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世界最古の鉄道路線に乗ってみた (初めての海外一人旅でイギリスを縦断した-16)

こんにちは。ゲンキです。
イギリス旅行記第16回は、「ストックトン&ダーリントン鉄道」乗車編、ミドルズブラ散策編をお届けします。


~旅の概要~

鉄道が好きな僕は、鉄道の祖国であるイギリスを旅することにした。「果て」の景色を求めて本土最北端の駅「サーソー(Thurso)」から本土最南端の駅「ペンザンス(Penzance)」を目指す旅である。遠く離れた異国の地で、僕は一体何に出会うのだろうか。(2023年3月実施)


↓第1回をまだ読んでいない方はこちらからどうぞ。



13:15 Darlington

ダーリントン駅

ここはイングランド北東部の街、ダーリントン。グレートブリテン島の南北の中間あたりに位置する、東海岸沿いの地方都市である。

今から198年前の1825年、この場所に世界で初めての公共鉄道「ストックトン&ダーリントン鉄道」が開業した。今や世界中に路線を張り巡らせている鉄道交通の、その一番最初の始発地点がこのダーリントンなのだ。

ダーリントンの位置 (©OpenStreetMap contributors)

「ストックトン&ダーリントン鉄道」は、ダーリントン近郊の炭鉱で掘り出した石炭を港町のストックトンへと運搬するために敷設された。蒸気機関車はその圧倒的な輸送力でそれまでの陸上交通の常識を覆し、文字通り産業革命の始まりを牽引した存在であった。

そんな世界最古の鉄道路線「ストックトン&ダーリントン鉄道」だが、実は今でも現役で営業していることをご存知だろうか。

赤レンガの壁が味わい深いダーリントン駅

正確に言うと、現在も開業当時とほぼ同じルートをなぞるようにして一般の旅客列車が運行されているのである。

これまで日本中の鉄道に乗りまくってきた僕は、満を持して「鉄道発祥の地」へとやってきた。絶景が人を惹きつけるような麗しい鉄道路線は世界中に何万と存在するけれど、鉄道好きとしてはわずか20キロ足らずのストックトン〜ダーリントン間も同じくらい魅力的な路線だ。

ダーリントン駅の3番線には、既にストックトン方面へ向かうディーゼルカーがエンジンをふかして待機中。ホームで待っていた乗客たちも次々に車内へ入っていく。

それでは、これからかつての「ストックトン&ダーリントン鉄道」の列車旅を追体験してみよう。世界最初の鉄道路線からは果たしてどんな景色が見られるのか、とても楽しみだ。

運行会社はノーザンレイル (Northern Rail)
高い天井から午後の光が差し込む


13:23 Stockton&Darlington Railway (Northern Rail)

ソルトバーン(Saltburn)行き、4両編成の普通列車はそこそこの乗客を乗せてダーリントン駅を発車。

この日はイギリス全土の鉄道会社でストライキが決行されたため、ノーザンレイルもいつもより本数を減らし、運転区間を短縮しての営業となっていた。それでも列車を走らせてくれるだけありがたい。

列車は左に大きくカーブして、ロンドン〜エディンバラを結ぶ重要路線・東海岸本線から離れていく。
これから西に向かってまっすぐ進んでいくのだが、今はまだ旧ストックトン&ダーリントン鉄道と全く同じルートを走っているわけではない。ダーリントンとストックトンの中間あたりから、正真正銘「世界最古の鉄道路線」にあたる区間となる。

沿線の住宅街
ディンズデール(Dinsdale)駅

おそらくこのあたりから旧ストックトン&ダーリントン鉄道の区間に入ったはず。今この列車は、世界で初めて営業運転を行なった列車と全く同じ道のりを辿っている。なんとも歴史を感じる瞬間だ。

だが「ついに来たー!!」と盛り上がる気分とは裏腹に、窓の外を流れる景色は至って平凡。枯れた木々、薄茶色の薮、だだっ広い牧場。少し変わったものといえば、右側に小さな空港の滑走路が見えるくらいだ。

ティーズサイド国際空港(Teesside International Airport)。小さな空港だが、アムステルダムへの国際線が毎日運航されている

世界最古だからと期待していたから、拍子抜けといえば拍子抜けである。まあでも車窓としては本当にこれと言って特徴のない風景が続くので、ちょうど「普通」と形容するのが相応しい。情景描写をサボっているわけではない。

しかし、この路線が後の世界に与えた影響には凄まじいものがある。英仏連絡鉄道ユーロスター、アメリカの大陸横断鉄道、世界最長の中国の鉄道網、そして安全と正確さと速さを兼ね備えた日本の鉄道輸送技術。それらは全てこの「ストックトン&ダーリントン鉄道」があったおかげで生まれたものだ。そう考えると途端に感慨深さが増すものである。

利用者はかなり多い。老舗の名店とはこのことか

列車は左にカーブして、右手に走るヨーク方面からの線路と合流。そしてストックトンの一つ手前、イーグルズクリフ駅に到着した。

イーグルズクリフ(Eaglescliffe)駅に停車中。左手の開けたスペースは、昔は操車場とかだったのかもしれない


イーグルズクリフ駅を発車

このまままっすぐ行けばストックトン駅に至るのだが、この列車は右側の支線へ分岐していく。
現在、ダーリントン駅から西へ向かう列車は全てストックトンを素通りしてそのままミドルズブラへ向かう運用になっている。僕はこのままミドルズブラへ向かうので、引き続き乗車していく。

ティーズ川沿いに進み、沿線には工場や車両基地などの工業感漂う風景が広がる。

ちなみにストックトン&ダーリントン鉄道は開業2年後にミドルズブラの港まで延伸されている
1934年に架けられたニューポート・ブリッジ。かつては下を船が通っていたため、昇降可能な構造となっている(現在は固定)


13:52 Middlesbrough

ミドルズブラ駅

ダーリントンから30分、港湾都市のミドルズブラに到着。

世界最初の鉄道路線を辿る旅は、ひとまずここまで。かつてのストックトン&ダーリントン鉄道の線路を辿り、現代文明の礎となる重厚な歴史を感じることができてとても面白かった。

乗ってきた列車を見送る

僕はこの駅で一旦途中下車。ミドルズブラ駅から少し歩いた場所には、かなり珍しい特殊な構造の橋があるという。これからその橋を間近で見に行きたい。

というわけで、ここからはミドルズブラ散策編になります。

駅を出ると人だかりが。何だろうと気になりつつ、とりあえず目的の「橋」を見に行く

向こうの方に、何やら水色の巨大構造物が見える。

実はあれがこれから見に行く「橋」だ。およそ橋とは思えないクレーンのような見た目をしている。4本足に胴体のような橋桁が乗っかり、SF作品に登場する機械生命体のようでもある。荒廃気味の少し寂れた景観が、なおさら奇妙な佇まいを引き立てていた。

まだそこそこ距離があるのに、もうデカさが伝わってくる


橋の真下までやってきた。とにかくデカい。
あまりにデカすぎてカメラの画角に収まり切らない。

この橋の正式名称は、ティーズ・トランスポーターブリッジ(Tees Transporter Bridge)。1911年に建造されたもので、運搬橋という種類の橋にあたる。

渡るのに料金が要る
ゴンドラ

運搬橋は、橋桁から吊り下げたゴンドラに人や車を乗せ、それをスライドさせて「運搬」することで橋としての役目を果たすものである。ゴンドラ通過時以外は水面を塞がないため、主に航行量の多い運河などに架けられた。約100年前のヨーロッパを中心に建造されたものの、現在はティーズ・トランスポーターブリッジを含めて世界に8基しか現存していない貴重なものだ。

車を運ぶ場合はベイ(マス目)の使用数に従って料金を取りますよ、という説明


真下にある建物はビジターセンター。今日は休み


ゴンドラの向こうに対岸が見える

このトランスポーターブリッジ、実は2019年から使用停止になっている。
既に建造から100年以上が経過していて安全上の懸念があるのと、修繕のために莫大な費用を要することが理由。僕の予想では、おそらくこのまま復活することなく廃止または解体されてしまうのではないかと思う。4年間停止していても大きな影響が出ているわけじゃなさそうだし、今更お金をかけるメリットは薄そうだ。

幸いイギリス国内には現役の運搬橋がいくつか存在するので、運搬橋を体験したい方はそちらを訪れるのもいいだろう。このミドルズブラの運搬橋だって、たとえもう動かないとしても迫力は未だ衰えていない。観光スポットとして訪れる価値は十分にある。

ティーズ川を跨いで、今日も静かに立ち尽くしている


ところで、僕は運搬橋へ来るまでにもう一つ気になるものを見つけていた。
橋から少し歩いたところの道路沿いに、なぜかレンガの壁が一面だけ保存してある。運搬橋にも負けない異様な雰囲気だが、もともと何かの施設の一部だったのだろうか。

調べてみると、これはヴァルカン・ストリート・ウォール(Vulcan Street Wall)という史跡らしい。もともと製塩会社の建物がここにあり、その壁だけが今こうして残っているとのこと。丸みを帯びたレンガ積みの装飾、そして鮮やかな赤茶色は確かに美しく、この壁だけ壊すのをやめた気持ちもわかる気がする。

楕円形の空洞が良い感じの額縁になる


ところでさっきからやけに道を行く人々や車の数が多いのだが、今ようやくその理由がわかった。

ミドルズブラという地名にどこかで聞き覚えがあるなあと思っていたが、そういえばここはフットボールチーム「ミドルズブラFC」の本拠地だ。あまりスポーツに詳しくない僕でもぼんやり知っているぐらいだから、フットボールの街としては相当有名であるに違いない。
道の奥に見えるリバーサイド・スタジアムがミドルズブラFCのホームグラウンドであり、今日もそこで試合が行われるようだ。駅前で見かけた人だかりも、おそらくフットボール観戦のために集まったファンたちだったのだろう。

謎が解けてスッキリした


線路沿いの広場に戻ってきたところで、僕は突然あることを思い出した。

部屋に生ゴミの袋置きっぱなしだ。

出発の前、僕は部屋を出るついでに一緒に捨てておこうと、生ゴミを袋にまとめて床に置いておいた。そしてさっぱり忘れて部屋を出た。袋の口も締めずに。

日本を発ってからもう6日目。僕は急激に不安になり、ネットを開いて「生ゴミ 旅行 放置」「生ゴミ 冬 虫」とか検索しまくった。調べれば調べるほど想像したくない恐ろしい結末が頭の中に湧き上がってきて、白いゴミ袋に熱湯を注いでウジ虫の大群を殺す様子まで想像できてしまった。もう半分パニック状態である。

めちゃくちゃ焦った僕は、現地時間23時を過ぎてもうすぐ寝ようとしているであろう日本の家族に助けを求めた。すると母から「不動産屋に合鍵で入って捨ててもらったら?」と返信が来た。その手があったか!!と思い、すぐさま不動産屋にメールを送る。それでようやく一息つくことができた。

そんなことをしていたら30分が溶けた。イギリスで何やってんだ僕は。

ミドルズブラ駅

そういえば、今日は朝食も昼食も食べていない。時刻は14時半を回っている。
ものすごくお腹が空いたので何か胃にぶち込みたいが、駅前の商店街はシャッターを下ろした店ばかり。土曜日だからだろうか。そうこうしているうちに次の列車の時間が迫ってきたので、僕は何も買えないまま渋々駅のホームへ戻った。

14時53分発、ソルトバーン行きに乗車

とりあえず次の目的地へ進もう。ミドルズブラからさらに先、終点のソルトバーン方面へ向かっていく。鉄道沿線は工場ばかりで生活感がなく、荒地にパイプと線路が横たわる殺伐とした風景が続く。

工場へ伸びる支線がたまに分かれていく

今日はダーリントンから出発し、僕が好きな鉄道のルーツを色々巡ってきた。そしてもうすぐ到着する今夜の宿泊地もまた、この旅で最も楽しみにしていた憧れの場所の一つだ。とてつもない空腹感がかえって何か素敵なものに出会えるんじゃないかと高揚感の手を引いてくる。

いや、普通に腹減った。


つづく



【次回予告】

第17回はこのイギリス旅の中でも最も美しかった場所、「ソルトバーン・バイ・ザ・シー」編をお届けします。お楽しみに。


それでは今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!




(当記事で使用した地図画像は、OpenStreetMapより引用しております)


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