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*47 台風

 「なんとなく、これから良い運の流れとなっていきそうだ」と先週末頃に漠然と心の内にぽんと思い浮かんだのは、精神世界スピリチュアルの思し召しでもなければ、現実世界においてこの先数週間に渡って良い予定ばかりが連なっている事を示唆するわけでもなく、謂わば私の第六感、もしくは動物的直感によって感知された予感であった。それだから具体的な時期や期間も定まっていなければ、運の流れが良くなるという事はこういう事が起こります、という具体例も特に無く、只々ただただ、丁度台風の進路予想図の如く、良い運勢が間も無く私の真上を通過して行くような、そうして近隣のあらゆるものを巻き上げて、その内から私にとって有益なもののみを私の足元へ落として去って行くような、そんな漠然とした予感が先日不図ふとあった。なお、現状まだ運の台風は私の上を通過していない。
 
 こうした予感はこれまでも屡々しばしばあった。形の無い物であるからどうにも証拠を残せずにいるが、強いて言えば以前こうして文字に起こして記録した覚えがある。その時は風向きがどうのこうのと書いていたかも知れない。そうしてこの予感は現実になる場合が多い。そうかといって予感があってから日々それを意識して暮らすわけでもなく、しばらくしてから嗚呼、これが予感の正体、すなわち喩えるところの運勢の台風かと気が付く時が来る。それで幾らか大らかな気でもって今週を迎えられた。
 
 
 今週は始まる前から忙しくなるのが分かっていた。時は御盆、帰省に催しに目白押しである中で、私も日頃土曜日のみ営業しているカフェを盆休みに合わせて開いて見た。都心から此方こちらへ帰省を迷っているらしかった友人から「今週、暇はあるか」と連絡が入った時などは「今週に限っては日曜日から日曜日まで忙しい」んだと返信して、そうしたら彼は結局、台風の影響も相俟あいまって帰って来なかった。こちらは正真正銘の台風の事である。
 
 最初の日曜日は地元の灯篭まつりへの出店で忙しかった。夕方からの出店は初めてで、たかがそれだけの事だと言うのに、何時からパンを焼き始めたら良いんだか、そういった塩梅がさっぱり分からずに朝五時半頃から造り始めて結局時間ぎりぎりの午後三時でどうにか支度を済ませた。
 
 日本夜景遺産というものに選出されているらしいこの祭事は、これまで私が地元では見た事の無いほどの人で賑わった。夕方四時半に飲食ブースが開店となるや否や、たちまち用意された飲食用の座席は埋まっていた。八時前には御蔭様でパンが完売した。帰国してから今日に至る迄に出会った人達のキャストクレジットの如く、学生時代の先輩や飲み屋でたまたま居合わせた人、同級生やつい先日のバーベキューで知り合った面々まで足を止めて、話をして、そしてパンを買って行ってくれた。完売した後は通りに並べられた一万個もの灯篭をぐるり一周歩いて見て回った。歩行者天国となった夜の道をぼんやりとらす灯篭にはそれぞれ子供らしい字で夢だの未来だのと書いてある。合法的に夜の街を味わえるここぞとばかりに大人ぶれたい年頃の少年少女が道のあちこちにたむろしているのも風情があった。
 
 その通りに面した飲食店は、この日に限り通常の閉店時間を過ぎても光を煌々こうこう灯し、せっせと客をさばいていた。私はこの光景に、町が一丸となって灯篭まつりを盛り上げようとしている姿勢が透けて見え、大変良い心持になった。それと同時にスペインで行われるトマト祭の前夜祭を思い出した。明日にはブルーシートで覆われ、トマトと人の波が押し寄せる狭い通りは至って普通の住宅地で、前夜祭の時にはそこの住民がこぞって道端に机を出して食事をしている。そうして通り掛かる観光客、もといトマト祭に参加するであろう外国人と彼方此方あちこちで盛り上がっていたあの歓迎的な雰囲気を、地元にも見た気がした。

 さてその日は二十三時頃に帰宅すると、翌日も四時には起きる必要があった。盆休みに合わせたカフェ営業では最大七種類のケーキや焼き菓子を並べるつもりでいたから、準備にも普段より時間を要した。そうして翌火曜日、いつも通りの開店時間にあわせて並べた一通りのケーキを眺めると、達成感云々よりも、何とも言えぬ懐かしさが込み上げて来た。右から左までドイツらしい顔が並ぶ。味の良し悪しは二の次として、―いや無論私の口では良しなのであるが―、このカフェに立ち寄った方々には是非ともまずドイツの味がどんなものなのかというのを知って頂きたいという気が益々膨らんだ。
 
 客足はと言えばまずまずあった。迎え盆であった初日もその次の日も、偶然見掛けて立ち寄ったという他県からの御客が目立った。この辺りは当初の予測の通りである。反対に御盆で帰省して来た孫なんかを連れた近隣の住人がふらっと立ち寄るんじゃないかという予測は大方はずれた。それでも二日目には用意したケーキがほとんど無くなるほどの賑わいはあったし、やらないよりは当然良かった。ただしこうして書いているのは営業時間の事のみで、製造も含めて振り返ると無論容易ではなかった。不断ふだんは週に一度、大体三種類用意するくらいなケーキを連日六種類ほど並べるのは小さい生産力と体一つでやるには気合いが要った。
 
 三日目などは、疲れていたんだか憑かれていたんだか、妙に調子が悪かった。調子が悪いと言うのは何も体の事では無く、何をやっても上手くいかない空気が小工房の中に漂っている様に思われた。それこそこの日特別に準備する筈であったキッシュが焼成前に床に落下したのに始まり、オリーブオイルの瓶を倒し床にぶちまけ、ビーネンシュティッヒのクリームは失敗し、遂には出発直前になってマッシュルームの缶を冷蔵庫の中で倒し床にぶちまけて嫌になった。これだけ立て続けに何かを床にぶちまけるというのも、不断ふだんそういった失敗が殆ど無いだけに、妙な違和感を感じざるを得なかった。全く何が良運の台風が接近してるんだか。然し印象的な失敗は却って吉兆だとする見方もある。これは精神世界スピリチュアルの類だから真偽こそ不明であるが、まあ折角なら都合の良い方へ考える方が得である。
 
 
 金曜日、道の駅へパンを配達してから送り盆で墓へ行って来ると、それから翌日のカフェの準備にかかった。道の駅の方も、矢張り盆休みで人の出入りが多いのだろう、今週は大変売れた。大変売れればまた作らなければいけないからカフェの事ばかり考えていればいいというわけでも無かった。
 
 そして翌日、満を持して先日に失敗したキッシュとビーネンシュティッヒをはじめパンとケーキも三種類携えてカフェを開けると、この日は次から次へと人が来た。実は前日の金曜日に県内全域のテレビ番組に私が映ったのであるが、「テレビを観て来ました」という御客ばかりで、到頭パンもケーキも完売した。これには驚いた。ローカル放送だからと言ってあなどるなかれ、とでも言われたような気分であった。そうして皆口を揃えて「スグリのタルトは、、、」と、放送の中で紹介したスグリのタルト、もといリンツァートルテを目当てに来て下さったらしかった。無論真っ先にリンツァートルテは空になったが、それ以外に用意したものも何れもドイツで親しまれている味という点では是非味わって頂きたいものである。いやはや然し、こうなって来ると来週の営業にも期待をしてしまう。リンツァートルテを二つ焼いて行くのも念頭に置いておかねばならない。ついでに言えば「テレビを観ました」という御客の中に一人「YouTubeを観ています」という御客もあって思わず私は「そっち?」と激しく驚いた。細々とやっている弱小チャンネルだからといって侮るなかれ、である。
 
 
 カフェを終え、午後六時前になって帰宅すると、四時間後には目を覚ましてまた小工房へ戻ってパンを焼き始めた。地元の美容室が二周年記念の祝賀会をするのに私のパンをと声を掛けてくれたのである。それにしても夜中の十一時から始めて午前九時の配達にぎりぎり間に合うくらいな効率の悪さである。片付けも含めて午前の内に十三時間労働、忙しかった今週の最終日に相応しい労働時間である。然し途中、作業しながら居眠り運転の時の様に目が回ったのには驚いた。来たる二年目は体の心配もしてやらねばいけない、と今は思う。

 こうして台風の様な一週間は過ぎた。明日また、ふるさと納税の返礼品を焼き、発送して、次の一週間は幕を開ける。


 
※この作品では一部実在しない表現/漢字を使用しています。



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