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ふたしきの小説

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「ものかき筋トレ」作品たちです。 どうぞ読んでやってくださいませませ。 (ㅅ˙³˙)オネガイダカラサ
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掌編小説『ただよりこわいものはなし』

掌編小説『ただよりこわいものはなし』

 ある日のことだ。
 私はいつものように、広場の片隅に屋台を設置した。人の姿はまばらで、それぞれが思い思いに休日の昼下がりを楽しんでいる。
 私が商品を陳列していると、高級そうな衣服を身にまとった、恰幅の良い男がやってきた。後ろをついて歩く使用人と思わしき青年は、気づかわし気に主人の額に浮かぶ汗をぬぐっている。
 その日初めてのお客とあって、私は張り切って接客に臨んだ。
「ようこそいらっしゃいまし

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短編小説『アンタレスの涙』

短編小説『アンタレスの涙』

「ほら、飲んで」
 朦朧とする意識の中、黒塊は声の主をたしかめた。砂埃に煙る視界の中には小さな影。
 傍に跪く少女が、両手を黒塊に差し出す。手のひらで象る椀の中には水があった。水は先ほど、奴隷商人の男が商品どもに注いで回ったものだ。商人と奴隷の列は数刻ごとに休息をとりながら、オアシスに栄える街を目指していた。ひとり、またひとりと干涸びていく中、これ以上の〈欠品〉は儲けに関わると判断した奴隷商は、貴

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掌編小説(23)『死活問題』

掌編小説(23)『死活問題』

「ごめん。俺、好きな人いるから」
「そうなんだ……じゃあ、仕方ない……よね」
「それに、君とは合わないと思うんだ。その——世界観が」
「なにそれ……」
 唖然とした表情の女子。これ以上かける言葉もないと思って、無言で立ち去った。なるべく早く、その場から離れたかったから。
 世界観が合わないというのは、別に言い訳のための抽象的表現というわけではない。
 幼い頃から何故か、俺には世界が歪んで見えた。

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掌編小説(22)『雨が止まないなら』

掌編小説(22)『雨が止まないなら』

 傘をひらけばいつも雨。
 それも土砂降り。
 傘をさそうがささまいが、どのみちびしょ濡れ。
 だから僕は傘を使わない。
 雨が降るなら降ればいい。たとえそれが止まない雨だとしても。

「あんたまたずぶ濡れじゃないの! 傘を使いなさいって言ってるじゃない!」
 お母さんが喚く。
「仕方ないよ。傘の中も雨なんだから」
「そんなわけないでしょ! いい加減うそはやめなさい!」
 僕はぐしょぐしょになった

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短編小説(1)『ホロウェイ(後編)』

短編小説(1)『ホロウェイ(後編)』

「それにしても、随分と遅い到着じゃないか。ウーフィ」
 燭台公は腰に手をあて、宿題を忘れた生徒を咎める教師のように狼を見下す。骸骨少年は恐る恐る、目の前の燭台頭に声をかけた。
「あの、あなたが燭台公ですか? ぼく、風船みたいな女の人にあなたに会うように言われて。ぼく、道に——」 
「なんだって? 君が少年を連れてきたわけじゃないのか」
「道に迷ったんです。ここに来れば……貴方に会えばどうすればいい

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短編小説(1)『ホロウェイ(前編)』

短編小説(1)『ホロウェイ(前編)』

 幼き骸骨少年は物憂げにため息をついた。
 身にまとうのは布切れひとつ。頭上に広がる曇り空のように、煤けたボロ切れただひとつ。
 今はひとり、沼のほとり。切り株に腰掛けている。
 沼を満たすのは錆色の泥水。聞こえるのは、ときおり水面に浮き出た空気がたてる、ぼこぼこという音だけ。沼をぐるりと取り囲む立ち枯れた木々も今は、耳を澄まし、口をつぐんでいる。
 骸骨少年が沼にたどり着いてから、すでに一昼夜が

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掌編小説(21)『クロミミとウォルナット』

掌編小説(21)『クロミミとウォルナット』

 風に吹かれた人形が、カタカタ音を立てました。
 パカっと開いた頭の蓋が、風の力で開いたり閉じたりを繰り返します。
 露天で売りに出されていた頃は、大きな飴を頭に入れられていましたが今は空っぽ。飴を失った人形は用無しとばかりに、道端に投げ捨てられてしまったのです。たまたまそこに生えていた、大きな胡桃の木の下に。

 偶然とは不思議なものです。それに、不思議であるからこそ偶然といえます。
 言い方を

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掌編小説(20)『選択する時間』

掌編小説(20)『選択する時間』

「お待ちのお客様、こちらにどうぞー」
 大学生くらいだろうか。明るい髪の色をしたスタッフの女の子が、こちらに向かって手をあげる。私は促されるままにカウンターへと歩み寄った。
「こちらからお選びください」
 彼女が二つ折りのメニューを広げる。最上段にはカラフルなドリンクの写真。限定商品らしい。その下には見慣れない単語がずらりと並んでいる。
 じっくり確認して、それらがサイズやトッピングというくくりで

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掌編小説(19)『風前の灯』

掌編小説(19)『風前の灯』

 気持ちよく昼寝していた私を誰かが揺り起した。
 夢の中でもちょうど誰かに呼び止められたところだったので、目が覚めたあと、現で私の肩をゆする呼び声の主が風の便りとわかるまで、少々の時間を有した。
「最近、妻の夢見が悪いようなんだ。見てやってくれないか」
 澄み切った森の空気に似つかわしくない曇り顔をして、風の便りは私の手を引いた。
 よほど気が急いているのか、風の便りは起き抜けの寝巻き姿のままだ。

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掌編小説(18)『根は腐らせぬよう』

掌編小説(18)『根は腐らせぬよう』

 深い深い森の奥。拓けた土地の中に、まばらに点在する人々の姿があった。人々は身じろぎもせず、朝日を一身に浴びている。遠目には、服を着た枯れ木のようにも見える。
 老若男女問わず、実に様々な人種が地に根を張っている。木こり、農夫、羊飼い、はては司祭にいたるまで。およそ数百ほどの人間は、薄くあけた眼で空を見つめている。
 憂いにまつろう人々は、その根が乾くまでここを去ることはできない。

 何日かぶり

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掌編小説(17)『夜半の邂逅』

掌編小説(17)『夜半の邂逅』

 ホーホー鳥が鳴いた。一度ならず二度も!
 こうしてはいられない。刻限は迫りつつある。
 戸口に立てかけた愛用の弓をつかみ取り、私は森を目指して走った。

     ◆

 予定通り、三日月の夜を選んで私は狩りに出た。
 夜目が利くほうではないが、そうも言ってはいられない。ホーホー鳥が鳴いたのだ。おちおち眠ってなどいられるものか。
 鬱蒼と生い茂る木々。枝葉をかき分けて進む。物音は立てない。相手は

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掌編小説(16)『降らす調べの送り風』

掌編小説(16)『降らす調べの送り風』

 風の名は知らない。
 そのひとつひとつに呼び名があることは承知していたが、ひゅうひゅうと嘯く彼らの言葉は私の枝葉を震わせるばかりで、ざわざわという音にすべてがかき消されてしまって、いつも何を聞き取ることもできなかった。

 春。
 どこからかふわりとやってきた風が、私に向かっておもむろに告げた。
「御身は知らねばならぬ。今はもう枯れゆかんとする御身の最期は、今はまだ芽吹かぬ写身たちへの教化なれば

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掌編小説(15)『赤い実』

掌編小説(15)『赤い実』

 空が青ければそれでよかった。
 天気が良ければそれだけ実は成るし、両親の機嫌も良い。それに、穏やかな波が適度に塩気を含んだ海風を連れてきてくれるから。

 私は島の外の世界を知らない。外の国の、名前も形もなにもかも。
 生まれ育った小さな島。時折やっかいな嵐もやってくるが、優しい島人の性格と、それを育んだ温暖な気候や豊かな自然が好きだった。
 島にはこれといった産業はない。島の外と交易などしなく

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掌編小説(14)『拾う標の向こう花』

掌編小説(14)『拾う標の向こう花』

 桜の丘が溶ける頃には、私はここを去らねばならない。

 清流の打ち崩す薄紅の山は、微かな名残も残さずにその姿を消そうとしている。頬を打つ冷たい水に髪をたなびかせて、私は今まさに「かつて」になろうとする【理の丘】を見つめていた。
 どこからか流れてきた青がどこかへと過ぎ去って行く。その只中に【理の丘】はあった。私が生まれ、糧を得る術を身につける頃には、その淡い色をした小高い山は、きらめく水面をはる

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