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太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第09話 Do you have the time,

まさかいい歌だとまで言ってくれるとは思わなかった。
「いい歌だとまで言ってくれるとは思わなかった」
「そうかな」
「うん」
「その前の『え』ってどうしたのよ」
「いや……嘘みたいだけど、俺もそう思ってた」
「へえ~」
浅荷は携帯の画面を再び見つめ直した。再度リピート再生したのだろうか。音量を下げているように見える。

「めっちゃプロだよね。いやそりゃそうだけど、こんな海外の『日本のグラサンの生放送』
みたいなのに出るぐらいだし、すーごい再生されてるみたいだし、重鎮?なんだろうけどさ」
「うん」
「別に技量で勝負してる感じっつうか、いやそりゃあたしは弾かないから一見簡単そうに見えて極悪に難しいことしてんのかもしんないけどさ───そういう熟練者みたいな人だけが許されてそうな番組なんだろうに、『俺達の技巧をみてくれ』みたいな感じじゃないっつうか」
「ああ……」
そうだなあ、と思った。あまり気づかなかったけど確かに全くその通りだと思う。Green Dayが特殊なのかも知れないが……。

「そうだね。この歌はCD版でも別にギターソロないし、もともとスリーピースだけどわざわざ最近はギターの人をさらに入れて3+1になって、この歌にもきちんと呼んでるけど別にふたりともソロを弾くわけじゃない」
「変わってんね」
「うん……」
俺は冷めつつある甘い液をさらにくるっとかき回してちびちび飲んだ。

「何を歌ってるんだろう」

浅荷はBasket Caseに興味を持ってくれたのだろうか。単にわざわざ珍しく俺から伝えごとをしたから、尊重してくれているのだろうか。

「いや~なんだろうな。歌詞は知ってるけど、和訳は知らないようにしてるっていうか、結構『よしといたほうがいい言葉』みたいのが散らばってるから、知らなくてもいい気がする……いわゆるアメリカの歌のグループが、アメリカという場所でメジャーデビューするなら歌う感じのことを歌ってると思ってればいいんじゃないだろうか」
「それはそれで難しくない?」
「うーん。あっちは例えばガキでもパーティをするみたいだから、『高校の頃とかに散々そういうパーティに出たりしたけど、結局根暗な友達とつるむだけで、女とは一言もしゃべれなかったぜ~~~』然としたことを歌ってるんじゃないだろうか。その上で世の中はクソだ、みたいなのとか」
「それが一般的な高卒ミュージシャンが歌いそうなことなの」
「もちろん、完全に俺の偏見でしかないけど、

……

いや、でもちろんそういうことじゃないのよ」
俺は乗り出さん勢いで力説し始めた。

「浅荷が照らすなんたらって言ったよね」
「ああ。照らしてるよ」
「あ、ありがとう?それで……何回かこのV見てくれればわかるんだけど、いきなり歌い始めるよね。この歌は」
「そうだね。それもCDと一緒なの」
「そう。で、よく聴くとAメロの終わりのNo doubt about itが終わって数拍すると、トレが最後の拍のさらに裏拍でハイハットをさっと鳴らしてるのね」
「ハイハット」
「あっ、シンバルが横になって串刺しにされてるやつね」
「ほぉー」
「あのハイハットがあるのとないのとじゃ大違いだと思うんだ」
「ちょっと聴いてくる」

浅荷は音量を上げる動作をしたように見える。また視線を携帯の画面に落としている。
俺はまたやることがないから暇を持て余すことになるのだが、この暇はまっっっっっっっっったく苦痛じゃないことにとっくに気づいていた。


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