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美術館のネンポーキヨーを知ってるかい?

前回、美術展の準備期間の話をしました。「展覧会って、そんなに前から準備してるんだ!」と思った人も多いと思います。

今回、「学芸員にとっては当たり前、でも一般の人は何じゃそれ」シリーズの第二弾として紹介したいのが「ネンポーキヨー」です。

すいません、わざとわかりにくくしました…。
漢字にすると「年報・紀要」です。これなら何となく分かるでしょうか。
いや、やっぱりあまり耳にしない言葉かもしれませんね。

年報・紀要って何?

美術館が発行する本といえば、一般の人が思い浮かべるのは展覧会図録でしょう。たしかに図録も展覧会の大事な記録ですから、学芸員が気合いを入れて作ります。

この図録を誰のために作るのかと言えば、もちろんお客さんのためです。
なので、作品の魅力や展覧会の内容をわかりやすく伝えることを意識して、文章を書きますし、手に取ってもらえるよう表紙のデザインもこだわります(ジャケ買い需要を狙ってます!)。

しかし、実は他にも、美術館(や博物館)が毎年せっせと発行している印刷物がありまして、それが「年報・紀要」なのです。

え、そんなの見たこと無いんですけど、と思いますよね。たしかに美術館のミュージアムショップではあまり見かけないかもしれません(中には値段をつけて販売しているところもありますが)。

「年報」と「紀要」は、厳密に言うと別のものですが、あわせて一冊にしているところが多いです。

「年報」は、その名の通り「年の報告」で、美術館の一年間の活動報告書です。
具体的には、昨年度にどんな展覧会を行ったか、その内容や作品リストはもちろん、どんな関連イベントを行ったか、また入館者数などの詳細なデータも記載されます(当たった展覧会、外れた展覧会が丸わかり…)。
他にも、所蔵品を外部に貸し出した実績、作品修理を行った記録、寄贈や購入で新たに収蔵した作品のリスト、教育普及として行った活動、などなど。
また、美術館の沿革や規則、職員構成、建物や展示室の情報なんかも載っています。

「紀要」の方は、、、あれ?そういえばどういう意味なんだ?
言葉の意味を考えたことがなかったので調べてみると、「要項を書き記す」が語源のようですね。なんのこっちゃですが、ようするに研究論文の機関誌だと思ってください。

そう、紀要とは所属学芸員の、研究発表の場です。学芸員が自分の専門分野で日夜研究している成果をここにまとめます。
学芸員が原稿執筆を行うものとしては、展覧会図録の巻頭テキストもありますが、最初に述べた通りそちらは一般の方に向けて分かりやすく書いた文章なのに比べ、紀要の原稿はまさに論文です。この時だけ、学芸員は研究者の顔になります(キリッ)。

所属学芸員の人数が多い館では、持ち回りで執筆者が決まります(全員が書いたら、めっちゃ分厚くなるので)。この紀要論文の執筆者に当たるといそがしくなります。大抵、年報・紀要は年度末の3月に発行するのが常なので、年末年始あたりから机にかじりつくことになります。
その頃に、展覧会企画を担当したら、ダブルで追い込まれることになります。でもまぁ自分の業績になるので、手は抜けません。

年報・紀要は誰に向けてるの?どこで読めるの?

ここまでの説明でお察しの通り、年報・紀要は一般向けではなく、他の美術館や研究機関に対して「うちはこんな感じでがんばってます」と伝えるために作る刊行物です。

というわけで、たいていの場合、見た目は味も素っ気もありません。表紙は無地の上に「○○美術館年報・紀要 第○号」なんていう文字が入っているだけだったり。図録のようにデザインに凝るということはありません。
ただ、例外もあって、私の知る限りアーティゾン美術館や東京ステーションギャラリーの年報は、図録と見間違うぐらいデザイン性が高いです。紙も印刷もお金をかけていて、こりゃすげーとうなってます。

さて、出来上がった年報・紀要は、全国の美術館や博物館に配ったり、大学図書館や公立図書館に送ります。先ほども言ったように、基本的に一般販売はしません。
ですので、もし年報・紀要を読んでみたいと思ったら、美術館の資料室、公立図書館、大学図書館などに配架されているはずです。検索してみてください。

あ、でも最近はオンラインでデータをダウンロードできるようにしている美術館が増えてきましたね。美術館のホームページをのぞいてみるといいでしょう。
執筆者の著作権のかねあいで、年報のデータは公開していても、紀要の原稿はオンラインで公開していないところもあります。
どちらにしろ、そんなに面白いものではないですけど…。

学芸員を目指す人へ

最後に、突然ですが美術館学芸員を目指している人へ。
新卒、転職問わず、もし目指す美術館があるのなら(その美術館が学芸員募集をしているのを知って応募したいと思ったら)、美術館の年報・紀要にはがっつり目を通しておきましょう。

言うなれば、企業研究みたいなもんです。
美術館の過去10年分くらいの年報・紀要を読み込んで、どんな展覧会をやってきたのかは当然として、職員構成、館長や学芸員の顔ぶれ、それぞれの専門分野やどういう活動をしているか、今回のその中の誰かが抜けて募集がかかったのか、だとしたらどのあたりの分野を得意とする人が求められているのか、など分析しまくりましょう。
年報・紀要だけでかなり役立つ情報が得られます。面接できっと活きてくるでしょう。以上、老婆心ながら、年報・紀要の話をしたついでのアドバイスでした。

正直、そんな感じでこの業界を目指す人や、美術館や大学関係者以外、なかなか縁が無い「年報・紀要」。でも学芸員の仕事の中で、この年報・紀要に関する作業が締める比率はわりかし大きいので、ちょっと紹介してみました。

今後も、世間的にはあまり知られていないであろう、美術館の活動について思いつくままに紹介していこうと思います。


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