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未来をつくる言葉:わかりあえなさをつなぐために(2022/8/29)/ドミニク・チェン【読書ノート】

新しいのに懐かしくて、心地よくて、なぜだか泣ける。
分断ではなく共話を
気鋭の情報学者が娘に語る人類の未来
哲学、デザイン、アート、情報学と、自由に越境してきた気鋭の研究者が、娘の出産に立ち会った。そのとき自分の死が「予祝」された気がした。この感覚は一体何なのか。その瞬間、豊かな思索が広がっていく。わたしたちは生まれ落ちたあと、世界とどのように関係をむすぶのだろう――。
東京発、フランスを経由してモンゴルへ。人工知能から糠床まで。未知なる土地を旅するように思考した軌跡。渡邉康太郎氏(Takram)プロデュースによる待望の文庫化!

ドミニク・チェン Dominique Chen
1981年生まれ。フランス国籍、日仏英のトリリンガル。博士(学際情報学)。NTT Inter Communication Center[ICC]研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部教授。人と微生物が会話できるぬか床発酵ロボット『NukaBot』の研究開発、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』の制作を行いながら、テクノロジーと人間、そして自然存在の関係性を研究している。

コロナが世界を席巻する中、私たちの日常は一気に変容を遂げた。街の喧騒が消え、静寂が支配する日々。国境を越えることのできない閉塞感に、心が重くなる瞬間も。しかし、この暗雲の中でも、私たちが通じ合うための一筋の光があった。
著者が言う、「完全にわかりあうことはできない。だが、その“わかりあえなさ”を共有し、それを受け入れて共に生きることが大切」。そして、そんな繋がりのためのキーは「コミュニケーション」。
世界は急速に変わった。著者がこのような状況を予見していたわけではないだろうに、その言葉がまるで今の私たちの心の中を映し出しているかのよう。絶え間なく拡大する分断。だが、著者は明るい未来を信じて言う。「『言語』が架け橋となり、違う背景や価値観を持つ人々を結ぶ」。言葉を武器に、私たちは過去の自分を乗り越え、新しい未来を描くことができるのだ。
この本は、情報学の先駆者であるドミニク・チェンによるもの。彼は「言葉」と「関係性」を中心に、多岐にわたるテーマを深く探求する。彼の視点から見るコミュニケーションの奥深さに、読者はきっと心を奪われるだろう。
要点として、生物が持つ独特の世界観を「環世界」と表現し、私たち人間がその中で独自の言語を持ちながら進化してきたことを強調。西洋哲学の弁証法と東洋の武道の教えを比較し、どちらも有効な視点であることを示している。そして、他者の言葉や思いに触れることで、新しい世界認識が生まれる魔法のような瞬間を紹介している。

領土と哲学の環

領土の意義とその背後の哲学
ジル・ドゥルーズ、フランスの著名な哲学者は、「脱領土化」という考え方を紹介した。この考えは、新しい知識を得るために未知の領域への探求の重要性を指摘している。領土から外れた後、新たな領土を探求し、再度離れる... このサイクルは、私たちが多くの異なる世界を経験することを可能にする。

「領土」というドゥルーズの考えは、生物学者フォン・ユクスキュルが提唱した「環世界」という考えからインスピレーションを受けている。この「環世界」は、各生物の独自の視点からの世界を示すものである。

地球にはさまざまな生命体が生息しており、それぞれの生物が異なる知覚を持つことから、それぞれ異なる環世界が形成されている。例えば、言語を使う私たち人間は、生物学的な環世界の上に言語を用いた抽象的な環世界を持っている。

ドゥルーズは「哲学者の役割は新しい概念を創出すること」と考えていた。映画監督が新しい映画を作成するように、哲学者は独自の「領域」を築き上げる。それぞれの表現方法には、固有の環世界が反映されている。

言語と文字の感覚

著者のルーツと言語への洞察
著者は日本の母と台湾の父を持ち、多文化的な背景を持つ。父は多言語話者として、様々な言語を操り、フランスでの留学を経て、フランス国籍を取得した。著者自身はアジアの血を引きながら、フランスの学校教育を受けた。

著者は、漢字「国」の形状に興味を持ち、その形状に関する仮説を立てた。この経験から、文字に対する自由な解釈の面白さを感じ取った。フランス語の文字と比較して、漢字は意味や由来がその形状に反映されていることを認識した。

著者は、異なる言語の文字に対する独特の共感覚を体験した。共感覚とは、一つの感覚を通じて異なる感覚が起こる現象を指す。

言語と認識の関連性

言語の役割と感じ取り
人の環世界は、言語を身につけることで大きく変わる。言語は、その地域や文化に合わせて発展してきた。

ジャック・ラカンは、「人の無意識は言語のように構築されている」と述べていた。これを「身体が言語を使用せずに世界を感じる方法」と解釈すると、言語と身体の密接な関係が見えてくる。言語は、私たちが世界を理解するための受け手とも言える。

例として、日本語の「儚い」という言葉は、フランス語では長くなる場合がある。言語ごとに異なる認識や知覚が存在することを示している。

東と西の文化と学び

思考と表現の違い
フランスの教育では、著者は文章の構造に焦点を当てた書き方を学び、フランス語の特徴や文化的背景を深く学んだ。特に哲学の授業では、「弁証法」という考え方、特に「正反合」の技法を学んだ。

この方法には、強い実践主義が基づいており、正確な構造の上にのみ有効な意見が存在するとされている。そして、この技法を持つ者だけが真の市民と見なされる、西洋独特の価値観が存在する。

守破離の哲学

著者が青春時代に経験した剣道から、「守破離」というコンセプトを学ぶ。これは型を堅実に守り、経験を重ねて破り、最終的には自身のスタイルを確立するという思想である。この原則は茶道で生まれ、後に武道や様々な芸能に広がっていった。

武道の型は、師匠から学ぶ動作を真似て、身体を訓練するものであり、単に理解するだけでは不十分。対照的に、正反合は文章を用いた論理的なアプローチであり、様々なトピックに適用可能だ。

二つのアプローチは異なる方向を指向しているように見える。武道の型は物理的に体得しなければならないが、正反合の論理は万能的に活用できる。ヨーロッパの弁証法と日本の武道の認識は、文化の成熟の仕方からも異なる二つの世界を描き出している。

ドミニク・プトトンとの交流

高校三年の時、著者はLAに移住し、哲学教師ドミニク・プトトンに出会った。彼の教え方が楽しく、哲学の深い面を感じさせてくれた。哲学の作業はゲームのようで、課題を元に論理を構築していった。彼の指導のもと、著者は完璧なスコアの論文を提出し、プラトンの洞窟の寓話を元にした励ましの言葉を受け取った。
異なる背景を持つ生徒たちも、共通の文化の一部として受け入れられる。この経験は、著者に新しい視点を提供してくれた。

無言のコミュニケーション

著者がUCLAのデザイン/メディアアート学科に進学した後、子供のころの美術の授業の影響を受けて、デザインの世界を探求し始めました。コラージュやフロッタージュのテクニックを駆使して、世界を再構築する楽しみを発見した。
ある日、オンラインで自らの作品が展示されることとなり、コミュニケーションは言葉だけではないと実感した。

新しい「言語」の創造

大学での研究を通じて、さまざまなアーティストの作品を学びながら、自らも作品を作成した。この経験を通じて、表現の読み取りと自らの表現が補完しあうことを理解した。

作成と観察のサイクルを繰り返すことで、個人的なスタイルが芽生え始めました。そして、自らの表現方法を築き上げる過程で、世界の理解が深まった。様々な形式での芸術作品を通じて、人類は常に新しい世界を発見し続けてきた。表現することは、受け手がその価値を発見するときに完全になるものである。



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