A4小説「サイコロ」

 俺はおじさんだ。40代も半ばを過ぎたおじさんだ。そして周りからはおそらく気持ち悪いと思われている。40代も半ばを過ぎて独身だからだ。結婚をしたことはない。俺は気持ち悪いからだ。自覚もある。まず外見的なところから言うと髪が薄い。頭に黒い綿菓子が、ところによっては塩昆布が乗っかっている。持ち前の旨味でどんな食材とも好相性の塩昆布でも綿菓子とはマッチしない。俺は頭の上でもマリアージュしない。そして歯。上の前歯の1本の神経が死んでいる。1本だけ茶色い。ホワイトニングの歯磨き粉を使っているが全くの無意味だ。神経が死んでいるからだ。歯科医からは「白くできるよ。保険が効かないから高額になるけど。」と言われた。死んだ歯に白い衣を着せて死装束なんて冗談じゃない。だから俺は写真や愛想笑いのときには歯を見せないようにしている。しかしそうすると下アゴが前に出て、よりいっそう気持ち悪い顔になってしまう。俺はそんなことだって知っている。知っててやっている。それと背丈が中途半端に低い。中途半端に低いから短い脚がさらに短く映る。ロールアップありきのジーンズは裾を何重にもまくりあげるものだから足かせのように見える。逃げも隠れもしないよ。そもそも捕まるようなことはしない。俺は善人だ。この間は会社まわりの草引きをしていた。そしたら近所のおばあさんに「キレイにされていますねぇ。」と言ってもらえた。会社の人からは何も言われなかったが。「どこに行ってたんですか。」とすら聞かれなかったが。
 俺は料理ができる。一人暮らしが長いからだ。一人暮らしが長いのは恋人ができないからだ。恋は良い。こんな俺でも好きな人はできる。ただ話しかけたりジロジロ見たりはしない。迷惑がかかるからだ。俺は気持ち悪い。気持ち悪い人に話しかけられたり見られたりするのは嫌なことだろう。気の毒だ。だから俺は恋をしても恋人はできない。好きな人がいるだけだ。どこかの芸術家が「恋愛はかならず片想いだ。」と言ったが、妙に腑に落ちたものだ。そういえば「こいがしたい」と「こしがいたい」は似ている。俺は完全に後者だ。
 話を戻すが俺は料理ができる。食材からイメージを膨らませ、献立や味付けを考えることができる。初めは何も作れなかったがやってみるとできた。急にできた。「得意料理はパスタです。」という男にはなりたくなかったが、俺の得意料理はパスタです。キャベツやシラスで和風に仕立てたり、挽き肉からミートソースを作ったり、バリエーションが多くて作り甲斐がある。
 それにしても誰とも話が合わない。世の中が生きづらくて仕方ない。面白いことがほとんどない。良いこともほとんどないが、全くないということもない。そういうものだと思っている。俺は知っている。サイコロを6回振れば出ない目もあるだろう。しかし30回だとどうか。100回だと、365回だとどうか。思っている目が出ない方が難しい。これまで40年以上、人生において特筆すべきことはなかったが、そのうち出番が来ると思っている。俺は知っている。生きている全員に同じことが言える。そのうち出番が来る。サイコロをとにかく振り続ける。


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