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不透明な2023年を考えるヒントを探して―「さっさと不況を終わらせろ」ポール・クルーグマン(著)

「不当な目にあっている失業者たちへ」

・はじめに

 海外で出版される本には、最初に「著者が本書を誰のために書いたか」が記されていることが多いです。

著者であるポール・クルーグマンは本書を「失業者たち」のために書きました。不景気を迎えるといつも最初に被害を受けるのは失業者です。

著者は彼らを救うために自分にできることは何かを考えて本書を書きました。経済学者としてできることを考え、仕事をする姿勢は学者の見本です。

・2023年の日本経済を考えるために

 何で2023年を迎えてこの本を読もうと思ったのか。まず理由から書かせてください。

コロナ以後の日本経済を巡る議論を見ますと、多くの不安を感じる言葉が飛び交ってきたと思います。

 2021年を振り返りますと日経平均は30年ぶりの3万円台を記録し「バブル」だと言われていました。

この一時の株価も菅政権から岸田政権に代わると落ち着き、今ではあの時が嘘のような株価です。

株価が下がるということは景気が良くなる期待をしていないということです。日本経済への期待が低いことがわかります。

 続いて2022年を見ますと「インフレ」と「円安」が大きな話題でした。

「悪い円安」という言葉が登場し、円安を食い止めようと政府が介入しましたが効果はなく、アメリカの中間選挙を機に円安は落ち着きました。

日本経済において何十年ぶりのインフレは、世界と比較すると軽微なものですが、人々の生活に影響を与えています。

「株価の低迷」「円安」「インフレ」

ここ数年で日本経済が大きく変わろうとしていることを感じます。

 株価が上がれば「バブルか?」、円安が進めば「悪い円安」、物価が上がれば「インフレだ」このような論調にどうにも腑に落ちないものがありました。

私は経済は政治の片手間程度にしか学んでこなかった人間ですので、自分で考えても答えはでません。

なので、この腑に落ちないモヤモヤしたものを解消するために本書を読もうと思ったのです。

「デフレが問題だった過去からインフレが問題の今」
「バブルからの復帰が問題だった過去から再びバブルかもと言われる今」「円高が問題だった過去から円安が問題となる今」

 本書が混迷する日本経済を巡る議論を理解するためのヒントになると私は考え、そして先に書かせてもらえば、私の中でモヤモヤは解消されました。

2008年にノーベル経済学賞を受賞した著者の鋭い指摘から、未来に活かせる経済のお話を紹介します。

・インフレは悪くはない

 本書はリーマンショック後の経済をどう回復させるかという観点から書かれた本です。

リーマンショック後の経済というのは社会全体でお金が不足している状態、すなわちデフレでした。

デフレになりますと、お金の数が少なく貴重になります。だから、人はお金を貯蓄し使おうとしません。

こうなるとお金が企業に入らなくなり、企業は自社を守るために固定費(給料など)を減らします。結果として賃金は上がらなくなるのです。

デフレの経済における賃金が上がらない理由について書きました。ではインフレはどうでしょう。

 インフレはデフレと逆でお金の量が多い状態です。だから、人はお金を使います。儲けを得ようと物価も上がり、企業の売り上げも増えて最終的には給料もあがります。

このように単純に考えるとインフレは給料があがる点でいいことだと言えるのです。

 ですが、日本の場合はお金の量が多くてインフレをしているわけではありません。ここが日本のインフレの問題点です。

ではなぜインフレしているのでしょう。

それは商品を生産するコストが上がっているからです。

これまで100円で作れていた商品が150円でしか作れなくなると、利益を維持するために当然値上げを行います。

日本のインフレはコスト高によるインフレだから問題なのです。であれば、このコスト高を支える政策をすれば問題は解消されます。

 著者はデフレを脱却するためには大幅なインフレ政策が必要であると本書で述べています。

日本は長年デフレ不況に悩まされてきました。今、インフレの傾向に向かいつつあり、インフレの問題も政府の政策で改善できるかもしれない。

日本は長年の懸案だったデフレから脱却できるチャンスを迎えているのです。

インフレは悪いことではないというのが本書の主張です。問題となるインフレは6%~10%以上のインフレであって、2%~4%程度のインフレは経済にとっていいことなのです。

・景気回復のために政府ができること

 デフレ脱却のために政府にできることは大規模なインフレ政策です。

具体的に言えば大規模な財政出動と減税です。日本の場合は大規模な財政出動はしていますから、今は減税をして国民の負担を減らすことが大事でしょう。

 中央銀行が行うことは金利を下げることと金融緩和です。

著者が本書を書いた時のアメリカの中央銀行総裁は昨年ノーベル経済学賞を受賞したベン・バーナンキです。

著者はバーナンキの金融政策を評価しています。日本でも金利や金融緩和が議論になっていますが、著者は不況を脱出するまでは金利を上げず、金融緩和を続けろと言います。

なぜかというと社会におけるお金の循環を円滑にするためです。金利が低くて借りやすく、金融緩和によって市場の資産を中央銀行が買ってくれるなら、企業はリスクを取りやすくなります。

これによって企業は大胆に活動することができ、成長を見込めます。それに期待して株価も上がります。この好循環を作ることができるのです。

確かにバブルになれば問題ですが、バブルは過剰加熱です。冷え切った今の経済でその心配は時期尚早ではないかと言えます。

・円安についての雑感

 為替の問題については本書では話題になっていません。ですので、円安についての評価は難しいです。

ですが、歴史を見てふと感じるのは日本が安定して経済成長していた1980年代の円ドル比は今よりも円安だったということです。

日本は貿易国ですから、円安の方が海外にモノを売りやすいのです。段々と「made in japan」ブランドも廃れていくかもしれませんが、まだブランドとしての価値はあると思うので円安でいいのではないでしょうか。

・世界の視点を日本は持っているか

 毎年、ノーベル賞が発表される時期になりますと日本人でノーベル経済学賞を取った人がいないと話題になります。

ですが、本書を読んでいるとそれも仕方がないと感じます。

 なぜなら、日本の経済はこの数十年で世界的に失敗したモデルとして記憶されているからです。

失敗している国の経済を改善できなかった学者に賞が与えられるわけがありません。

取れる可能性があるのは、海外でも通用する学識を持った人々だけです。そういう学者は若い人を中心に出てきていると思います。

ですが、その人たちに脚光が当たるのはまだ先にことかもしれません。

世界の常識的な学識が通用するようになってから始めて、日本人初のノーベル経済学賞受賞という話がでてくるのではないでしょうか。

 本書は「なぜデフレになったか」ではなく、「どうやってデフレを脱するか」に主眼を置いたアメリカを代表する知性の成果です。

数字も出てこないの比較的読みやすく、発売から10年近く経つ今でも学ぶことの多い本だと思います。

ここで間違うと再びデフレに戻ってしまう。そんな危機感から本書を読み、日本経済が向かう方向を私は学ばせていただきました。


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