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短編小説 股間と神(1927字)

なんで、こうなったのか分からない。


島田平吉は天井を見上げて、暫く眼を閉じる。

この老人ホームに入って5年、平吉は90歳になる。

ホールで食事を摂りすぐ部屋に戻りベットに寝て天井を睨みつける。

昼食後のこの動作は、ここに来てからのルーティンに成っている。

眼を閉じ、運が良ければ浅草の賑わいから吉原界隈の陰のある風景に繋がる。

運が悪い時は病院の集中治療室だ。

チューブに繋がれた平吉には聴こえないだろうと、

看護師が油断して、エンゼルケア、と葬儀屋に何やら電話している。

平吉は渋い顔で聞き、人生の終わりを噛締めている。

吉原の妄想が現れる時は、股間にじわじわと何かもやもやした感覚が現れ

だした時だ。

90歳になっても生殖機能は失われてはいない、

最盛期の活力は無くなっていても、俗に言う現役なのである。

なにも恥ずかしい事では無いと少し思いつつも後ろめたい、

しかし事実なのだ。

平吉は、眼を閉じて天井に現れる吉原の世界を見ながら

雌の隠れた股間を想像し、

紙パンツに手を入れ陰部を摩り握り、少量の粘着する液体を出す。

そして、疲れ果てて眠り込んでしまう。

若い頃から、そうだった。たいへんだった。

満員電車に押し込まれ、雄と雌が暑い汗の出る車内で物理的に密着いや圧着

するあの空間は苦痛だった。

雌の体に、股間に、否応なしに圧着した雄の平吉は、発射してしまうのであ

る、パンツを汚して通学した恥ずかしい経験が頭を過ぎった。

あの時以来、溜まったら吐き出す、いや掻きだす行為が身に着いた。

雌の肢体の股間にだけ惑わされるのではない、

単純に溜まると言う生理現象に悩まされて来たのだ。

けして愛し合う男女の性交を否定しているのではない。

平吉には先立った妻がおり、子も孫もいる。

しかし雄特有の考え方だろう、物理的に雌に手伝ってもらい、吐き出す。

そしてその対価として金銭を支払う。つまり吉原の様な所に行く事になる。

こんな人生を平吉は送って来た。

悩ましく思うのは、妻を裏切った感覚が残る事である。

むかしの倫理観なら問題は無かったかもしれない

しかし時代と共に、男も女も無く、それ自体が差別だと言われると

平吉には理解しがたい。

それよりも、根源的に何故、雌の性器は隠れ、雄の性器は外形化しているの

か、何故、雄は雌の股間を追い、排出すると、それまでの情熱を失うのか。

雄と雌を創った神は何を意図してこんな生理現象を創ったのだろう。

この日、平吉はこんな事を思い、掻き出した疲労から、居眠りを始めた。

当然、見守りの老人ホーム介護士は、お昼寝タイムだと思っている。



神が現れた、

靄の中から声が聞こえる。

しかし姿は見えない。

傾眠する平吉は朦朧としなから、耳を右手で捩り

声をひろった。

「私は人類に繁栄し続ける宿命を与えた。

それは快楽としての性交だ。

さあ人類よ快楽を貪り続けろ、膨張し続けろ」

平吉は

神様、私はその為に、残り香の様な精液を絞り出さないといけないのですか

「何の不満がある、気持ちいいだろ」

神様、私はもう十分生きました.子も孫もいます、社会の一員として働きまし

た、微力でしたが、世の中の発展にも寄与しました。

お願いです。その宿命を解いてください。

人として静かに燃え尽きたいのです。

「よろしい、ならば、おまえに、春を与えよう」

平吉さん、平吉さん、

平吉は介護士に肩を揺すられ、覚醒した。

神様との霞の中での会話は、あっという間に薄れて行った。



翌日、平吉の向かいの部屋に、斎藤詩80歳が入所して来た。

その日の夕食はたまたま、斎藤詩の向かいの席で摂る事になった。

平吉は詩を見るなり、股間が疼くのを感じた。

偶然は続いた。

散歩に行くグループも一緒になった

外出のバスも隣り合わせの席になった。

何時の間にか、お互いの家族からのお土産をおすそ分けしあうようになり

部屋の行き来も普通に成った。

そんなある日、真剣な表情で平吉が、悩みを打ち明け、手伝って欲しいと

詩に懇願した。

詩はサラリと

「今夜巡回がいなくなったら、おじゃまします」

と言った。

その夜、詩は平吉の部屋にやって来た。

平吉は詩を優しく抱きしめそのままベットに入った。

平吉と詩は肌を合わせ、行為を始め,果てた。

「うっー」

と平吉が発すと、詩の体にのしかかり、動かなくなった。

平吉さん、平吉さん。

詩は呼びかけた。

動顚した詩は、必死に手を伸ばしナースコールのボタンを押した。

平吉は腹上死していた。

老人ホームではこの事実を家族共々内々に処理した。

平吉の命は神の与えた宿命と共に消えた。

しかし、平吉は知っている。

何処かで、また宿命を背負った命が、生まれる事を。

終わり。

蛇足として

人の口に蓋は出来ないもので、

一時期、週刊誌ネタとなった。

その記事中で、エロビデオ監督が一言

「お見事」

と論評をしていた。

おわり。












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