A4小説「キヨシとヨシキ」

 キヨシとヨシキは一卵性の双子だった。身長や体重、声や視力、成績や運動神経など、どれをとってもほとんど同じだった。両親が「男の子ならキヨシという名前にしよう。」と決めていたところ双子だと分かり、弟の名前をヨシキにした。二人は仲が良く、性格ものんびりとして似ているためにケンカをしたこともなかった。
 中学に上がると同じ野球部に入部した。ユニフォームを着てみても顔や背格好はもちろん、ボールの投げ方やバットの振り方まで同じだった。チームメイトたちは同じ人物が二人いるように見えてしまい、慣れるまでに時間がかかった。顧問も同様に「あいつらが並んで走ると目がチカチカする。」と言っていた。
 練習中に二人を呼ぶ際、個々に呼ぶ場合はそれぞれの名を、同時に呼ぶ時には「太田」と姓でいっぺんに呼ぶのが常となっていた。主将が「太田!」と呼ぶのが聞こえた時、顧問の悪知恵が働いた。「太田、お前たちは双子で容姿が似ているが、投球フォームまでそっくりだ。二人一役でピッチャーをやってみないか。」キヨシとヨシキの通う中学は部活動が必須で、「野球部でレギュラーに!」という志もないまま入部していた二人は、二人一役なら楽そうだと承知し、チームメイトたちは校外への他言を禁じられた。
 試合ではまずキヨシが投げ、疲れが見え始める前にヨシキに交代するというローテーションが組まれた。もちろん相手チームには一人が黙々と投球しているように見え、「あの投手はスタミナが豊富だ。」と皆目を丸くして驚いた。ただ、キヨシとヨシキのモチベーションは相変わらず低く、闘志はほぼゼロのため、元気には投げるが打たれるときは簡単に打たれ、チーム自体も大きな大会に出れず、注目されることなく三年間を終えた。
 二人は大学まで同じ学校に通ったが、さすがに別々の企業に就職した。数年が経ち、新人の指導をする機会も増えてきた頃、キヨシは後輩の一人と話をするうちに親しくなり、交際をすることになった。津村由美というその女性はおっとりとしており、のんびり屋のキヨシとは気が合いそうだった。しかし、車・お酒・恋愛に興味が無かったキヨシは、だんだんと彼女とのデートが億劫になっていった。そして野球部時代の「二人一役」を思い出した。
 それからというもの、キヨシとヨシキは交代しながら由美との交際を続けていた。数回に一回の方が違和感を与えかねないと、二回に一回の頻度で入れ替わっていた。二回に一回交代するので、キヨシもヨシキも精神的に余裕ができ、穏やかな気持ちで由美と接することができた。しかし、そういった生活が続けば続くほど二人は心苦しくなり、罪悪感に苛まれていった。そしてとうとう自分たちは双子であるということを由美に打ち明けることにした。次のデートが別れのときだと決めた。
 デート当日、遠くから信じられないものを見るかのように近づく由美が二人のキヨシの前にたどり着くまでには相当な時間がかかった。
 由美が「そうだったんだ…。」と声を発するまで頭を下げていたキヨシとヨシキの視界に、同じ靴を履いた足がもう一人分フレームインしていた。顔を上げると二人の由美のうちの一人が「妹の美優です。」と紹介をしだした。その後、由美と美優は二回に一回の頻度で入れ替わっていたことをキヨシとヨシキに告げた。

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