太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第39.3話 まんぞく村
「わたくしに質問?生意気ながきね」
先ほどの落ち着いた声とは一転し、今度の声には鋭い響きと気品が感じられた。まるで場違いな気がするほど上品で、どこか突き放すような冷ややかな態度を含んでいる。
「……誰だ?まだなんかいる……」
俺の疑問に、貴族のような声は小さく笑った。
「わたくしが誰だと思っていらっしゃるの?名も忘れ去られているかもしれないけれど、デミグラがわたくしを覚えていらっしゃるなら、それで結構ですわ」
その言葉の冷たい調子に、俺はさらに疑念を強める。彼女は「わし」と言っていたおばあちゃんではない。だが同じことについて話している……
この2つの声が何を意味しているのか理解できずにいる俺の混乱を察したのか、次の瞬間にはまた穏やかなおばあちゃんの声に戻った。
「すまんねえ……お前さん、驚かせてしもうたか」
再び落ち着いた声が俺に語りかけてきた。その口調に、俺はどこか安堵を感じるものの、やはり一抹の不安が拭えない。
「おばあちゃん……?さっきの高飛車な話し方をしていたやつとは、違うのか?」
「ああ、そうじゃな。あれは自分を“わたくし”と呼ぶ別のわしじゃな」
別のわし……俺はただ呆然としながらも、目の前の2つ(?)の存在が浅荷と過ごしていた記憶の一部を共有していること、真逆みたいな性格を持っているようなことが見えてきた。何しろ暗闇にいるわけだ。暗闇の中で、再び貴族風の口調の女が出てきて、挑発的な笑みを浮かべているような声が響く。
「まったく、おばあちゃんて何よ?」
俺はその語り口に僅かに反発を感じつつも、やはり浅荷にとって大事な記憶の一部なのかもしれないという思いがこみ上げてきた。彼女の明るさや楽しさの源として、どこか華やかさを伴った存在が彼女に寄り添っていたのだろうか。
「お前は、浅荷に何を伝えたいんだ?お前がこうして俺に話しかけてくる理由は何なんだよ?」
「理由?まあ、わたくしが望んでいることをあなたが理解するかどうかは関係ありませんわね。ただ……あの子が、わたくしのことを少しでも覚えていらっしゃるのなら、それが何よりですわ」
どこか高慢にも聞こえるその調子に、俺は言葉を詰まらせる。でも、なんか同じことしか繰り返さないけど……それだけ一途に真摯に思ってる……のだろう。その後、再び穏やかなおばあちゃんの声が落ち着きを取り戻すように闇の中で響いた。
「そうじゃのう、わしのことを覚えとるかどうか……それだけが、わしにとっても知りたいことなのじゃよ」
俺はその一貫しない口調に、徐々にこの2つの存在が浅荷にとって大切な思い出であるように感じた。二人が異なる角度から浅荷に寄り添っていたかのようだ。
「あんたらは、浅荷が楽しい時も、悲しい時も、ずっとそばにいたと……?」
「わしにとって、あの子はいつも小さくて……そばにおってやるだけで、ええんじゃよ。……お前さんも、あの子と一緒におるなら、そばにいてやっておくれ」
おばあちゃんの声は静かに懇願するような響きで俺に語りかける。その穏やかさが何故か俺の胸に刺さり、背後の冷たい闇も一瞬だけ柔らかくなるような気がした。
だが次の瞬間、その空気は再び張り詰め、貴族風の声が鋭く響いた。
「そこのあなた、わたくしが『お願い』すると思っているの?あなたはただ、わたくしが興味本位で話しかけている相手に過ぎませんことよ?」
高慢な口調で冷たく告げる態度の中にどこか誇りと品位をもった佇まいが感じられ、俺はただ呆気に取られながらその声を受け止めていた。
「でも……浅荷は、お前のことを今でも覚えてると思うよ」
俺がつぶやくように告げると、一瞬だけ貴族風の気配が驚いたように沈黙した。その後、何かを堪えるかのように、しんとした空気が張り詰め、貴族風の声はゆっくりと囁くように語りかけてきた。
「……そう。あの子がわたくしのことを覚えていてくださるなら……それが何よりも……」
その言葉が終わる前に、ふっと再びおばあちゃんの穏やかな声に切り替わった。
「すまんのう、デミグラちゃんの記憶に残っておるだけでも、わしらは多分どちらも幸せなんじゃ」
俺は、この二つの気配がそれぞれに浅荷への異なる感情を抱きつつ、共にその記憶に留まろうとしていることに気づく。そして、ふと二人に言葉をかけるように思わず口を開いた。
「あんたら、名前はないの?」
その問いかけに、二人の気配が一瞬静まり、やがて、どこか興味深げに貴族風の声が先に応えた。
「名を……わたくしに?まあ、それも悪くはありませんわね」
そしておばあちゃんの声もまた、かすかに笑いながら同意した。
「そうじゃのう、名を忘れたままでおるのも、長くなりすぎたわい」
その言葉に、俺はこの存在を浅荷の記憶の一部としていっそ「デミ」と「グラ」と呼ぶことを思いついた。