A4小説「神童」

 先輩は「昔は神童と呼ばれていた。」とよく言う。よく言うが本当かどうかは疑わしい。なぜなら結構残念なところがあるからだ。先輩が先輩の先輩に奢ってもらうことはあっても、後輩に奢った話など聞いたことがないし、仕事もけっこうサボる。タバコ休憩・トイレ休憩は多いし、必要かどうかも分からない外回りにもよく出る。デスクワークでもよく貧乏ゆすりをするので、少なからず周りの人の迷惑になっている。
 「先輩、今日生臭いっすね。」「なんだよ、失礼すぎるだろいきなり。」「いや、魚臭いっていうか…。」「だから臭いって言うなよ。魚だけならまだしも。」「魚だけって…。」「あぁ、昼に食ったおにぎりだな。焼きサバのおにぎり。美味かったぞ。」「へぇ、美味そうですね。あのコンビニにそんなのあったんすね。新しく出たんですか?」「いや、コンビニじゃないよ、ドラッグストアだよ。安いんだ、税込みで89円。」「やっす。でも遠慮しますわ、そんな魚臭くなるんなら。」「だから臭いって言うなよ。これはたぶん、食ったあとすぐに髪を触ったからだ。身だしなみ、な。」「手洗ってからにしてくださいよ。逆になんか不潔ですわ。」「俺はキレイ好きだよ。でも確かに、今度焼きサバおにぎり食べたらすぐに手洗うわ。」「食べる前にも洗ってくださいね。」
 確かに先輩は、風呂にはちゃんと毎日入るし、掃除や洗濯も小まめにしているようだった。ただ、洋服やタオルの捨て時が分からないと言っていたときがある。
 「普段外に着ていくTシャツとかあるだろ?しばらく着てたらどうしても首元が伸びてゆるゆるになったりする。そうなると着て歩くには恥ずかしいから部屋着にするんだよ。そんでそのあとさらに寝間着にする。そうしてたら捨て時というのが分からなくてな。首元ゆるゆるの寝間着ばかりが増えちまう。肩に穴も開いてる。」「外に干してて恥ずかしいと思うくらいになったら捨てればいいんじゃないですか?」「干してて恥ずかしいとは思わんよ。」「さっき着て歩くのは恥ずかしいって言ってたじゃないですか。」「着て歩くのは恥ずかしいんだよ。昔は神童と呼ばれた俺だぞ?」「はいはい。じゃあ肩の穴がソフトボールくらいの大きさになったら捨てればいいんじゃないですか。」「そうだな。」
 先輩は短気なところがあるけど、昔はもっと短気だったらしい。通っていた高校もまあまあヤンチャなところで、1年の冬にはクラスの人数が半分になっていたそうだ。待てよ、そんなところで神童と呼ばれたところでそんなに大したことないのでは?学業の方じゃなくてスポーツの神童?ケンカがめちゃくちゃ強いとか?
 「俺は別に何をしても目立たなかったよ。周りも気合いの入った奴ばかりだったから、おとなしい方だったんじゃないかな。部活にも入ってなかったよ。」「じゃあどこで神童って呼ばれてたんですか?」「高校だよ。昔は今よりずっと短気だったからすぐにイライラしちまってな。授業中だろうが休憩時間だろうが貧乏ゆすりがひどいわけ。そんですぐ隣の奴が俺に向かって言うんだよ『おい!振動!』ってな。」


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