A4小説「アームレスラー」

また、良一は学校へ行くと言って祖父の中華料理店のある隣町に向かっていた。いじめられているわけでも嫌いな授業があるわけでもないが、何故か急に自分に自信が持てなくなり、不安になって登校することができなくなってしまう。そういった日はいつの頃からか、家を出るとそのまま祖父の店に行くようになっていた。
 祖父の営む中華料理店「二亭」はよくある町中華で昼時はラーメンセットがよく出るが、空芯菜やトマトと卵の炒め物など一品料理も人気があった。祖父は料理を作ること自体が好きだったため「売上や店舗規模で勝負!」といったハングリーさは無く「別に1番でなくても良い。」という理由で店の名前も「二」亭としていた。
 学校へ行く時間に店を訪れるのでまだ開店はしていないが、仕込みのために祖父は既に出てきている。寸胴鍋から立ち上る湯気の向こうに祖父の姿が見える。料理好きの祖父は定番の中華料理にも味に個性を出したいと味噌や醤を変えてみたり、セロリを刻んだものを隠し味に加えてみたりと日々試行錯誤しており、その試食は良一にお願いしていた。何を出しても「美味い、美味い。」と食べてはくれるが、どこがどう美味いのかは分からなかった。中学生にはまだ難しいのかもしれない、美味いならいいか、と祖父はそのままを客に提供していた。
 しかしあるとき「日替わりの麻婆茄子が辛すぎる。」と常連客に指摘された。残さず食べてくれたが「水をいつもの5倍は飲んだ。」とのことだった。ラードや調味料をすくって取るオタマが新しいものに変わっていたことが原因だった。何十年も作ってきた料理で、調味料も流れ作業で取っていたが、使い慣れたオタマと同様の感触は掴めておらず、結果トウガラシが多く入ってしまっていた。良一に食べてもらったときはいつものように「美味い、美味い。」と言っていたのにと祖父は首をかしげたが、実は良一は突き抜けた味音痴だった。
 コロナ禍でテイクアウトでの営業がメインとなったときはメニューが多いと対応しきれないと思い、日替わり弁当と唐揚げ弁当の2種類のみを販売していた。せっかく中華料理店だしとどちらもご飯は白米ではなくチャーハンで作っていた。ところが全ての弁当をチャーハンで作るとなると手首への負担が大きく、祖父は腕を傷めてしまった。「いためるのは腕じゃなくてチャーハンでいいのにな。」と自虐的に冗談を言ってはいたが、本当はツラいだろうにと、良一は中華鍋を振ることを決意した。
 最初のうちは筋肉痛にもなり、練習中に作ったチャーハンは客に出せるレベルではなかった。しかし数ヶ月も経ちすっかり慣れた頃には、左右の腕で2つの中華鍋を振ることができるまでになっていた。ぽっちゃりしていた体型も逆三角形の筋肉質となり、良一は以前よりも自分に自身が持てるようになっていた。
 その後、店の営業も通常に近いものに戻り、祖父の腕もすっかり良くなった頃、良一はアームレスリングの全国大会に出場していた。トントン拍子で優勝し、さらに国際大会でも優勝。現在6連覇中で市役所には垂れ幕が吊るされている。それと今度、お茶漬け海苔のCM出演が決定した。


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