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牛蒡と齟齬、逕庭の向こう側にある木の根。

画数の多い難解な語句を並べた大袈裟なタイトルで煙に巻いたような印象を与えるが、ちょっとした言葉遊びをしただけで簡単に言えば食文化の違いについての話である。


先日、もうすぐ6歳になる娘が穴子丼を食べたいと言ったので出来合いのものでささっと簡単に用意したのだが、少し余ってしまったので残りは八幡巻き風な煮物にしてビールのアテとした。

ゴボウの旬がいつ頃なのかは知らないが、どこのスーパーにいつ行っても売り場に並んでいるような印象があるし、ダイコンやニンジンと同様に日本人にとってとても馴染みのある根菜類のひとつである。

ささがきにした金平やマヨネーズで和えたサラダはよく食べるし、居酒屋のメニューにゴボウの唐揚げがあればついつい注文していた記憶がある。

叩いて湯がいて胡麻と混ぜ合わせた”たたきごぼう”や花びら餅はお正月にいただく縁起の良い食品であるし、柳川鍋は食べたことはないが機会があれば浅草辺りの店でつつきながら一杯やってみたいものである。

日本に暮らしていると日常生活だけでなくハレの場でも見掛ける身近な食材ではあるがどうやら食用野菜としているのは日本だけで、違う文化で育った外国人にしてみれば奇妙な根菜を有難がって頬張る日本人が不思議に見えてならないのだろう。

ウィキペディアにも記載されているが、こうした食文化の違いが思わぬ結果を招いている。

太平洋戦争のさなか、外国人捕虜に食事としてゴボウを提供したところ木の根を食べさせたと誤解され、戦後の裁判で戦犯として虐待の罪で処罰されたという話がる。

「はだしのゲン」や「私は貝になりたい」などの創作作品にも同様の描写があるらしいが、戦時中の食糧難により庶民ですら食べられなかった貴重な食材を与え厚遇したにも関わらず、捕虜に関する条約通り人道に沿い名誉を尊重した行為が相手には理解されず禁固刑を受ける羽目になってしまったという双方にとって無残で無慈悲な逸話である。

そういえば釈迦は信者の厚遇の証として提供された食事が原因で消化不良か食中毒を起こし激しく体力を消耗し、ついには沙羅双樹のもとで入滅したはずだ。

おそらく釈迦は信者の善意も、その善意により多くの人が望まない未来が近くやってくることも承知した上で歓待を受け入れたのであろうし、ひょっとしたらその許容する姿勢というのが仏の知恵の一端なのかもしれない。

遠い過去や現在、おそらく未来においても相互理解が得られないばかりに本意が曲解され、誰も得しないし誰も幸福にならないような善行は至る所にあるだろうが、わたしは許容する姿勢を示すことができるだろうか。

おそらく自分が損害を被るようなことは受け入れられないが、せめて無関係なことについては寛容でありたいと思う。

それから多種多様な食文化についてはどんどん許容していくつもりである。

信教で禁忌とされている食材がある人たちのことを蔑ろにしている訳ではないが、美味しいと感じられる食材がたくさんあることは幸福であるとわたしは考える。

ゴボウについて考えていたら、食文化は許容し、他者には寛容であれという話になってしまった。


※逕庭とは、小さな道と大きな広場という意味で小と大の違い、ズレ、差をし指し示す言葉であることを今、知った。虎杖の逕庭券のネーミングに納得。


最後までお読みいただきまして有難うございます。




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