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ヒトの言葉 機械の言葉:「人工知能と話す」以前の言語学/川添愛【読書ノート】

私たちは本当に、「意味」が分かっているのか
AIが発達しつつあるいま、改めて「言葉とは何か」を問い直す――
AIと普通に話せる日はくるか。
人工知能と向き合う前に心がけるべきことは。
そもそも私たちは「言葉の意味とは何か」を理解しているか。
理論言語学出身の気鋭の作家が、言葉の「不思議」と「未解決の謎」に迫る

「言葉」……それは私たちが日常の中で、何気なく、そして瞬時に扱う魔法のようなもの。我々人間にとって、この魔法の使い方は自然で、子どもの頃から身についている能力のように思える。
そんな私たちが、この魔法を機械に教えることは容易だろうと信じていた。だが、この魔法の背後には複雑なルールや知識が隠されていることに、この冒険の手引きとも言える本を開くと気づかされる。

この本の中では、言葉の背後に隠された秘密や、文法の緻密な構造、さらには私たちが持つ意図の奥深さを、冒険家のように探求していく。その道のりは学問的でありながら、案内人のように優しい言葉で語られているので、迷子になることはないだろう。

目次
第一章 機械の言葉の現状
第二章 言葉の意味とは何なのか
第三章 文法と言語習得に関する謎
第四章 コミュニケーションを可能にするもの
第五章 機械の言葉とどう向き合うか


本書の要点

  1. AIは単なるコンピュータ上のシステムに過ぎない。コンピュータは基本的に数字を基に動作するもので、AIもその例外ではない。たとえ話すAIであっても、私たちが持つ言葉の認識の仕方とは異なる。

  2. 私たち人間が言葉を解釈する時、単に文法や意味だけでなく、文の背景や一般的な知識、倫理的価値観、そして感情や共感などの多くの要素を使用している。これらの豊かさを完全にAIに模倣させるのは、今のところ難しい。

  3. AIを参照点として、私たちの言語理解のプロセスや深さをより明確に認識し、理解する機会が増えることを期待している。

要約

コンピュータと言葉の解釈

数字を中心とするコンピュータの世界

コンピュータはもともと計算を主なタスクとする機械だった。それが文字符号や言葉を取り扱えるのは、すべてを数字の形で内部に表現するため。この変換プロセスを「符号化」と呼ぶ。コンピュータが音声や画像を処理する時も、実際には数字の列としてそれらを扱っている。従って、コンピュータが「こんにちは」という音を再生する場面でも、その裏では数字の変換が進行している。現代のAIも、人間が理解する方法とは異なる手法で言葉を処理している。

言葉の真実: 何が意味を持つのか?

私たちは日常的に言葉を使うが、「言葉の本質」とは何かに明確な答えはない。一般に、言葉の意味を問うと、多くは辞書の定義を元に答える傾向がある。しかし、辞書の定義はあくまで言葉の説明や再表現であり、真の意味とは限らない。言葉の意味をイメージや具体的な物事と結びつける考えもあるが、このアプローチも限界がある。そのため、意味の定義や存在に関する論点は、今も深く研究され続けている。

文法の起源

文法は言葉を組み立てるためのルールや原則を指す。しかし、人間がいつ、どのようにしてこれらの文法の原則を習得するのかは未解明の部分が多い。チョムスキーの「生得説」と、それに対する「学習説」の2つの主要なアプローチが存在する。それぞれのアプローチには説得力があるが、どちらの立場もまだ完全な証明は得られていない。

コミュニケーションと意味の探求

言葉は基本的に他者との情報交換を目的としている。このコミュニケーションの中心には「意図」があり、それは言葉の「意味」とは異なる場合が多い。言葉の中には多義性が存在し、その曖昧さを解釈することは私たちの日常の一部となっている。

曖昧性と言葉の不明確さ

言葉の中には「曖昧性」という現象が存在する。これは、ある言葉や文が複数の解釈を持つことを指す。例えば、「洗う」という動詞には多くの具体的な方法や状況が考えられる。服を洗う方法は食器を洗う方法とは異なり、どのような道具や洗剤を使用するかによっても異なる。このような言葉の中に存在する多義性を「不明確性」と称する。この不明確性を理解するためには、相手との共通の文化的背景や常識が必要となる。
また、言葉には文面だけではなく「言外の意味」も含まれる。言葉の直接的な意味と話者の真の意図とが異なる場合がある。

言葉の解釈と情報処理

我々が日常で使う言葉には多くの背景情報や文脈が伴う。人間はその文脈や背景情報をもとに相手の言葉の真意を捉える能力を持つ。しかし、機械にこのような複雑な解釈をさせるには、同じ文脈や情報を与える必要がある。しかしながら、感情や倫理といった非物理的な要因を機械に学習させることは難しい。

AIと言葉の理解

AIがある領域で高性能を達成したとしても、それが別の領域でも同等の成果を出す保証はない。例えば、将棋で強いAIが言語処理でも強いとは限らない。AIを多目的に活用しようとすれば、AIのタスクの切り替えや調整が新たな課題として浮上する。

また、人間の脳のように複雑な情報処理を行う機械を作成するという考え方もある。現在、脳の動作や構造を再現しようとする研究が進行中だが、そこには人間の言語能力だけでなく、意識や感情、社会性といった要素も関わってくる。このような要素を機械に実装することは、現在の技術では大変難しく、真の意味での言語理解機械の実現はまだ先の話であると考えられる。

言語: 人と機械の違い

機械が人間のように言葉を捉えるのは、近い将来においては困難であることを検討してきた。しかし、人間のような言語の解釈がなくとも、機械独自の「言語の理解」は存在するのではないか。この観点から、「この機械は言葉を理解している」と語る時、それは「機械が人間のように言語を理解している」という意味ではなく、「実務的な視点から、機械の言語処理が信頼できる」ということを意味する。

注意すべき点として、多くの人々が「この機械は言葉を理解している」という発言を聞いた際、前者の意味で捉えがちであることが挙げられる。このような誤解が広まれば、機械の言語理解能力に対する過大な期待や不安を生む可能性がある。そのため、「実務上、許容範囲内の言語理解」という基準を明確に定義しておくことが重要である。

私たちは普段、人間間のコミュニケーションを難なく行っている。しかし、その深層を探ると、多くの疑問や謎が存在することに気付くだろう。中心的なテーマは、「言葉の意味」や「コミュニケーション」の背後に隠された本質を追求することである。機械との対比を通じて、人間の言語理解に関する深い洞察を得ることができるのではないか。


#川添愛

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