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『ムーミン谷の仲間たち』トーベヤンソンの世界

「ムーミン」とは皆さんよくご存知のあのムーミンです。

最近では埼玉県にムーミンの世界を再現したテーマパークもできましたね。
『ムーミンバレーパーク』は、是非行ってみたいと思っています。

アニメでは、最近ではCGアニメーションになりNHKでも放映されていましたが、私が幼い頃に放映されていたムーミン(1970年代)は、当時のテレビアニメの中でもひときわ異彩を放ってたように思います。
女の子に人気のアニメは魔法使いを題材にしたアイドル的なものだったり、男の子に人気だったのはウルトラマンや仮面ライダーとかの特撮ヒーローが主流でした。
そんな中で、どこか怪しげな雰囲気でストーリーもスカッとするような爽快感もなく、幼児向けというにはスナフキンなどのセリフが大人びていて、当時の私にはきっと理解できていなかっただろうと思います。

この「ムーミン谷の仲間たち」を手に取るまでは、さして関心もなかった童話だったけれど、読み進むに連れて作者トーベ・ヤンソンの哲学に大きく傾倒していきました。

ヤンソンさん曰く「私の書く物語が他の誰かを対象にしているとすれば、それは‘スクルット’たちです。
‘スクルット’とは、何らかの環境に馴染めずに苦しんでいるような人たち、社会のすみっこで見捨てられてる人たちのことです。」
と言っています。
そう思って読んでみると思い当たることがいっぱい出てくるのです。

主人公のムーミンは両親に暖かく包まれ素直に育った、好奇心旺盛な男の子です。
そしてムーミン谷には個性豊かな仲間たちが住んでいます。
ミーのように意地悪で自分勝手な女の子。
体は大きいのに気が小さくて恐がり屋のスニフ。
孤独を愛する詩人のスナフキン。
モランやニョロニョロ、飛行鬼などの不気味な存在。
様々な登場人物の性格が折り重なった、人生の不安や不条理が題材になっています。
そしてそうしたもの全てを、確立した人生肯定的な見方で救い上げ、愛情やユーモアをもって優しく問い掛けてくるのです。

幾つかのシリーズの中でも、この「ムーミン谷の仲間たち」では、心のどこかに不安や悩みを抱えた人物が多く登場してきます。
その心の問題は誰もが経験しうる事柄で、容易に理解できるものばかりです。
そして、それらの問題を解決するに当たって作者は、メルヘンにありがちな英雄や魔法などの奇跡を使ったりしません。
強者と弱者も、賢者と愚者も存在しないのです。
全てはこの物語の登場人物の人柄や特質による、自然の成り行きで解決していきます。

ここでこのシリーズの中の「目に見えない子」というお話を、ひとつ紹介しておきましょう。
ある日ムーミン一家のところに、ニンニという姿が見えなくなった女の子が預けられることになりました。
ニンニは以前、世話になっていた意地悪なおばさんの皮肉を、毎日のように浴びせかけられたことが原因で声が出なくなり、全身の姿が見えなくなっていました。
ニンニの存在を知る手掛かりは、首に掛けられた鈴だけ。
そんなニンニをムーミン一家は暖かく迎え入れます。
人懐っこく素直なムーミンは、ニンニを歓迎し色んな遊びに誘って仲間になろうと試みます。
ムーミンとは反対に、物事に単刀直入で積極的なミイは、常に受け身で逆らうことをせず、怯えてばかりのニンニの存在に苛立ち、挑発的な言葉を投げかけ、自分自身で発奮することを期待します。
ところが、ニンニのからだの首から下を徐々に見えるようにしたのは、ムーミンママの優しさと心くばりでした。

でもその優しさをもってしても、まだニンニの顔を見ることが出来ません。

ある日、みんなで海辺へ出掛けた時のこと。
ムーミンママが桟橋で佇んでいるのを見たムーミンパパが、いつもの茶目っ気を披露したくなりました。
ママを脅かすフリをして子どもたちを喜ばせてやろうと考えたのです。
そーっとママの後ろに忍び寄るパパ。
そして、ママが驚くより先に、ニンニがパパのシッポにガブッと噛み付き、パパは悲鳴と共に海の中に落っこちてしまいました。
ニンニはパパに向かって心の底から激怒します。
「おばさんを、こんな大きな怖い海につきおとしたら、きかないから!」と叫びながら、桟橋の上に突っ立ていました。
そしてついに小さな怒った顔が現れたのです。
ニンニはミイが指摘したとおりに、おそらく生まれて初めて怒りという感情を発散させ、闘うすべを身に着けたのでしょう。
偶然起こった事件をきっかけにして。

人間の持っている全ての感情には「命の躍動」が潜んでいます。
そのどれかひとつでも欠けていてはいけないと私は思います。
「怒り」というマイナスのイメージを持つ感情も、この物語では決して否定されることなく大きな慈愛によって包まれているのです。


トーベ・ヤンソン
画家、挿絵画家、風刺漫画家、小説家、童話作家。
1945年に執筆された 『小さなトロールと大きな洪水』を皮切りに「ムーミン」シリーズを発表し、
世界的に高い評価を獲得。国際アンデルセン大賞をはじめ、数多くの賞を受賞した。
1914年、ヘルシンキ生まれ。2001年、86歳で死去。


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