noteの使い方を迷っている。
note、最初は、文を書く単純な楽しさ、純粋な楽しさを思い出したくて始めた。
ずっと続けてきたブログ(noteではなく)の、書く楽しさが薄れてきたような気がしていた。
そんな時、noteのシンプルな白い画面に惹かれた。
なんだか良さそう! と思ったんだった。
他の人たちのnoteを見ても、私に合ってる気がしたんだった。
日記のような、考えをただただ書くような、そして心を整理していくような。
そこで、noteを始めた。
ブログや他のSNSとは切り離した存在として位置付け、noteだけの記事を書き始めた。
そのうち、ブログのほうで「書く楽しさ」が戻ってきた。
ブログについての「どうやっていこうか」の迷いも、薄れてきた。
私のブログは、心の整理、仕事目的、ただ「あああ楽しかった!」を書いておくため、写真を並べておきたい、というふうに、なんでもかんでも放り込む。
書き方も、記事で変わる。
丁寧、バシバシと言い切る、テンション高い、写真を並べて絵本のように、とか、
最近はないけど、ポエムの時も。
…というブログの使い方についても、「もっと仕事の目線を強くしたほうがいいかな」とか「もっと、人に語りかけるような書き方のほうがいいかな」とか、迷いがあったのだ。
今は、ブログについてはほぼ迷っていない。
ごちゃごちゃごちゃと、今まで通り詰め込んでいけばいいや、と。
変えたくなったら変えよう、と。
そんなふうにブログが定まってきたら、ブログに書く楽しさが復活した。
と、反比例?するかのように、私にとっての「noteに書くこと」の動機付けが減った気がする。
noteが、ブログのリハビリをしてくれたのかもしれない。
note独自の言葉を綴る気持ちが減ってきたので、ブログと同じ記事も載せ始めた。
それはそれで、いいんだと思う。
noteに書いておくから、読んでくれる人たちもいる。
ネットに書く者にとって、人に読まれないより読まれるほうがいいにきまってる。
最近、私の知り合いも、noteを始める人が増えてきた気がする。(私が気づいていなかっただけ、かもしれぬ)
何かに特化して書いている人が多い気がする。
特化すると、それ目的で読みに来てくれる人が増えやすいだろう、
実はちょっとうらやましい。
「特化できる」人が。
私がここで意味する「できる」とは、「I CAN 」より「I DO」が近い。
…英語、合ってるかな。笑
英語はほぼ使わないまま、人生生き抜いてきてしまった。笑
noteをやめる気はまったくない。
今日は
「迷ってるんだ~、、、あ、やめるとかやめたいとか、そういう迷いじゃなくて、さー」
てことをそのまま書いてみるか!と思って、書いてみました。
ではでは。
ご飯を食べます。🍚
(´・∀・)♡
サポート設定した際には、ぜひともよろしくお願いします! 今日はここに来てくださりありがとう❤️