A4小説「令和妖怪倶楽部」

 「い、今のが香川の言ってた幽霊かな?」「そ、そうかも…。」大学生の小牧と宮田は半分肝試しのつもりで幽霊の目撃情報のあった場所へとやってきていた。半分というのは半信半疑だったからで(幽霊という時点で半信半疑なものだが)、その場所や時間はどう考えても幽霊の出るシチュエーションではなかった。
 情報提供者は、冷凍食品の製造工場でアルバイトをしている香川だった。仕事を終え帰宅していたところ、猛スピードで目の前を横切る銀髪の老婆を見たという。あまりの恐怖に腰が抜け、それ以来違うルートで帰っているらしく、まさにトラウマ級の恐ろしさだったということだ。
 一般的に幽霊は、草木も眠る丑三つ時に、事故の多い山奥や廃墟などに現れる印象だ。しかし香川が目撃したのはアルバイト先の食品工場から少し離れたそこそこ大きな通りで、時間も23時前と、草木どころか人間でも起きている人が多い時間帯だった。そして今まさに二人が見たものも、香川の言っていた物凄い早さで駆け抜ける銀髪の老婆だった。
 「ど、動画は?」「起動する間もなかった…。」走って逃げることすらできなかった二人は、深夜営業しているファミリーレストランまでなんとかたどり着き、ドリンクバーから飲み物を取ってきてようやく落ち着いて話ができるようになっていた。
 「それにしても幽霊って本当に前傾姿勢で移動するんだな。」銀髪の老婆のインパクトがあまりに強かったので他のことには気が付かなかったが、コーヒーの香りでリラックスすることができたのか徐々にその時の光景を思い出してきていた。「そうだな、手の位置もやっぱり『うらめしや』みたいなわざとらしい高さじゃなくて腰のあたりだったな。」「うん、あ、いや、ちょっと待て、腰から下って…。」「え?」「何か丸くなかったか?」「言われてみれば車輪のような…。」「それだよ!下半身が車輪だったよ!」「どういうこと?幽霊のサイボーグ?サイボーグの幽霊??」「幽霊じゃなかったんだよ。だから時間も早いし山奥でもない。」「じゃあ何だって言うんだよ。」「妖怪の方なんじゃないかな?」「妖怪?」「妖怪って意外と人間と密接な関係だったりするじゃないか。」「いや知らんけど。」「人間が携帯電話を持つようになって、さらにそれがスマホになったように、妖怪も日々進化してるんだよ。」「妖怪が進化ねえ…。」「『妖怪クルマ婆』的な。」「他にないのかよ。」「まあとにかく、これまでにないサイボーグ妖怪の線が出てきたぞ。学祭で怪談話とかするオカルトサークルがあっただろ。あいつら誘って妖怪サークル作ろうぜ。」「まあ、暇だからいいけど、就職の役には立たんよね。」「何かに打ち込むことが大事なんであって、何に打ち込むかは問題じゃないよ。最初の合宿は境港だな。」「気が早いなぁ。」
 「あれ?おばあちゃん今日仕事?」「うん、シフト変わってたの忘れてたんだって。慌てて出てった。」「じゃあまた立ちこぎだ。」「自転車でも捕まるんじゃないかな、あんなにスピード出して。」「11時からだっけ、いつも大変だね。」「工場のラインが止まってからの清掃だからね。冷食作る機械を全部バラすんだって、毎日。」「ひえ~、本当に大変だ。間に合ったかな?」「たぶんね。おばあちゃんの自転車の立ちこぎは新幹線くらい早いから。」


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