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「正欲」朝井リョウ

 アニメが好きで、ギャルゲーが好きだと言うと二次元に欲情するキモオタだと勝手に思われる。
下ネタが苦手だ、恋愛にあまり興味がない、好きな女の子はいないと言うとゲイだと勝手に思われる。
人の目を見るのが苦手で、目線を下に下げたら胸を見ていると思われ気持ち悪がられる。
勝手な理解も、勝手な無理解も人は容赦なく下し、決めつけ、私はあなたの理解者ですよと言いながら自分の理解のできない部分を見ると途端に無理解な対応を取る。そのくせ自分は「理解してやっている」と思い込んでいるから性質が悪い。
「愛情の反対は無関心だ」と言うけれど、本当は無理解なんじゃないかと思う。
理解してるつもりの無理解なら、無関心の方がまだマシだ。
いや、理解なんかしなくていい。ほっといてくれ。

 私は女性の事を恋愛対象として見る男性だ。
しかしこれまでの人生であまり人を好きになった事がなく、恋愛に対して興味が薄い。
中学生の時は、好きな相手すらいなかった。
それなのに私がある女子の事が好きで、その相手にストーカー行為を働いているという根も葉もない噂が流れた。
否定しても聞き入れてもらえないと察した私は卒業したら高校は男子校に行くのだからそれまでは我慢だと自分に言い聞かせて我慢したのだが、その高校は時代の流れに合わせるように男女共学になった。
ふざけんな、と思った。
ゆとり教育にしても、暑いのに体育館に生徒達を閉じ込める始業式や終業式にしてもそうだけど、大人の都合で俺達を振り回すなよと思った。せめて1年後にしてくれと思った。
幸いその女子は違う高校に進学したので(私がその進学先を避けたというのもあるが)、これで終わりだと思ったのだが、その高校でも私がある女子をストーカーしているという噂が流れた。
ふざけんなよ、と思った。
その女子は男子に人気のある女子で、一番美人だと言われていたけれど、私は他に好きな女の子がいた。
その恋を、自分の家庭の事情が色々あった事もあって諦めた矢先にそんな勝手に好きでもない相手を好きだと決めつけられて、目が合った時に目を逸らしただけで気があると勘違いされて、偶然校内のどこかで鉢合わせただけで待ち伏せていたみたいに思われて、噂に尾ひれつけられて、あたかも真実であるかのように言いふらされて、こそこそこそこそ、小さな声だけどこっちに聞こえる声が聞こえて来て、3年生になった時には更に運悪く隣のクラスになってしまい余計に噂されて、
私は限界を迎えていた。
そんな時である。
『悩みがあったら打ち明けて下さい』という紙が生徒全員に配られたのは。
これでやっと楽になれる。私はそう思い『なにか誤解をされているようです』と書き込んだ。
そんな時である。
前の席に座っていたクラスメイトが私の紙を勝手に覗き込んできたのは。
「お前がなに誤解されてるって?」
その口調にどこかバカにされているようなニュアンスが感じられて、私は書いていた文句を消して紙を提出した。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
高校が男女共学にならなければ、目を逸らした事を相手が勘違いしなければ、彼が紙を覗き込まなければ、
こんなに苦しい思いをする事無かったのに。
私は気が狂いそうな中高6年間を我慢に我慢を重ね、誰も進学しない地方の国立大学に現役合格した事でようやく地獄から抜け出した。

 地獄のような日々を生き抜けたのは、アニメや漫画のおかげだった。
元々好きだったというのもあるが、今週の続きを見たい、来週が来るまで死ねないというのが生きる理由になってくれていた。
今でも、アニメやゲームの画像やイラストを検索して見る時間が私の生きがいだ。
ところがどこにでも、スマホの画面を覗き込んでこちらの心の奥の一番柔らかくて脆い部分を踏み荒らしてくる人間というのがいる。
それぞれ理解する立ち位置を示したり、直接的に「キモい」と言ったり、こそこそとこちらに聞こえる声で誰かと話したりするのだが、こう思う。
ほっといてくれ。
確かにアニメやゲームの画像やイラストには、特に美少女のイラストには下着姿だったり肌色のものが多い。
けれども私はそれを性的な目線で見ている訳ではない。「絵」として見ているのだ。
私は絵を描くのも好きで、それで見ているのだ。たまには性的な目線で見ているが、いつもそうという訳ではない。
けれども例えば誰かのスマホやパソコンのフォルダの中にアニメやゲームの画像やイラストがいっぱいのフォルダを見たら、人はその人を「二次元のキャラクターに欲情するヤバい奴」と思うだろう。
そしてそれぞれ反応を示すが、一番性質が悪いと思うのが「理解している立場」に立つ奴で、彼らは大抵こういうのだ。
「でも、現実の人間にも目を向けないといけないよ」

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