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僕をためす口唇

忘れられない記憶。
 
 
僕には幼馴染おさななじがいた。
 
物心ものごころついた頃には、
常に隣にいた彼女。
 
親同士が農家ということもあり、
彼女の家とは家族同然の付き合いだった。
 
でも彼女は、
そういう田舎のならわしが嫌いだった。
 
そして卒業を機に、上京することに。
 
一昨日、彼女は、
親と大喧嘩したと連絡してきた。
 
その話を聞かされた僕は…
 
自分がしたいことは、
 止められないよね

 
そう言った。
 
 
彼女が上京する日。
 
無人駅のホーム。
 
見送りは僕だけだった。
 
彼女には恋人がいた。
 
僕は二人が農家をぐと思ってた。
きっと彼女の両親も…。
 
そういえば…
彼は、なぜ来ないのだろう?
 
ただ無言で、
反対側のホームをながめる二人。
 
僕はたずねた。
 
「ねえ、彼氏は来ないの?」
 
……昨日、別れた
 
「そ、そうなんだ…」
 
また二人は、
静かに電車を待った。
 
カンカンカンカンカンカン
 
かすかに聞こえる警報音。
 
遠い踏切の遮断機しゃだんきが、
下りるのが見えた。
 
遠くに見えてた電車は、
目の前で止まり、扉が開く。
 
下りる人は誰もいない。
 
「じゃあね」
 
短い別れの挨拶あいさつを残し、
彼女は電車に乗り込む。
 
出入り口のステップを1段上がり、
彼女は立ち止まる。
 
振り返った彼女は、
1段下りて僕に声を掛けてきた。
 
「ねえ、ちょっといい?」
 
彼女はそういって手招てまねきした。
 
言われるがまま、
彼女の元へる、僕。
 
手招きしたその細い腕は、
僕のえりつかみ…引き寄せた。
 
覚えてるのは…
れた皮膚の感触かんしょくだけ…。
 
「じゃ」
 
そのまま彼女は、
電車に乗り込み客室へと消えた。
 
ただ僕は呆然ぼうぜんと…
 
彼女を乗せた電車が動き出すのを…
遠ざかっていくのを…
ただながめてた。
 
ずっと…見えなくなるまで…。
 
 
その後、彼女とは何もない。
連絡もつかない…。
 
そして2年後。

僕は…
彼女の誘われるように、ここに来た。
 
偶然出会えるという…
あわい期待を胸に…。
 
でも、その人混みの中にも、
使ってたであろう駅のホームにも、
彼女の姿を見つけることは出来なかった。
 
そして月日は流れ…
 
僕はここで、
新しい人と出会い…結婚した。
 
今でも…
あのキスの意味はわからない。
 
なぜ…
なんで…
どうして…
 
ある日。
 
妻に友達の話として、
彼女との出来事を話してみた。
 
意味を知りたくて…。
 
すると妻は……
 
「ちょっとわかる」
 
そう言って少し微笑ほほえむと…
それ以上、何も言わなかった。
 
あの日…
あの唇…
 
その理由は…
永遠に謎のまま…。
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。 

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二月小雨
お疲れ様でした。