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展覧会の企画立案のハウツー [思考のテンプレ]

学芸員の仕事で一番ワクワクするところは、やっぱり展覧会を企画して作り上げるところだと思います。

学芸員実習は5日間の短期決戦

前にこんなことを書きましたね。もう少し細かく言うと、私の場合「次はどんな展覧会をやろうかな?」とあれこれ頭の中でアイデアを練っている段階が一番クリエイティブな感じがして面白く、そこから実現に向けて動き出してからは、候補作品のリストアップ、作品の状態確認を経て、図面に落とし込んでいく、などの実務的作業をひとつひとつこなしていく、といった感じです。

どの部分を楽しいと感じるかは学芸員の性格によるとは思いますが、今回はその一番最初の展覧会の企画を立てるフェーズにスポットをあてたいと思います。

はじめに作品ありき

展覧会を企画するにあたっては大原則があります。

それは「はじめに作品ありき」です。

要するにコンセプトやテーマを先に考えるのではなく、あくまで具体的な作品を起点にして考え始めなくてはいけないよ、という意味です。

壮大なコンセプト、深遠なテーマを机上で構想し、それからそこに作品を当てはめていこう、というのは、厳しく言えば頭でっかちの学芸員のエゴであり自己満足でしかありません。それに、そうそう都合のいい作品を集められるはずもなく、企画倒れにおわる可能性大です。

学芸員は黒子です。主役は作品であり、それを生み出した作家です。その主従を間違えてはいけないぞ、と自分にも言い聞かせています。

収蔵品の中に、こんなにいい作品がある。これをより良く見せるためには、その魅力を伝えるためには、一体どんな構成にしたらいいだろう。そんな風に、作品から考えを広げていかなくてはいけないのです。

作品をメインとした具体的な立案方法には、いくつか型があります。

一点の作品から考える

どうしても知って欲しい!そんな「推し」の一点があるとします。だったら、その一点を輝かせるためだけに、他の作品を集めよう、という考え方です。

これはシンプルなだけにかなり難しい方法です。正直、私自身このやり方で納得いく展覧会はまだできていません。

有無を言わさない魅力のある一点。それを見ただけで満足できるような一点。作家のすべてが凝縮したような一点。そんな名作がある場合に限り、可能となる企画方法です。

作家から考える

これは分かりやすいですね。ある作家にフォーカスして紹介する展覧会です。

作品を通じて、その作家の生涯を語り、どのように作風が変化したのか、そこにどんなきっかけや意図があったのかを丹念にひもといていきます。著名かつ多作の作家であれば、生涯の中のある期間を切り抜いて紹介するという手もあります。

また、作家の周辺に視野を広げて、関わりのあった作家たち、グループの作品をまとめて展示する方法もあります。互いにどのような影響関係があったのか、どんな共通点が見いだせるのか、作品を並べることでそれが見えてくるように工夫します。

作家にフォーカスした展覧会は、図録にその情報をきちんとまとめると、重要な作家資料として後々まで活用されることになるので責任重大です。

時代から考える

作品は、作家の個性の発露と考えるかもしれませんが、決してそれだけではなく、
その時代、その瞬間だからこそ生み出された必然性が必ずあります。どんな作品にも時代性が認められるのです。

ですので、その時代に焦点を当てて企画を立てる方法があります。

この場合、時代の切り取り方、どこまで絞るか、どこまで広げるか、が学芸員の腕の見せ所です。文化史的な観点、民族史的な観点、政治史的な観点、外交史的な観点。様々な歴史の捉え方があり、現実の作品がその時代に生まれた理由を語るような展示を考えなくてはいけません。

ジャンルから考える

作品は単体ではなく、同種のものを集めると、その特徴がわかりやすくなります。「刀剣」「青磁」「現代版画」「浮世絵」など作品ジャンルを統一した企画は、わかりやすさが魅力です。

お客さんにとってわかりやすさはとても重要です。展覧会タイトルを聞いただけで、パッと何の展覧会か理解できるものだと、安心して来てくれます。

今までに無い切り口を考えたくなるのは学芸員の性(さが)とも言えますが、たとえ以前に別の場所で同じようなテーマの展覧会が行われていたとしても、いや、さらに言えばたとえ同じ館で過去に同様の展覧会をやっていたとしても、お客さんのほとんどは過去の展覧会を見ているわけではありません。1人1人の来館者にとっては、今が初めての展覧会なのです。だから「昔似たような企画やられてるしな…」と思わず、人気のジャンルであれば何度やってもいいのです。

ズバッと明快なジャンルでまとめた展覧会は、オーソドックスながら外れがない手堅い企画方法と言えるでしょう。

番外編 企画が舞い込んでくる

最後に、ちょっと番外編です。

展覧会企画は、ここまで説明した通り、学芸員がウンウン頭をひねりながら考えるのが基本なのですが、時々外部から企画が舞い込んでくることがあります。

例えば公立美術館であれば「市政○周年だからこの企画をやるように」であったり、複数館で行う巡回展の企画が降ってきたり、所属機関の上層部(館長、社長、行政などなど)が何らかのしがらみで企画を持ち込まれたり。

要するに、現場の学芸員を抜きにして展覧会の企画の土台が固められてしまう、ということも少なくないというのが現実ですね。

ただ、企画だけがあっても、それを実際に展示室にどうレイアウトして実現まで持って行くか、は学芸員が動かなければどうにもならないので、そこからはしっかりやらせてもらいます。

* * *

こんな感じで、展覧会の企画もいろいろなやり方があります。おそらく今各地で行われている展覧会も、上記のどれかに当てはまるはずです。今度、展覧会を見に行く機会があったら、「これはどんな意図で企画したんだろう」と想像してみてくださいね。

本記事は【オンライン学芸員実習@note】に含まれています。


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