*34 ピクチャー
十人十色とは良く言ったものであるが、余りにも色彩が豊かであると今度はその扱いに手を焼く。高校に通っていた時分に惰性で蛇足たる危険物取扱者資格など取る代わりに大人しくカラーコーディネーターの資格を取ってさえいれば、どれだけ多彩な講師が画面向こうに座ってももう少し繊細にその色味を識別し、鍛えられた己の色彩感覚で以て上手く使い熟(こな)せていたかも知れなかった。私は手元にある十二色の色鉛筆を単色で見るばかりで、その中から最も類似した色を無理矢理に使って画面を塗っていた。
八月中頃から徐々に空気が冷え始め、末になると早々に深紅の幕を閉じてしまったドイツの短い夏が今週になって誰からのアンコールに応えたんだか再び姿を現したので、丁度先週末に扇風機を片付けて仕舞っていた私は大きめの封筒で扇いで暑さを凌いでいた。授業後にジョギングへ出掛けその辺を飛んで廻っているのも無論暑いのだが、帰って来て直ぐシャワーで汗を流し普段通りTシャツに着替えると、先週までとは打って変わって服と体の間にいつまでも熱が籠っている様でこれもまた暑かった。仕様が無いのでTシャツをまた脱ぎ暫く熱を帯びた上裸の体を扇いでみていたがなかなか冷えなかった。恨めしく先週まで扇風機が立っていた場所に目を遣るが、行儀良く箱の中に納まった扇風機が目に入るばかりで、そんな狭い所にぎゅうぎゅうに詰められるのを想像するとかえって余計に暑くなったので扇風機から気を逸らした。
そんなのが祟ってか秋分を前に夏風邪でも引いた様に、今週はやけに鼻水と嚏(くしゃみ)が出た。かと言ってそれ以外の症状は無くただ鼻周りが騒々しいだけであったが、挙句の果てに鼻を一生懸命に擤(か)むものだから、左の小鼻に卯の花色の面皰(できもの)が出来上がったお陰で遂には鼻を擤むのも嫌になった。それでも風邪と呼ぶには余りに軽度に感ぜられたので調べてみると、不安やストレスによって自律神経がどうのこうのと書かれており、その論の方が有力に思われた。
と云うのも私は今週の頭に胸の内で生まれた不安を結局金曜日に解決するまでそのまま放ったらかしてしまっていた。この放ったらかしが放任主義のそれであったらきっと鼻を傷める事も無く気楽に過ごせたのであろうが、私の場合手を触れないでおきながら少し離れた所から様子を観察するものだから気が気でないのである。それどころか観察した挙句その後の展開を幾通りも考えては、吉の展開を心に浮かべると次の瞬間に足元を掬われるんじゃないかと自分を脅かし、また凶たる展開を思えばそれはそれで紫紺の雲で胸の内を満たしているんだから取り越し苦労も甚だしいのである。
まだ起こってもいない未来の出来事を不安がるのは無意味であるという真理は一丁前に解っていながら、それでいて矢張りいざ先を考えるのを辞め、不安を手離し、今を楽しもうなどと考えると、間も無く足元の石橋が崩れ漆黒の中へ吸い込まれてしまう気がしてならないのである。そうなってからでは遅いと思うとどうしても命綱と杖を握り締めた上で、一歩ずつ叩き叩き石橋を渡っていきたいのである。ところがその癖いざ石橋が目の前に現れてから漸く騒和々々(そわそわ)とし始めるんだから、どうせ先を心配するんだったら一層の事いつ石橋に直面しても良いようにしておくのが効率的じゃないかと我ながら叱ってやりたくなった所でこの話はこれ限にしておく。何はともあれ十月からの雇用に関する不安であったから無事解決して御の字である。
それが解決するのと時同じくして、私は同居人のトーマスの協力のもと来月から住む部屋に幾らかの物を運んだ。体感で言えば私の所有物の半分程は移し終えた。金曜日の授業が終わるや否や彼の勝色の車の後部座席一杯に荷物を載せ、約一時間の道程を何だかんだと話しながら走った。この日も例によって快晴であった。天色に染まった空と降り注ぐ日光はもう秋である事を忘れさせるようであった。彼はサングラスを掛けて運転していた。西洋人特有の瑠璃紺の瞳は日本人の瞳に比べて日光に弱いと聞いた事がある。彼らが掛けるサングラスにファッションとしての価値はどの程度なのだろうかと考えてみたりしていると、車はトンネルに入った。彼はサングラスを眼鏡に掛け替え、トンネルを抜けるとまたサングラスに掛け替えて忙しなかった。車は時速一六〇キロを出していてもっと忙しなかった。
思っていたよりも早く借室のある蜜柑色の建物に着いたのは、思っていたよりも弾んだ会話と比例していたかも知れない。リュックの中から新しい部屋の鍵を取り出して右手に握ると、左脇には扇風機の詰められた箱を抱えて三階建ての建物の最上階に借りた部屋まで階段を上って行った。契約書にサインをして以来十日ぶりに足を踏み入れた部屋は、四方が白練色で囲まれているのも相まって改めて見ると物凄く広く見えた。いや決して錯覚ではなく一人で住むには十分広いのである。浴室には浴槽とトイレがあって、その他の二部屋はキッチン設備がある以外は何もなくただ広い空間だった。備え付けのキッチンには十分な収納や広い作業スペースに加え冷蔵庫もオーブンもあるんだから申し分ない。最上階であるから天井が一部屋根勾配に出っ張っているが、それも見様によっては洒落ている。
トーマスは「一番上の部屋だと冬は暖房も不要なほど十分に暖かいだろうが、夏場は暑くて大変だろう」と言った。本当に平気だと思っているのか実際的な想像が付いていないだけか、私は大丈夫だと言った。実際私はそういった苦労に対しては我慢強い性質であった。全ての荷物を運び上げると、私は衣類を詰めて来た大きい光沢のある飴色のキャリーケースだけはまた持って帰る必要があったので空にした。箪笥も無いが無造作に床に並べても見栄えが悪いので、一先ずキッチンの収納の中に持ってきた衣類を並べた。それでもまだ十分な収納がある所を見るとキッチンの収納の一部を衣類棚として使っても然程差し支えない様に思われた。
帰りも彼に下宿まで送って貰った。「毎日授業で座ってばかりだから、たまにこうして動かないといけないから良いんだ」と言って彼は運転してくれていたが、これで下宿先に付けば今度は実家へ向かって二時間程車を走らせると云うので、大変だと思う反面、自分がその立場であったら案外平気で運転しているかも知れないと思う程、私は本来車を運転する事が好きであった。それでも労いと感謝を込めてチョコレート菓子を二つやった。それから来週の何時かには授業終わりの夕飯に何か料理を作ると約束した。パスタの腕前は人並み以上である自負のある私だからまず思い浮かんだのは海鮮を散らした真朱のトマトソースであったが、どうせなら日本食らしい物でも振る舞った方が気が利いている様にも思えた。そうは言っても料理自体は苦手であるから偉そうに日本食をちらつかせておいてその線は頗る薄い。
そんな金曜日までは不安を抱えていたから今週は終始物憂げで、嚏や鼻水だけなら大した害では無いが授業を受けていてもどうも身が入らない様な気がして、そこにも葛藤が発生した。授業は私の状態に左右されずに淡々と進んでいくわけだから、否応なく授業内容に触れる事が出来るので助かっていたのだが、授業が終わってからの自習が今まで通りに熟せない事への苛立ちだか情けなさだかが募っていった。何かのタイミングで気合を入れ直そうと言葉に出したり文字に起こしたり試みるものの、そう単純な思考回路じゃない事は既に供述済みである。それでも机に向かい、教科書に視線を投げ、辞書を開き、パソコンを覗くのだが、矢張り進みが悪い。まあこんな事もあるだろうと潔く一週間丸々擲(なげう)ってしまった方が良かったかもしれないと思ったのは結局、金曜日の晩、不安が解決し引越し作業を終え、今度こそちゃんと気合を入れ直す事が出来た後であった。今週の不足を取り戻すには幸いまだ時間がある。その内に今一度改めて目の前の事に集中し、また変に勘繰ったり先入観ばかりに気を取られたりしないよう素直になろうと決めた。私は掛けていた色眼鏡を外した。
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