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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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2021年11月の記事一覧

ゲンバノミライ(仮) 第56話 遠くからのエリーさん

ゲンバノミライ(仮) 第56話 遠くからのエリーさん

窓を開けると、鮮やかに朝日が差し込んできた。冷え込む時期に入ったが、こうやって日の光を浴びると温かい気持ちになる。
垣田エリーは、酸味のきいたブラックコーヒーを一口飲んで、いつものように設計システムを立ち上げた。担当する大型複合施設の規模縮小に向けた設計変更作業が、大詰めを迎えていた。
海辺の街の復興に向けて、構想立案から調査・設計、施工、その後の運営までを一手に担うコーポレーティッド・ジョイント

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ゲンバノミライ(仮) 第55話 時代遅れの永井さん

ゲンバノミライ(仮) 第55話 時代遅れの永井さん

じりじり、じりじり。
右から左へとゆっくりゆっくりと手を動かしていく、
まばゆい火花が散る中で、母材となる金属を超高温で溶融させて少しずつ重ねながら、接合させる。
肉眼で見てはいけないため、もちろん、遮光ガラスが付いた保護面越しの光景だ。

隙間やくぼみなどがあってはいけない。
ロボットのよりも緻密にきれいに仕上げてやる。

絶対に負けてはいけない。
そう思う。
一方で、自分は一体何と戦っているの

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ゲンバノミライ(仮)第54話 モデルの村井さん

ゲンバノミライ(仮)第54話 モデルの村井さん

「すごいです!
絵を描かせてください」

最初にそう言われたときに、意味が分からなかった。
誇らしいとか、恥ずかしいとか、そういう感情よりも、馬鹿にされていると思った。新手の詐欺かもしれないと疑った。

村井武則は、解体工事の現場で散水作業を担当している。
新しい建物などを構築する前に、既存の構造物を壊して更地に戻すのが解体屋の役目だ。安全に物を壊すという作業は緻密な計画が不可欠で、難しい現場も少

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ゲンバノミライ(仮) 第53話 笑顔の黒田さん

ゲンバノミライ(仮) 第53話 笑顔の黒田さん

くっくっくっ。笑いを押し殺す苦しそうな息づかいが車内にまん延する。
黒田沙織は、仕事を終えて会社の寮まで帰るまでのこの時間が1日で一番好きだ。

車から下りると、先輩の梨本洋子が距離を取ってから「あ~あ。もう笑いが止まらなくておかしくなりそうだったわよ。ここまで来ると、テレビ番組の罰ゲームだよ」と声を吐き出した。ほかの面々も「さおりんの話は中毒性があるよな。お笑い芸人になった方がいいよ」「俺も死に

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ゲンバノミライ(仮)第52話  懇願する本村さん

ゲンバノミライ(仮)第52話  懇願する本村さん

「なぜ、あんなことをやろうと思ったんですか?」
「やるせなくなって、やりきれなくなって。だって嘘じゃないですか。復興だなんて。よくそんなことが言えますよね」
「この街を復興させようと多くの方々が努力しているのは事実ですよ」

「復興って、何ですか? ビルができることですか?」

「違います。普通の暮らしに戻ることです。それは、前とまったく同じではないかもしれません。残念ですが、同じ形を再現すること

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