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短編小説 人は重力にあがらって生き、天を目指し力尽きて地に還る。(1828字)

汽車は東北の大地と空の続く無人駅に停車した。
一人で何役もこなす汽車の運転手が、声を上げた。

地還駅、地還駅です、降車の方は前方出口よりお願いします。

私は手すりを伝い歩きし、秘書の宮島千里に支えられながら古い駅舎を出た。閑散とした駅前に列車の到着時間に合わせやって来るタクシーが三台止まっていた。
降りたのは、私達だけだった。
荷物片手に大変そうな秘書の宮島を見かねて、初老のタクシー運転手が出て来て、助けられ私は這うように乗込んだ。
後ろのタクシーの運転手も出てきてトランクに私と秘書の荷物を入れてくれた。
私はこの町の変わらない暖かさを目にし安堵した。
私達はタクシーに乗り込んで、

寝地老人保健施設までお願いします。
と言うと律儀に初老の運転手が、
工事中の道があって一時間近く掛かりますけどよろしいですか。
と答われ了承すると車は発進した。

ラジオから鮭の回帰周期とか、母川に帰る不思議な習性について、報じていた。
運転手が、ラジオの話題に絡めて話しかけて来た。

お客さん人間にも同じ様な習性があるんだそうですよ。
ほうー
と私が適当に合わせると饒舌に語りだした。

人にも似た様なサイクルがあると思うんですよ、
赤ちゃんは生まれて、お座りが出来て、十カ月もすると、ハイハイが出来て、伝い歩きしだして、重力に逆らうように、立って歩きだして、習性ですかね、上を目指すんですね、テストで一番上に成りたいとか、棒高跳びで高く飛びたいとか、高い山に登りたいとか、空を飛びたいとか、長生きしたいとか、とにかく競争して、上を目指すんですね、重力に逆らって生きるんですね。
お客さん。
地球で重力の強い場所って、北極と南極なんですってね。
重力の弱い場所は、赤道辺りなんだそうですよ、どう見ても赤道の辺りの方が、南極、北極より長生きしますよね。
秘書の宮島千里が訊いた。

それって、人間の寿命は重力に反比例すると言う事ですか。
大きく言えばそう言う事なんですね。
人の重力に耐えられる力がいつまでも続く事はありません、やがて体力が落ちて、歩けなくなり、立ち止まり、しゃがみ込み、横に成り、人は地面に還るんです。
初老の運転手は、小さくため息をついて、

何で人は、上を目指すんですかね、天国に行きたいからですかね、
秘書の宮島千里が言った

幸せに成りたいと言う事。

いや、現実とロマンが混ぜこぜですけど。
重力から解放された世界を天国とすると、重力に逆らって、宇宙に出た宇宙飛行士は、天国に行った事に成るのですが、みんな帰って来ているんですね。人類の歴史で宇宙空間に漂って死んだ人間は一人もいないんです。
天国で死んだ人間はいないんです。
秘書の宮島千里が言った。

鳥葬てありますよ、それに女の人は、そんなに上を目指さないと思いますが

そうなんです、女の人は男ほど上を目指さない、子供をつくるからかな、
一定の高度で、安定を求めるのですね。
鳥葬の件はハゲタカが死体をついばんでも、消化され糞に成り落ち、いずれハゲタカも地に落ちて、地に還るんです。
世の中おもしろいですね。
やっと、初老の運転手の話もひと区切りついた。
私と秘書の宮島は、分かったような、判らないような話に、何となく同意した。

もうすぐ着きますよ。

熱弁を振るった初老の運転手が言った。
私は秘書に目配せし、膝パツトの付いたサポーターと皮手袋を用意させた。
車の中でそれを付けた。
寝地老人保健施設の玄関には、施設長と総看護師長が出迎えに出ていた。
タクシーが止まると、先に秘書の宮島千里が降りて、犬の様に四つん這いに成った私が降りた。
荷物をトランクから出した初老の運転手が、眼を丸くして、四つん這いの私を観ていた。
施設長と総看護師長が膝を折り、私の目線に合わせ

いらっしゃいませ、よくぞ決断してくれました、ありがとうございます。

と私を出迎えてくれました。
実は私は終末ケアのプロセスとしての四つ足歩行の実践研究で大学の派遣医師として、この施設に勤めていた事があるのです。
そして今日私は、その研究の実践者(患者)として施設に入居する事に成ったのです。
施設に入ると、たくさんの老人たちが四つん這いに成って歩いていました。
四つん這いの私の横で、秘書の宮島千里が言いました。

あの運転手さん、先生の話と同じ様な事を言ってましたね。

四つん這いの私は、秘書の宮島千里を見上げて、

思い出したよ、むかし、あのタクシーに乗って自説を説いた記憶があるんだ。

そうですか。

秘書の宮島千里は、そう話すと微笑んだ。

おわり。
















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