ジュン

A4用紙1枚に収まるサイズの短いストーリーを投稿。

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最近の記事

A4小説「令和妖怪倶楽部」

 「い、今のが香川の言ってた幽霊かな?」「そ、そうかも…。」大学生の小牧と宮田は半分肝試しのつもりで幽霊の目撃情報のあった場所へとやってきていた。半分というのは半信半疑だったからで(幽霊という時点で半信半疑なものだが)、その場所や時間はどう考えても幽霊の出るシチュエーションではなかった。  情報提供者は、冷凍食品の製造工場でアルバイトをしている香川だった。仕事を終え帰宅していたところ、猛スピードで目の前を横切る銀髪の老婆を見たという。あまりの恐怖に腰が抜け、それ以来違うルート

    • A4小説「サイコロ」

       俺はおじさんだ。40代も半ばを過ぎたおじさんだ。そして周りからはおそらく気持ち悪いと思われている。40代も半ばを過ぎて独身だからだ。結婚をしたことはない。俺は気持ち悪いからだ。自覚もある。まず外見的なところから言うと髪が薄い。頭に黒い綿菓子が、ところによっては塩昆布が乗っかっている。持ち前の旨味でどんな食材とも好相性の塩昆布でも綿菓子とはマッチしない。俺は頭の上でもマリアージュしない。そして歯。上の前歯の1本の神経が死んでいる。1本だけ茶色い。ホワイトニングの歯磨き粉を使っ

      • A4小説「AIは知っている」

         計算ができるだけの機械から始まったコンピューターは常に進化を続け、今では人工知能を作るまでになった。「計算ができるだけ」とはいったものの当時としては大きな発明で、その機械自体も真空管を使った巨大なものだったという。部品の小型化も進み、手のひらサイズの端末で本を読むことができ、ショッピングや交通機関の利用もできるようになった。顔認証でドアが開き、自動車の運転もAIによって行われる。スピーカーに話しかければ部屋を明るくし、ニュースを読み、好みの音楽を再生してくれる。「あると便利

        • A4小説「AIは知らない」

           「手すりの飾りを直しておけ。」カンヂはそう言い残して酒場へと向かった。ジージェイは球体の飾りを手すりの元の位置に戻し、自分も元の位置に戻った。  賭け事に負け機嫌が悪くなると、カンヂはその飾りを恨めしそうに投げつける。鉄製の飾りは砕けることなくコロコロと転がる。「邪魔だから端の方へ避けておけ、ここだ。」カンヂはすぐに直せとは言わない。「✕」と印を付けた場所に置かせたその球体の飾りを足で蹴り、ジージェイの腹部に命中させた後に言う。「その手すりの飾りを直しておけ。」  地面を掘

        A4小説「令和妖怪倶楽部」

          A4小説「求人広告」

           1時間前に仕事を辞めてきた柴崎は、路地裏にある喫茶店の前で立ち尽くしていた。  業務内容が嫌、とかではなく、人間が無理、というのでもなく、なんとなく自分の事が嫌になっていた。勤めて数年になる会社だったが、もともと無口な柴崎にとって、事務員さんたちによる勤務時間内のどうでもいい私語や大きな声は精神的な苦痛となっており、そのストレスが溜まりに溜まって耐えられなくなっていた。上司に相談をしてみたものの「多少の私語くらい構わんだろう。元気なのは良いことだ。」と一蹴された。イヤホンや

          A4小説「求人広告」

          A4小説「全国大会」

           「木曜日に始まりました今大会も本日が最終日となりました。解説は昨日に引き続きこの競技の初代チャンピオン・篠塚邦夫さんです。よろしくお願いいたします。」「よろしくお願いします。」  「さあ篠塚さん、いよいよ最終日、個人決勝が行われます。一昨日までの団体戦では各チームそれぞれが素晴らしいパフォーマンスを披露してくれましたね。」「そうですね、音に合わせての息の合った動きはどのチームもお見事でした。」「優勝したチーム・フェイスオフからはパフォーマーの宮崎が個人戦でも決勝に進出してい

          A4小説「全国大会」

          A4小説「ハーモニー」

           「鮫島さん、今日どこかで5分だけ話を聞いてくれるかしら?」と女性従業員に言われ、(うわぁ、嫌だなぁ)という気持ちが顔に出ないようにすることくらいは、主任に上がった頃からできるようになっていた。「了解。休憩のときか、帰る前にでも。」と、被服チェックの用紙が綴じてあるバインダーを取りながら鮫島は答えた。稼働前の工場はまだ静かで、箒が塵取りに当たる音が聞こえる。各機械の清掃が終わってチャイムが鳴ると朝礼が始まる。  14人の女性従業員たちは朝礼で、前列と後列に7人ずつ並ぶ。前列の

          A4小説「ハーモニー」

          A4小説「高級車爆破事件」

           東京をはじめとする複数の都府県で同時多発的に爆発事件が起きたのは午前2時20分だった。それぞれの高級住宅地とされる地域で家の駐車場に停めてあった高級車が爆破されたという。共通点は車庫のない家庭だったことと、車以外には目立った損壊はなかったこと、そして全てのケースで運転席に血痕が残されていたことである。不思議なことに遺体のようなものは無く、血液もその家に住む住人のものではなかった。現場に残された足跡をひとつの手掛かりに、警察は捜査を始めようとしていた。  ひとりの刑事はまず、

          A4小説「高級車爆破事件」

          A4小説「タコ焼き・正ちゃん」

           「嫌ってほどではないんですけど、いろいろ聞いてくるんですよね、堀口さんって。当然仕事の話なんかは普通にするんですけど、手のこの火傷?の話をした頃からプライベートなことも聞かれだして。家賃のことなんか聞かれたときは『ああ、さすが関西人。』って、あ、偏見ですかね、思っちゃって。他には好きな食べ物とか俳優?お菓子とか韓流とか適当に答えてますけど。あ、学生時代どんな感じだったのかとかも聞かれたことあります。休みの日の過ごし方とか?これハラスメントですよね。だんだん気持ち悪くなってき

          A4小説「タコ焼き・正ちゃん」

          A4小説「アームレスラー」

          また、良一は学校へ行くと言って祖父の中華料理店のある隣町に向かっていた。いじめられているわけでも嫌いな授業があるわけでもないが、何故か急に自分に自信が持てなくなり、不安になって登校することができなくなってしまう。そういった日はいつの頃からか、家を出るとそのまま祖父の店に行くようになっていた。  祖父の営む中華料理店「二亭」はよくある町中華で昼時はラーメンセットがよく出るが、空芯菜やトマトと卵の炒め物など一品料理も人気があった。祖父は料理を作ること自体が好きだったため「売上や店

          A4小説「アームレスラー」

          A4小説「競馬日和」

           西宮北口駅に先に到着したのは三ノ宮方面からやってきた関の方だった。関は並んでいるカプセルトイの販売機を一通り見てから宝塚方面行のホームへと下り、待ち合わせ場所だったコンビニの前で待機し行き交う人々を眺めていた。  ほどなくして梅田方面から杉本がやってき、関と合流した。二人の目的は阪神競馬場でのレース観戦で、この日は最終レースが終わるまでそこで過ごす予定だった。  関と杉本は小学校からの同級生で、高校まで同じ学校に通った。中学までは話もあまりしてこなかったが、高校の時に同じゲ

          A4小説「競馬日和」

          A4小説「プレイメイツ」

           谷口と茂田は「グッチ」「しげぽん」と呼び合うほどに非常に仲が良かった。出会ったタイミングは共に40歳を過ぎてからと遅かったが、ほとんど会わなくなった中学・高校時代の同級生や職場の同僚などよりはずっと近しい存在となっていた。  谷口はマッサージ店を経営しており、中でも足ツボマッサージは「痛くない足ツボマッサージ」として評判だった。肩や腰のマッサージも丁寧で、高齢の客にも喜ばれリピーターも多かった。そんな谷口の店に、ゴルフで疲れた足を癒しにやってきたのが茂田だった。  年齢が近

          A4小説「プレイメイツ」

          A4小説「NMW」

           「何番ですか?」「あ、56番です。」智恵理がそう答えるライブハウス前には、開場まで20分とあってぞろぞろと人の列ができ始めていた。オールスタンディングで座席がなく、整理番号の順に入場する場合、客どうしで番号の確認をし合い並んでいく。300人が入るか入らないかといったくらいの会場には「NMWツアー」というポスターが貼ってあった。「ナチュラルミネラルウォーターズ」というバンドのようで、列に並ぶ人の多くは、胸に「NMW」とデザインされたTシャツを着ていた。  ナチュラルミネラルウ

          A4小説「NMW」

          A4小説「神童」

           先輩は「昔は神童と呼ばれていた。」とよく言う。よく言うが本当かどうかは疑わしい。なぜなら結構残念なところがあるからだ。先輩が先輩の先輩に奢ってもらうことはあっても、後輩に奢った話など聞いたことがないし、仕事もけっこうサボる。タバコ休憩・トイレ休憩は多いし、必要かどうかも分からない外回りにもよく出る。デスクワークでもよく貧乏ゆすりをするので、少なからず周りの人の迷惑になっている。  「先輩、今日生臭いっすね。」「なんだよ、失礼すぎるだろいきなり。」「いや、魚臭いっていうか…。

          A4小説「神童」

          A4小説「口癖」

           他人の口癖に気付いて、それがだんだん気になるようになってくると、たまに腹が立ってしまうことがある。古関は職場で向かい側に座る事務員さんの口癖「びっくりした。」が気になり、時折イラっとしていた。なぜなら恐らくびっくりなんてしていないからである。人が本当に驚いたらもっと大きな声で「びっくりした!」と言うはずだ。それ以前に「うわっ!」とか「えっ!」と言うかもしれないし、絶句して声が出ない場合だってあるだろう。それなのにその人はいとも簡単に「びっくりした。」と言う。この間の事務員さ

          A4小説「口癖」

          A4小説「キヨシとヨシキ」

           キヨシとヨシキは一卵性の双子だった。身長や体重、声や視力、成績や運動神経など、どれをとってもほとんど同じだった。両親が「男の子ならキヨシという名前にしよう。」と決めていたところ双子だと分かり、弟の名前をヨシキにした。二人は仲が良く、性格ものんびりとして似ているためにケンカをしたこともなかった。  中学に上がると同じ野球部に入部した。ユニフォームを着てみても顔や背格好はもちろん、ボールの投げ方やバットの振り方まで同じだった。チームメイトたちは同じ人物が二人いるように見えてしま

          A4小説「キヨシとヨシキ」