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翼ある闇:メルカトル鮎最後の事件(1991/5/1)/麻耶雄嵩【読書ノート】

明治20年頃に設立した繊維会社から成長していった大阪に本社を構える大企業の創始者一族。今鏡家。
私立探偵の木更津が、依頼人である今鏡家の伊都からの依頼を受け、京都近郊の今鏡家の屋敷、蒼鴉城(そうわじょう)を訪れた。そこで、京都府警の車両が多数見られた。顔見知りの刑事から話を聞いたところ、伊都が殺害されたことが判明する。伊都の遺体は首が切断され、更に甲冑の鉄靴を脱がせたところ、足首がないことがわかった。木更津の指摘により、警官が生首を探しに行ったが、見つけたのは別人の首だった。この連続殺人事件がどのような結末に至るのかが語られる……

登場人物

  • 香月 実朝(こうづき さねとも):物語の語り手で、駆け出しの推理小説家。

  • 木更津 悠也(きさらづ ゆうや):実父が経営する興信所「木更津探偵社」の精鋭。選りすぐりの事件を解決する名探偵。あやとりが特技。

  • メルカトル鮎(メルカトルあゆ):銘探偵。独特の服装で、メタフィクショナルな視点を代表するキャラクター。

  • 河原町 祇園(かわらまち ぎおん):私立探偵。木更津より15歳年上で、街の有名探偵。

  • 辻村:京都府警捜査一課警部。木更津と親交がある。

  • 堀井:京都府警捜査一課刑事。辻村の右腕で、捜査一課のエース。

  • 伊都(いと):木更津の依頼人。細く小柄な老人。首なし死体で発見される。

  • 有馬:伊都の息子。生首が発見される。

  • 畝傍(うねび):伊都の弟。父・多侍摩の死後は、グループの会長職に就いていた。

  • 菅彦(すがひこ):畝傍の息子。43歳。伊都と有馬を殺した犯人を見つけて欲しいと、木更津に改めて依頼する。

  • 霧絵:菅彦の娘。20代前半。アメリカで長く生活。

  • 静馬:有馬と菅彦のいとこ。

  • 夕顔:静馬の妹で養女。20代前半。

  • 万里絵 / 加奈絵:有馬の娘。双子の姉妹で20歳を越えるが無邪気。

  • 御諸(みもろ):静馬兄妹の父親。夕顔にとっては養父。多侍摩の次男で、伊都と畝傍の間。3年前に死去。

  • 椎月(しいつき):多侍摩の娘。約30年前に駆け落ちして以来、消息不明。

  • 絹代:多侍摩の妻。夫より2年早く亡くなった。生前は女傑と謳われた。経営に抜群の才を示し、多侍摩が二代目として成功したのは絹代の存在ありきであった。出自は不明。

  • 多侍摩(たじま):今鏡グループの二代目。木更津たちが蒼鴉城を訪れる約1か月前に死去。享年95。約1か月前に死去。

  • 多野都(たのと):今鏡グループの創始者。抜群の経営才覚で、繊維会社から巨大企業へとのし上げた。多侍摩の父親。

  • 久保 ひさ:今鏡家の家政婦。70歳。勤続20年。

  • 山部 民生(やまべ たみお):作男。屋敷の雑務や簡単な大工仕事を担当。


京都の隠れた山々を背景に、フィクションの領域へと滑り込んでいく物語の展開は、現実と幻想のあいまいな境界を示唆する。この微妙な領域においては、通常の犯罪解明の方法論が適用されず、独自のルールが優先される状況が生じる。

予期せぬ異常事象、たとえば首のない遺体や密室の謎などが、物語に深みを加える一方で、物語全体に織り込まれるユニークな雰囲気が、物語の核心を形成する。蒼鴉城という舞台設定の緻密な構築は、新たな名探偵の出現や、二人の探偵による推理の応酬を説得力のあるものにしている。時には、大胆かつ奇抜な推理に発展することもあるが、これは現実の可能性よりも論理的な一貫性が重視されるためである。

この物語における殺人事件の捜査は、現実を超えた美学的な理論を尊重して展開される。推理は何度も繰り返され、それぞれが妥当であるかのように提示される。初期の推理に納得することも可能だが、その正確性を検証するのは難しい。警察が介入しているにも関わらず、個々の事件の詳細な捜査よりも、複数の事件を結びつける推理が優先される。ある推理が否定されると、より説得力のある新たな推理が提示される。

理論上は成立する推理も、その実現可能性には疑問が残る。さらに洗練された推理に進むためには、通常想像もつかないほどの洞察力が求められる。推理が深まるにつれて、矛盾は解消されるが、成立するための条件は極めて厳格である。誤認や特定の行動を必要とする条件は、実際にはほとんど不可能であり、一般的な推理小説では受け入れがたいものである。

それでもなお、物語は推理合戦を堂々と展開し、その瞬間の雰囲気が読者を引き込み、物語をスムーズに進行させることを可能にする。現実離れした要素が存在するにもかかわらず、物語内での登場人物たちの自然な受け入れにより、物語全体に一貫した説得力が保たれる。この推理の進展と、それを支える雰囲気の構築は、本格推理小説の魅力の一つであると言えよう。



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