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ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

「それはガバ部屋で話しましょう」

あの災害後の選挙で首長になった柳本統義の口癖だ。

柳本の父の昌義は前々首長を務めた地元の名士だ。その長男として育った。都会の大きな自治体で職員として経験を積み、国会議員秘書を経た後、父の引退に合わせて地盤を引き継ぎ地方議員になった。
あの災害が起きたのは、議員2期目の途中だった。街の多くの人とともに行政職員にも犠牲が出て、ただでさえ脆弱だった組織は混乱の中で機能不全に陥っていた。任期満了に伴う首長選挙の時期が近づいていた。長期政権を率いていた現職の中里光義が選挙延期を申し出たが、議会側はこれを拒否。街の将来にとって重要な時期だからこそ、選挙でリーダーの信を問うべきだという立場をとった。その先頭に立ったのが柳本だった。

柳本家と中里家には因縁があった。柳本昌義が不祥事で辞職を余儀なくされ、その後継を担ったのが当時助役だった中里だったのだ。中里は、1期目の当初は多選が癒着につながるとして2期で退く考えを示していたが、途中で方針を転換。首長の席にしがみつき、取り巻きばかりを優遇するような場面ばかりが目立つようになっていた。あの災害で街が甚大な被害を受けた後も、都合の良い声にしか耳を傾けず、行政運営に歪みが生じていた。

柳本は、すべてをオープンにしながら復興を進めることを公約に選挙に臨んだ。だが、父が癒着に溺れた過去は周知の事実。生半可なやり方では信用してもらえない。
そのために、公約の具現化として選挙期間中に掲げた方策が、首長室と庁議室の音声中継だった。
マイクを常時設置して、音声を24時間インターネットで流すというのだ。

無茶な考えだった。「透明性は必要だが、そんなことをしたら、誰ともまともな相談ができなくなる」と揶揄する声もあった。
だが、住民は違った。オープンな議論に対する期待は高く、柳本は選挙で圧勝したのだ。

自分たちの街がどう再生していくのか。行政はいったい何に取り組んでいるのか。
もちろん、住民代表や関係する権利者、有識者などで構成する検討組織などは設けられていて制度上は問題ない。広報誌やインターネットで情報も公開されている。だが、よほど関心を持ってチェックしていなければ、なかなか理解しづらいのも事実だった。

音声中継のアイデアを出してくれたのは、出馬前から雑用を手伝ってくれていた大学生の中村幸乃だ。中村は、生まれた時からインターネットやデジタル端末が揃っていたデジタルネイティブ世代で、インターネット交流サイト(SNS)を使いこなし、万単位のフォロアーも抱えていた。動画投稿やインターネットのライブ配信などお手の物だった。

「先生のお父さんは、週刊誌の記者が仕掛けたレコーダーの音声で汚職がばれて失脚したんですよね。それを逆手に取りましょうよ。最初から全部聞かせておけばいいんです。AIに自動で文字起こしさせて、誰でもアクセスできるようするなんて簡単ですよ」
茶目っ気にあふれたいたずらっ子のような表情で、提案してきた。
「首長さんの部屋じゃなくて、行政であるガバメントの透明な統治、つまりガバナンスのための部屋っていうことで『ガバ部屋』とか、がば良いと思うんだけどなあ」

この地方の方言では、「すごい」とか「とても」といった形容詞の意味で「がば」という言葉が使われる。
「ガバ部屋かあ、それができたらすごい。やってみよう!」

柳本が即決したのは、都会の自治体で働いた時の体験を思い出したからだ。
小さい国よりも予算規模が大きいような行政組織で優秀な職員が集まっていた。しかし、前例踏襲や立場をわきまえた発言が多く、飛び抜けるようなアイデアが出にくかった。そこで、若手からの柔軟なアイデアを吸い上げるために、当時の上司が打ち出したのが、次年度予算に盛り込む新規事業プレゼンテーション会議のインターネット中継だ。それまでは幹部からの覚えが良かったり、組織内で声が大きかったりするような人間の意見が通りやすかったが、公開することで評価の基準が変わり、提案の中身の勝負になった。柳本の提案は事前審査を通らずプレゼンの場に立てなかったが、それまであまり目立たなかった人の企画が次年度に事業化されたのを見て、良い仕組みだと思った。

実際のところ、首長の部屋での話だけを可視化しても、そんなに意味は無い。悪巧みをしたければ、別の部屋で話せばいくらでもできる。それよりも「聞かれている」ことを意識するような場を作ることで、本当に質の高い議論ができるのではないか。そうであれば、この街にとって「がば良い」ことになる。

柳本は当選後、週末のガバ部屋での意見交換会を定例化した。インターネットからエントリーしてもらって、応募順に自由に意見を交わすのだ。住民でも民間企業でも市民団体でも、老人でも子どもでも、誰でも受け入れた。条件は、氏名と所属、議論したい意見の概要を出してもらうことと、ガバ部屋に実際に来ること。それだけだ。

その中で来てくれたのが、都会の自治体時代の後輩、榎本ヨシオだった。学生時代の友人や社会人サークルで知り合ったメンバーなどを引き連れてきて、面白い提案をしてきた。

「昔の災害の時に、うちからも被災地の自治体に応援に行ったのですが、発注者と受注者という枠組みに疑問を感じたという話を聞いたことがあるんです。

予算があって、その範囲内で優先順位を議論して事業を決めて、行政から民間に工事などを発注するのが普通のやり方です。平常時であれば十分に吟味できるから良いのですが、非常時には十分な時間がありません。見切り発車になること自体はやむを得ませんが、いったん始まると、方針を変えることがすごく難しくなる。

始める時の担当者は『状況変化に応じて柔軟に事業を変えていこう』と思っていても、時間が経って担当が何世代も変わっていくと『当時の先輩が決めたことにけちはつけにくい』となる。見切り発車のレベルのプランが既成事実化されて金科玉条になってしまったと。

あの時にも、自治体がまちづくり専門機関の協力を得ながら調査から設計、実際の工事までを包括的に発注するやり方も取り入れられて、相当に効率的になったらしいんですが、柔軟性の面ではまだまだ足りないと感じたそうです。受注者に良いアイデアがあっても、先輩の顔色を気にしているような発注者がいたら踏み込んだ提案はしないですよね。

行政と復興事業をやる事業者が組織的にも一つのチームみたいになって、その事業体をプロを含めた第三者が監視していくようなのが理想だと話していました。
この街の復興でやってみたらどうかなって思ったんですよ」

榎本の仲間には、金融機関の経営企画部門にいる人間やシンクタンク社員、モビリティー系ベンチャー経営者、AI技術者、建築士、大学准教授、ゼネコン社員など多様な面々がいて、世間話のような気楽なトーンで理想論を語り合った。
自宅から聞いていた中村が自身のSNSで発信すると、リアルタイムのリスナーがどんどん増え、SNSへの書き込みも始まった。
中村からの電話でネット上の動きを聞いた柳本は、「中村さん。良い意見があったら教えてよ」と頼んだ。そのやり取りも当然中継されている。リスナーの意見も取り入れながら、自由な提案が飛び交った。

この時の議論をベースに考え出されたのが「コーポレーティッド・ジョイントベンチャー」、通称「CJV」という枠組みだ。

復興公営住宅や各種インフラを整備する自治体の建設部門、ニュータウンなど街づくりに長けた公的機関、道路のプロを抱える公的機関らと、商業施設などを開発・運営するデベロッパー、工事を担うゼネコン、土木部門を設計する建設コンサルタント、建築設計会社、建物などの管理会社、自動運転などMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を展開する事業者らが一体となって事業体を結成し、復興街づくりの計画から設計、建設、運営の全てを包括的に担うのだ。

土地の整序や地盤の嵩上げ、道路や上下水道、電気・通信、貯水池などのインフラ整備といった復興土地区画整理事業の工事や事務などの業務を代行するとともに、復興住宅や行政施設などが入る複合施設や、警察署、消防署といった整備なども受託する。
さらには地域コミュニティーの再形成、高齢者ら交通弱者にも暮らしやすくなるような近距離モビリティーの整備・運営まで、街づくりのありとあらゆる領域を手掛ける。介護など福祉領域も加わる見通しだ。地権者で構成する復興土地区画整理組合とも、もちろん密接に連携する。

CJVに参画する自治体側メンバーは、議会の承認を経た上で決定した。それだけでは不十分と考え、チェック機能として第三者立場から監視する委員会も設置した。
監視委員会は、自治体の財務部門がトップで、CJVに未参加の街づくりや道路などに長けた公的機関、建設コンサルタント・設計会社、監査法人らが常勤で詰めて、事業推進面や品質などに問題が無いかどうかを日々確認する。その結果は議会に報告される。
監視委員会の下には、自治体の議員や住民代表、市民オンブズパーソン、姉妹都市の都市開発部門長らによるオブザーバーボードも併設されている。

民間企業やデベロッパーにゼネコンらが加わったコンソーシアムが、開発プロジェクトを進める時も、一つの推進体の中に、工事を進めるグループと施工を監視するグループ、財務面から引き締めるグループなどが共存する。そうしたやり方をベースに、復興特区制度として提案して、国から認められた。

柳本は、自分に大した能力が無いことが分かっていた。周りの多くの力を借りてここまできた。それは、これからも同じだ。

今回のプロジェクトは復興の基盤とともに、この街をこれから担っていく人材も育てていくはずだ。
CJVは未来への挑戦だった。
柳本にとってではない。この街にとって、だ。

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