを抑えられず船内をそわそわと歩き回る。そこでまたブザーが鳴り、隊長はびくりと跳ね上がった。
「敵船より襲撃! 調査班が追跡されていた模様! 敵船は」
音声はそこで途切れた。一転して静寂が船内を包む。隊長の目は新惑星付近のレーダーに釘付けだった。毛筆で乱雑に墨を塗ったように、隊長の顔が陰っていく。隊長は苦悶の表情でレーダーから目を離し、戦場をにらんだ。宇宙中の愚かさを一点に集めたようなエネルギーの塊は急速に肥大し、新惑星さえもすでにその一部となっている。隊長はもうどこにも勝機がないことを認めざるを得なかった。
「全軍出撃! ここが正念場だ! 全力を尽くせ!」
これが宇宙史上最大の宝くじだとして、私は何口買えたのか。高額当選の確率はどれほどか。惑星の消滅を見ているかのような凄絶な戦場をぼんやりと見つめながら、隊長はそんなことを考えていた。
母船が大きく傾いたのは、その時だった。スピーカーからブザーが鳴り響く。
「こちら電磁攻撃班C軍、最果てに吸い込まれています! 原因不明! 機体ごと飲み込まれます! 全惑星の集中攻撃により宇宙の壁に穴が開いた可能性! ああ、だめだ、隊長!」
隊長がその報告を最後まで聞くことは叶わなかった。同じく吸い込まれていたからだ。宇宙に開いた穴は、着地点をとっくに見失っていた戦場を丸ごと飲み込んでいく。
*
センサーが赤く点灯する場所がないことを確認して、スイッチを切った。モーター音が止み、部屋がしんと静まり返る。洗面所に立っていた妻の背に声をかけた。
「この掃除機、買って正解だったね。見てこれ。すっごい細かいホコリまで吸えてる」
洗顔中だった妻は何やらもごもごと言いかけ、泡に覆われた顔を洗い流す作業に入った。せっかくなら妻に見せてから捨てようと思い、僕はダストカップに誕生したばかりの、円柱状になったゴミを見つめる。毎日掃除機をかけているのに、家中の吸塵を終えた頃には必ずゴミの塊ができているのはなぜなのか。窓を閉め切っている日もあるし、ホコリがこれほど出てくるのは理解しがたい。
ほどなくして、洗顔を終えた妻が顔にタオルを押し付けながら現れた。僕はこれ見よがしにダストカップを掲げる。
「おお、これはまた。今日も大漁ですねえ」
妻の口元が緩む。でかした、と言われている気がしてまんざらでもない。
「こんな量のホコリ、どこから湧いてくるんだろう」
僕が先ほどの疑問を口にすると、妻は「この掃除機の中からだったりして」と言って笑った。
「どういうこと」
「掃除機の中がなんかこう、全然違う場所に繋がっててさ、そこからもちょっと吸っちゃってるみたいな」
「ゴミを?」
僕は妻の突拍子もないアイデアに戸惑いながら、その光景を想像してみる。
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