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伊東のTUKUNE 09話 あたしピンクのハムスター

前回

https://note.com/fuuke/n/n7da49e2ffe5a

▼あらすじ

進学した僕は通学路にあった焼き鳥屋である ”伊東のTUKUNE” で買い食いがしたいがためにヤンキーになった。焼き鳥屋の前には常にヤンキーがたむろしていて、なぜか当時の僕は自分もヤンキーにならなければ買い食いができないと思っていたのだった。

手に収まるサイズの獣は、手のひらの中にいる彼女(彼?)自身と会話で意思疎通を図るために携帯電話をあまり持ち歩かない僕に蒲鉾板を買いに行かせたい。彼(彼女?)は、僕に「ワイヤレスイヤホンをつけて携帯電話で会話しているように見えるから、実際のところ独り言を言っていても何の問題もない現代の風習」を踏襲させることで自分との意思疎通をいつでもどこでもできるようにしたいのだった。

そこで選ばれた携帯電話の代替品が蒲鉾板だ。僕が今から買わねばならない物だ。蒲鉾板は黒くないので、多分その後は黒く塗りつぶすためのステッカーか何かを買いに行かされるのだろう。だって黒以外のカラーの携帯電話なんて、所有して何の意味があるんだ?僕には黒以外の携帯電話を持ちながら生きる人生の意味がわからない。

頭を整理すると同時に僕は、もっと大事なことが整理されていないことに気がついた。僕はそもそも色街に停めていた自転車を持ち出し、帰り道で伊東のTUKUNEに寄って帰るだけのはずだった。そこでわけのわからない少女にわけのわからない勧誘をされ、その見返りにハムスターを寄越された。そのハムスターは自分との意思疎通を重視している。つまり彼女(彼?)との関係がそこそこ中長期的に継続する模様である雰囲気が暗に示唆されている。

「わたくしはおハムながら生殖しません。だからレディのように丁重に扱ってくれる必要もないのですが、おハムなので”か弱い”からやっぱり丁重に扱ってもらうためにもレディだと思っていただいたほうがいいかもしれませんね。鞄の中でいつの間にか潰れていても寝覚めが悪いでしょう。いうなれば『あたしピンクのハムスター』という具合でしょうか」

なにかの歌謡曲の一節だろうか。ゴールデン帯にまるで穴埋めのように放映される、50年代~80年代みたいな古い歌を延々と流す生産性の低い番組で聴いたことがあるような気がする。

生産性が低い理由はその尺にある。もちろん流れてくる歌自体に生産性がないと言っているわけではない。歌とは芸術のひとつなので、生産の塊でしかない。

そして歌とは本来フルコーラスで聴くべきである。そもそも歌とはフルコーラスで存在しているプロダクトであり、クリエイティブであるからだ。それを数秒だけ切り取って映像広告に利用するのは単なる別商品のセールスやタイアップのためでしかない。だから1コーラスしか放映しないテレビ番組には何の価値もないのだ。

当該テレビ番組がプロモーションのために放映されている可能性はない。なぜなら別にその番組の最後に「今回紹介したヴィデオをすべてフル尺で収録したディスクを発売!!」などとは提示しないためだ。すなわちたった一分程度の懐かし映像とやらをまた見たいと思うのであれば、当該放映局に交渉し、資料室を訪れる権利なりなんなりを手に入れる以外に方法はなく、そこに利権権益は介在しない。あるのはお互いにそれを実現しようとすればただ疲弊するだけであり、ただ面倒であるという事実だけだ。

「ピンクの若いハムスターはお嫌いですか。殿方のために脱色しましょうかね」

彼女という代名詞で取り扱え、と示しているようだった。やっぱり心を読まれている気がする。

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▼次回

https://note.com/fuuke/n/n32ac2d8a0e45

▼謝辞

(ヘッダ画像をお借りしています。)


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