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新刊案内2(補足・発展編):『今さらだけど「人新世」って? 知っておくべき地球史とヒトの大転換点』(勉強資料)

ご案内(補足・発展編):参考情報  — 人新世をさらに読み解くために

本書の内容について、さらに詳しく知りたい方々へ。
本文では、かなり大きな視野から人新世とヒトの歩みをたどりました。大枠からの見方なので、個々の課題の詳細にはふれられませんでした。関連するより詳細な内容は、別途にて公開していますので、ご興味ある方は、以下などをご参照ください。

参考情報(ネット公開)
古沢広祐(2016)「人類社会の未来を問う ―危機的世界を見通すために 」総合人間学(OL.J)第10号:

http://synthetic-anthropology.org/blog/wp-content/uploads/2016/08/Synthetic-Anthropology-vol102016-p005-furusawa.pdf

・同(2018)「「総合人間学」構築のために (試論・その 1) ―自然界における人間存在の位置づけ 」総合人間学(OL.J)第12号

http://synthetic-anthropology.org/blog/wp-content/uploads/2018/06/OnLine12-furusawa.pdf

・同(2019年)「「総合人間学」構築のために(試論・その2) —ホモ・サピエンスとホモ・デウス、人新世(アントロポセン)の人間存在とは?」総合人間学(OL.J)第13号

http://synthetic-anthropology.org/blog/wp-content/uploads/2019/06/OL13_04_furusawa.pdf

・同(2022)「ポストヒューマンから人間存在を問う意義 ―「総合人間学」構築のために (試論・その 3) 」総合人間学(OL.J)第16号

・同(2023)「人新世におけるヒトの大加速化、文化進化、自己家畜化に関する一考察 ―総合人間学の構築に向けて(4)」総合人間学(OL.J)第17号

・参考:「公正で持続可能な社会に向けて~SDGsと脱成長コミュニズムから資本主義を問う~」イベントレポート・動画公開 Future Dialogue第4回(2021年):斎藤幸平さん、古沢広祐さんによる討論! 資本を民主化し、経済成長に依存しない社会構築とは?

 
・古沢広祐(2024) 「人類の発展を駆動してきた「資本」(資本新世)に関する一考察 ―総合人間学の構築に向けて(5)―」 (近日2024年5月頃公開予定:草稿の前半部分を紹介します。本項の最後に、一部掲載しておきます。)

★★:現在、総合人間学会の会長(第9期)を引き継いでいます。開かれた学会として、参加者をはば広く募っております❣❣ >> ご関心ある方は、ぜひご協力、ご参加頂けますと幸いです ❣ ❣
*総合人間学会趣旨 :新版(2019年):
http://synthetic-anthropology.org/?page_id=1932

◆入会案内:http://synthetic-anthropology.org/?page_id=57


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◆人類の発展を駆動してきた「資本」(資本新世)に関する一考察
  ―総合人間学の構築に向けて(5)― (草稿:前半部)

要旨:
 前回までは、人類発展の自然的基盤の上に、文化的進化がはたす新たな展開について論じてきた。本稿では、既述した三層構造の概念図の中央部分である社会経済の編成に関して、その展開動向について論じていく。
 社会・文化形成の重要な手段については、物質的な道具(加工技術)のみならず情報的な加工ツールとしての広義の「道具」の発展に注目してきた。道具と言えば、通常は物的側面のテクノロジーの発展を想起しやすいが、重要なのは個体をこえて社会組織体を発展させる駆動力としての道具(集合的関与力)である。それは、言語・記号・概念(倫理、論理、数学を含む)など抽象化(媒介的シンボル、虚構)の発展を契機としており、とくに貨幣や市場により有機的に広範囲で組織される社会経済システムの展開が人間活動の繁栄の土台を形成してきた。
その経済システムを駆動する源に関して、とくに「資本」という概念に注目してその考察を試みる。人類の発展を促進する経済的土台については、「資本」の在り方とそのダイナミックな様態への認識とともにそのコントロールが重要である。とくに最近のSDGsや国連の責任投資原則(PFI)、ESG投資、社会的インパクト投資の動向、さらに社会関係資本という資本概念の拡張についても論じていく。
 
キーワード: 資本主義、経済発展、資本新世、SDGs、持続可能な社会、社会関係資本

はじめに(簡単な振り返りと本稿のねらい)
 本シリーズでは、人間を総合的に理解するためのアプローチについて試論を展開してきた。自然界における人間の位置(その1、OL-J No.12)、人新世における人間存在について(その2、OL-J No.13)、ポストヒューマンから人間存在を問う(その3、OL-J No.16)、人新世におけるヒトの大加速化、文化進化、自己家畜化(その4、OL-J No.17)という流れのなかで、徐々に全体像へと迫ろうとしてきた。各回で多くの論点を見てきたが、これまでの流れの中で重要な論点としては、以下の三つの視点を強調したい。すなわち、人間存在の三層構造のとらえ方と人間存在に関わる2つのパラドックス(謎)が重要であり、それらは総合人間学的な視点を導く上での手がかりとなる。
 まずは、三層構造(通常の認知世界、深層の社会・文化的存在、潜在層の生物・宇宙的存在)という視点で、個人、類としての人間存在、生物や宇宙史を抱え込んだ存在の重層性を示した。そして、さらにそこには多くの疑問(謎)があるのだが、大きくは二つのパラドックスが考えられる。すなわち、宇宙と人間についてのパラドックスがあり、多元宇宙論(マルチバース)と人間原理に関してのものである。つまり、宇宙がこのような宇宙である理由は人間存在を抜きに論じられないという見方(人間原理)は重要である(青木2013、須藤2019)。宇宙論に関わる謎ではあるが、あくまで生物の認識において把握される「環世界」(ユクスキュル1995)で生じている事象でもある。詳細には踏み込めなかったが、「ウロボロスの蛇」図に象徴されるように、存在論的には「私の中の宇宙があり、宇宙の中に私がある」の視点(相互規定性)を、三層構造ともからめて論じた。
 もう一つのパラドックスは、サピエントパラドックスと呼ばれる現生人類(ホモ・サピエンス)進化での脳の増大にまつわる疑問(謎)である(入來2022)。多様な考え方のなかで、拙稿では、特に道具利用の発展形態(ミーム的進化)と自己家畜化論的展開(家畜化症候群の発現)からの見方を提示した。なかでも文明的発展を促進したのが文化的進化、とりわけ能力拡張としての広義の道具の展開(人間⇔道具の有機的展開)に注目した。こうした内容は、人新世という時代を考えるための一般向けの普及書でコンパクトにまとめている(古沢2024)。
 本稿では、人間活動の急拡大(グレート・アクセラレーション)が、まさに人新世という時代の画期を生み出したという点について、とくに産業革命以降の今日の状況に焦点をあてる。その中でも人間活動が地球規模にまで拡大したグローバリゼーションの推進力について、人間の経済活動のエンジン役を担う存在としての「資本」に注目する。人新世とは、「資本新世」において特徴づけられているとの視点から、以下、論じていく。

1.「資本新世」という展開 ― 成長・拡大で成り立つ資本主義
1) 増殖し拡大する資本の動向
 人新世の時代については、人間による環境改変が生物進化の枠をこえた文化進化のレベル、歴史・文化とくに経済・政治的な文脈で生じている点から見ていく必要がある。その契機には道具的発展があるのだが、注目すべきは言語、法、貨幣といった重要な媒介項の存在である(岩井2015)。それぞれの役割についての詳細は省き、本稿では貨幣と市場の発展、とくに資本主義的な展開に焦点をあてていく。人間による環境改変は、新石器時代や農業革命から行われてきたが、とりわけ産業革命後の展開とくに資本主義的な経済発展と産業編成がきわめて重要な契機となった。
 ただし、一言で資本主義といっても、商業資本主義、産業資本主義、金融資本主義のような発展段階的な区分や、福祉国家と社会民主主義、新自由主義的な資本主義など、様々な特徴からの見方がある(コッカ2018)。ここでは便宜的に、資本主義を拡大増殖する資本の運動メカニズムを内在化した経済体制として大きくとらえる。より多くの富を産み出す経済的な発展形態、その駆動力としての「資本」のダイナミズムに注目する。このような考え方の延長線上で、最近は「資本新世」という造語が提起されだしている(ボヌイユほか2018、ヴァイバーほか2018、ムーア2021、ヒッケル2023)。
 資本新世の初期段階で、工場式畜産や広大なモノカルチャー(単一栽培)がグローバル展開して未曽有の自然収奪を引き起こしており、それを「植民新世」と見るような視点も提示されている。それらの詳細には踏み込まず、ここでは社会経済構成体としての人類活動の拡大(資本の拡大増殖)が、地球全体を覆いつくす時代を資本新世と考える大枠の見方から、以下、論じていく。
 今日の経済は、貨幣(商品)経済があらゆる領域に浸透して、経済的な価値形成と資本が大きく機能する経済システム(市場経済、統制経済、混合経済)上で、運用される時代をむかえている。近代経済学での資本概念は、土地と労働を本源的生産要素とし、工場や機械などの生産設備、在庫品、住宅などを固定資本として、原材料や労働力は流動資本として、各種の資本要素の働きの上で経済活動をとらえる“資本は土台”として扱ってきた。つまり、どちらかと言えば静態的な視点である。それに対して、マルクス経済学での資本概念は、自己増殖を行う価値の運動体として、資本という存在を有機的な動態様式(ダイナミックに増殖と蓄積を繰り返す運動体)としてとらえている。
 その点では、経済システムの動きの問題(矛盾)を資本蓄積の動態としてとらえるマルクスの視点は興味深く、本稿ではその見方から考察していく。具体的には、近年の動向とくに2008年のリーマンショックを契機に深刻化した世界金融危機を例に、そこで顕在化した経済的矛盾、拡大増殖システムに内在化する資本主義の問題点を、動態的に分析してみたい。
経済の発展過程を20世紀百年間で見た場合、世界人口は約4倍に増加した一方で(15.6億人から60億人)、世界のGDP(国内総生産)総額(GWP)は約18倍にまで拡大してきた(2兆米ドル規模から38兆米ドル規模、1990年基準値、Angus Maddisonデータ、以下では米ドルをドルと略)。その急拡大ぶりは著しく、まさしく人新世を特徴づける大加速化(グレート・アクセラレーション)の様子を端的に示している。
 経済規模の急拡大の原動力になってきたのが、様々な産品の生産増と交易・交換(市場)の拡大であった。こうした産業資本を拡充して経済を発展させてきた実体経済の動きに並行して、それを支える土台として金融や信用機能の働きが重要な役割をはたしてきた(金融資本主義の展開)。経済成長を実現する実体経済とそれをサポートする金融システムの動きに注目すると、そこでは実体経済との乖離がしばしば見られ、いわゆる大小のバブル経済の伸縮が起きてきた。わかりやすく単純化して描き出すと以下のようになる。
 自給的な経済から分業の発展へと進み、さらに技術革新、交換関係が広く普及するにつれて市場経済が発展してきた。とくに産業革命から工業的生産様式が世界大に広がるなかで(生産力の急拡大)、いわゆる資本の拡大増殖過程がグローバルに展開してきたのだった(産業資本主義)。市場経済は、生産・所有されたものの自由な売り買いが中核をなすのだが、資本主義経済ではその円滑化と活性化を促す仕組みとして、金融や投資などが大きな役割をはたす。そこでは、日常的なフローとしての売買とともに、将来を見越した信用創造(貸し付けによる金融の拡大)が促進されて、資産(ストック)形成と経済活動における価値増殖が進行する。簡単にいえば、利得が増えるプロセスとして、再生産活動が拡大し価値増殖(利潤増加)していく仕組みが自律的に展開していく経済体制、資本主義が頭角を現して急拡大するのである。
 いわゆる資本の拡大増殖が自己展開していくわけだが、注意したい点は資産や金融活動の拡大には、他方では負債・債務の拡大を表裏の関係で伴っていくことである。成長は借金(負債)を梃子にして促進される、つまり投資と負債の連鎖的促進によって否が応でも成長する状況が組み立てられる。それは個人的な富の形成から、企業の成長過程、各国の経済成長に至るまで、共通にみられる動態である。こうした拡大・成長に呪縛されたシステムが、一方では豊かさや繁栄を産み出すのだが、他方ではバブル経済や貧富の格差などの矛盾も生じていく。
 とくに現代経済は、いわゆる産業資本主義の段階から金融資本主義が優勢となる展開(金融自由化)になったことで、昨今の世界金融危機に象徴される事態をも招いたのだった。歴史的には、資本主義経済の矛盾や歪み(経済恐慌等)の克服として、統制・計画経済による社会主義体制も一時的に成立したのだが短命に終わり、資本主義が世界を制するシステムとして今日に至っている(ミラノビッチ2021)。
 現代経済システム(資本主義)の拡大で生じてきた矛盾の特長は、巨視的視点からは2つの問題群として考察できる。すなわち、金融システムの肥大化と富の偏在化いう問題、そして国家の管理・調整を越え出て多国籍化する企業活動のグローバル化という問題である。つまり、資本の自己増殖運動が成長拡大へと駆り立てる仕組み(金融の肥大化)を生じさせながら、大企業の利潤蓄積が国境を超えてグローバル展開していくことで、諸問題(富の偏在と格差)を生じてきたのだった。言いかえれば、人間や社会を豊かに育むはずの資本という存在が、逆に資本増殖のために人間や社会を支配・従属化する矛盾(疎外現象)を、資本主義社会は産み出していると言ってよかろう。

世界経済の主役は巨大多国籍企業 拙著『食・農・環境とSDGs』P198-199

2)成長の呪縛と金融資本主義の拡大
 金融システムの矛盾からみていこう。世界金融危機を経済のバブル現象としてみたとき、無謀な株式の高騰を契機に発生した1929年世界恐慌と対比すると、その規模や複雑化した仕組みは、飛躍的な発展をとげている。2008年の世界金融危機の特徴は、金融自由化の促進により、サブプライムローン(過度な不良貸し付け)やCDO(債務担保証券)、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)など各種の金融商品が広範に普及したことで、グローバルな暴走状況が引き起こされたのだった。経済活動がモノやサービスの売買(実体経済)の範疇を逸脱して、信用膨張と投機(マネーゲーム)が水面下で広がり、それがグローバル化して金融経済が実体経済を大きく侵食する事態となったのである。
 世界経済が金融資本と結びついて投機的マネーに揺さぶられる状況は、世界の金融資産規模(証券・債券・公債・銀行預金の総計)が総額167兆ドルとなり実体経済の約3.5倍の規模に達したことに示されていた(2006年度)。この金融資産規模は、1990年時点では2倍規模だったことからその急膨張ぶりがわかる。なかでも世界のデリバティブ(金融派生商品)の市場規模は12兆ドルと2000年の約3倍に急拡大しており、その想定元本は516兆ドルと実体経済の約10倍規模に達したのだった(「通商白書2008年版」)。実体経済が金融(マネーゲーム)により大きく翻弄される危うい世界経済構造が創り出されてきたのである。2008年の世界金融危機によって世界経済は大きく揺らいだのだった。
 その後、調整局面をへて落ち着きを取り戻したかにみえるが、基本的な問題構造は存続している。ここで注意したい点は、各産業が個別生産活動で産み出す利益の動向(諸資本が産出する富)を把握し、高度な情報の集積・管理・運用(金融工学)によって儲かる投資や金融商品(株式、債券等)を操ることで巨額の利益を手にできる、まさしく資本の高次展開(金融資本主義的発展)である。それが、昨今の金融バブルや資源・食料などの高騰を生じさせる大きな引き金となってきた。当面の金融秩序の混乱は収まったものの、富の肥大化(諸資本の拡大・膨張)の高次展開様式(グローバル金融資本主義の発展)は存続しており、踏み込んだ経済・社会制度の改革には至らずに綱渡り状態が継続している。
 この世界金融危機の背景について、ごく簡単に描き出してみると次のようになる。それは、金融を梃子にしたバブルの創出という問題と、そのバブルを可能にした米国経済に結びついた資本主義の拡大圧力(無理な消費拡大と金融的な信用膨張の相補的関係)に特徴づけられる。とくに危機の根底にある大きな矛盾は、戦後の世界経済の拡大・膨張システムであり、その中核を支えてきた米国経済の構造的歪みである。世界経済の中核に位置し(米ドルを基軸通貨とした世界経済体制)、国際貿易のリード役としての米国経済は、長らく輸入超過による経常赤字(過剰な消費)を積み上げることで世界経済をけん引してきた。いわゆるグローバル・インバランス(経常収支の不均衡)問題である。
 その結果として米国の負債(政府・企業・家計の総計額)の規模は膨張し続けてきたが、それは現金決済からカード決済が普及し、各種ローンが用意されて借金しやすいアメリカ的生活様式として定着したことによって促進されてきた。その延長線に金融商品の開発と普及拡大があり、行きつく先に過剰貸し付け(サブプライムローン)破綻を生じさせ、最終的にグローバル金融危機にまで至ったのであった。
金融危機はひとまず乗り切ったかにみえるが、構造的問題は抱え込んだままである。米国の負債総額は、連邦政府の公的負債が約31兆ドル、家計債務は約17兆ドル(2022年末)にまで膨らんでいる。世界全体の債務総額をみても増加傾向にあり、ドルベースで235兆ドルとなり、対世界GDP(世界総生産額、名目)比で2倍以上(238%)になっている(2022年末、IMF世界債務データベース)。
 2008年世界金融危機では、欧米経済を中心に深刻な事態を生じたが、ちょうど勃興していた中国経済が巨額の財政支出を行ったことなどで、経済回復の下支えをしたのだった。その後は、米国経済の相対的な位置が低下して、中国などの新興国、グローバルサウスと呼ばれる新興途上国の台頭によって、今日の多極化体制へと推移してきた。
 現在の資本主義経済の根底には、実体経済の市場規模以上に人々の期待を膨らませる”煽りたて経済”とでも言うべき性向が内在している。とくに需要拡大と信用の膨張をひき起こしがちな構造的体質には注意すべきである。経済成長を実現させてきた資本主義経済は、成長に呪縛されており実体経済を無理にでも煽り立てる仕組みを内在させてきた。それは米国経済に象徴される負債体質が、グローバル化のもとで世界中に広がり、世界経済の成長をリードしてきたことと深く関係しており、それは今日の世界経済がかかえる脆弱性でもある。
 この性向は日本において顕著であり、巨額の財政赤字を積み上げる結果を招いている。同じく欧州経済や中国経済においても、似たような状況下で推移している状況にある。現代の世界経済が内在する矛盾とは、成長の呪縛とともにその裏面で進む負債の増大としての両側面からとらえることが重要であり、矛盾を克服する道(オルタナティブ)を志向するには、この呪縛からどう脱却するかについて考える必要がある。その際、短絡的に「脱成長」を志向するだけでは問題解決にはつながらず、世界経済の矛盾構造に慎重にメスを入れて、各種改革を各国のみならず国際レベルまで積み上げていく多角的な政策対応が必要である。
 しかし当面予想される動きとしては、バブルをいとわずに停滞経済を無理やり活性化させていくか、成熟局面にある先進諸国以外の中国やインド、ブラジルなどの新興国の経済成長(需要創出)を喚起して、資本循環の活性化で経済を維持するか、それらの組み合わせのシナリオなどが考えられる。可能性としては、次なるイノベーションへの期待を膨らませ、何らかのバブル傾向の創出を煽ることによって、従来の延長線上で経済を維持し継続・膨張させる道筋が想起される。しかしながら、それは矛盾の解決というよりは、問題の先送りでしかない。

3) 企業(資本)活動の多国籍化と富の偏在化
 次に、もう一方の問題である企業活動のグローバルな展開(多国籍化)と富の偏った肥大化(格差拡大)についてみていこう。世界経済の主体は、国民経済という枠組みをこえてグローバル化が進展しており、その様子は各国の経済規模(国家の歳入)と企業の売上高との比較を見るとよくわかる。もともとの企業活動は、各国経済に大きく依存して発展してきたものだが、事業の展開は国境の枠を超えて広範囲にグローバル化しており、その規模の大きさは国家の経済規模をしのぐ勢いで拡大している。
 実際、2015年度の各国歳入金額と多国籍企業の売上高を比較した時、上位100のうちの3分の2以上(70)が企業によって占められている。経済活動の主体は、いまや国民経済以上に巨大化した多国籍企業へと移行しており、国家の経済規模を上回る企業優位の時代を迎えていることがよくわかる。*1
それは、世界的ベストセラー『21世紀の資本』で知られるトマ・ピケティが問題視した現代資本主義で顕著になってきた格差拡大とも深く関わっている(ピケッティ2014)。同書においてピケッティは、労働による所得(経済成長率:g)よりも資本(資産)による収益(資本収益率:r)が上回る傾向を明確に示したのだった。つまり格差が顕在化し資産を有する富者が独り勝ちしていく、現代資本主義の危機的な事態を明らかにしたのである。それは、企業活動の拡大と収益の増大とともに、その富の蓄積(資本)を自在に操る超エリート層(資産家層)が生みだされることを意味していた。
 そこでは、富の肥大化(諸資本の拡大・膨張)の高次展開様式(金融資本主義的発展)とも関わって、グロテスクなほどの富の偏在化を産み出している。多少大げさに言えば、現代版錬金術の時代が出現してきたと言ってもよい現象が生じているのである。それは、たとえば超富裕層「グローバル・スーパーリッチ」(プルトクラート)の台頭などという言葉で語られるようになった(フリーランド2013)。とくに深刻な経済格差の状況に警鐘を鳴らしたのは、国際NGOオックスファム(Oxfam)であった。世界のビジネスリーダーが集まる世界経済フォーラム(通称ダボス会議)に合わせて、2016年1月発表した報告書「最も豊かな1%のための経済」におて、衝撃的な内容を明らかにしのである。報告書では、格差拡大の実態が次のように浮き彫りにされた。
 「世界で最も裕福な62人が保有する資産は、世界の貧しい半分(36億人)が所有する総資産に匹敵する。この数字が、わずか5年前2010年には388人だったことが事態の深刻さを示している。一方で、2015年には、世界人口の貧しい半分の総資産額は、2010年と比較して1兆ドル、41%減少。同時期に世界人口は4億人増加。 世界の資産保有額上位62人の資産は、2010年以降の5年間で44%増加し、1.76兆ドルに達した。」(オックスファム2016)
さらに注目すべき指摘としては、世界の富裕層・多国籍企業は、社会が機能するための納税義務を果たしていない状況も告発している。世界の大企業211社のうち188社が少なくとも一つのタックス・ヘイブン(租税回避地)に登記している状況や、そうした口座にある個人資産額は、推定で約7.6兆ドルにのぼると指摘したのである(同上)。*2
 続く2019年報告では、過去2か年(2017~2018)に新しい億万長者が2日毎に生まれ、最富裕者26人が世界の下層50%の人々と同じ額の富を保有することになったことが示された。2018年、最富裕層の資産が12%増え、下層半分の富は11%減少した。いわば同年、地球上での9千億ドルの資産が下層半分から最富裕層に移転しているような状況ということである。コロナ禍を経た世界状況について2023年報告では、世界上位1%の富裕層が過去2年間で新たに獲得した資産は、残る99%が獲得した資産のほぼ2倍に上るという。2024年報告では、世界の50億人近くが貧困化しているのに対して、億万長者の資産は2020年より3兆3000億ドル増加しており、とくに最富裕者5人は2020年以降、資産を4,050億ドルから8,690億ドルへと2倍以上(1時間当たり1,400万ドル=約2億円)増やしたと指摘している。*3
 他方、分析視点は異なるものの同様の現状分析が公表されている。お金持ち(資産家)の資産運用を担う世界的な投資会社「クレディ・スイス」が公表する「グローバル・ウェルス・レポート」においても、ほぼ似たような格差の状況が示されている。控え目な推定である同レポートの「世界の富のピラミッド」(図1、2022年版)を見ても、世界上位1.2%の富豪(1兆5千万円以上の資産保有者)が世界の富の約半分(47.8%)を所有している。それに対して、世界下位53%の成人28億人(150万円未満の資産保有者)は、世界の富の1.1%を占めているにすぎないことが示されている。*4


世界の富のピラミッド:図の出典:「グローバル・ウェルス・レポート2022」 http://keizaireport.com/516624/

4) 富裕層の浮上(貧富格差)と社会編成の歪の深刻化
 こうした極端な経済格差の拡大については、ピーター・フィリップス著『巨大企業(ジャイアンツ)17社とグローバル・パワー・エリート―資本主義最強の389人のリスト』が詳しい分析を行っている。同書よれば、書名が示すようなトランスナショナル資本家階級(TCC、世界富裕層1%)を具体的に抽出して実態分析がなされている(フィリップス2020)。すなわち、17のグローバル金融巨人(1兆ドル以上の資本を支配する資産管理会社)が合計41兆1千億ドル以上の規模で投資を行い、巨額の資金運用をおこなっている状況が明らかにされている。
 関連しては、前述のダボス会議に集まる名だたる富豪とその周辺を取材した書籍に、ピーター・S・グッドマン著『ダボスマン 世界経済をぶち壊した億万長者たち』がある(グッドマン2022)。同書でも、「ダボスマンは、・・・・各地の租税回避地を使って、約7兆6000億ドルを秘蔵しているが、これは全世界の家計収入総額の8%に達する。」(同書、p425)などのように、庶民の世界とかけはなれた資産家たちの様子を明らかにしている。
 同様に、ウィリアム・I・ロビンソン著『グローバル警察国家―人類的な危機と「21世紀型ファシズム」』においても、トランスナショナル資本家階級の歴史的な形成過程を考察しつつ、最近の社会のデジタル化やAI化によってさらに加速する危機的事態に関して警鐘を鳴らしている(ロビンソン2021)。とくにデジタル化・AI化による資本主義の変容については、ショシャナ・ズボフ著『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』において、より詳細に多角的な究明がなされている(ズボフ2021)。
 こうした極端な格差を生み出す歪んだ世界の経済構造のもとで、深刻な社会編成の危機が近年進行したのだった。国民経済における再配分や調整の機能が大きく低下してきているのである。企業活動の優遇のために世界的に法人税の引き下げ競争が進み、他方で消費税の導入とその税率の上昇をまねいてきた。貧富の差を調整するはずの所得の再配分機能は大幅に低下し、力のある事業家・経営者・資本家こそが巨額の経済利益をうみだす源泉として、高額所得者の税金を大幅に低減させてきた。先進諸国での所得税の最高税率は、70%前後(1980/90年代)から軒並み30~40%へと低下したのだった。
 さらに課税の不公平という点では、金融の活性化が叫ばれて、わが国では銀行預金・債券等の利息、株式・投資信託・FX等の利益にかかる税率は一律約20%(分離課税)とされてきた。金融所得の割合が多い富裕層ほど税負担が軽くなり、税負担の公平性が歪んで富裕層が優遇されてきたのである。さらに最近では、誰もが投資で儲ける機会づくりとして、2024年1月から個人投資家のための税制優遇制度(新NISA)が導入された。株式・投資信託等から得られる配当金・分配金や譲渡益を非課税にしたのである(新規投資額で毎年120万円上限、非課税期間は最長5年間)。
 岸田政権の発足時のスローガン「新しい資本主義」については、所得格差の是正や富の再分配には踏み込まずに、「資産所得倍増プラン」が掲げられて、資産運用ばかりに焦点が当てられたのだった。新しいどころか従来型の資本主義の延長線上で、投資促進の成長戦略をより際立った形で政策展開されたと言ってよい。
 富裕層における巨額配当収入については、上手に運用して課税を最小限にする手立て(海外の資産管理会社の活用等)が様々に工夫されている。近年注目されだしたタックス・ヘイブン(租税回避)問題をみるように、富裕層はグローバル世界で最大限の自由を謳歌しており、その実態は既述したとおりである。さらにその実態を支えている舞台裏については、ブルック・ハリントン著『ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番 世界トップ1%の資産防衛』において、詳しく紹介されている。租税を巧みに回避して世界規模でマネーを操る、資産管理の職業的プロ(ウェルス・マネージャー)の活躍があってこそ、世界各地に富豪が生まれ続けているのである。同書によれば、世界人口の1%の富豪層が金融危機以降も着実に増え続けて、その富の総計は50兆ドル以上、米国のGDPの約3倍規模、世界上位15カ国の総額を上回っているという(ハリントン2018)。
 経済活動を担う企業経営においては、競争経済下でより有利かつフレキシブルに経営展開するために、労働コストの引き下げ競争を激化させてきた経緯がある。アウトソーシングや海外移転が進む一方で、雇用の流動化として、正規雇用から非正規や派遣社員などへのシフトが起き、安定した雇用条件が緩和され不安定化される事態を生んできた。結果として、企業収益に占める労働賃金への配分割合(労働分配率)は、OECD(経済協力開発機構)などのデータが示しているように1980年代以降ほぼ一貫して低下してきた。企業の儲け(内部留保、配当)は増大しているのに対し、勤労者の賃金は抑えられてきたのである。そして、多くの先進諸国の貧富の格差(ジニ係数)は、近年拡大の一途をたどってきたのであった。
 そこでの歪みは、税収の伸び悩み状態が続く中で、災害など緊急事態への対応、不況・景気対策や社会保障費の増大などによって、財政的な危機が深刻化する事態をもたらしている。税収不足の埋め合わせについては、比較的補足しやすい消費税などの増税にしわ寄せされてきた。その一方で顕著になった事態は、「パナマ文書」「パンドラ文書」などで明らかにされた企業や富豪の国際的な租税のがれ(タックス・ヘイブン)の深刻な状況であり、既述のとおりである。この問題の根は深く、金融自由化や投資活動の促進とともに多国籍企業の収益確保の手段とされてきたからである。投資や金融の優先政策は、ヘッジファンド(金融・投機)の活動を下支えするとともに、それに付随するかのようにタックス・ヘイブンを一種の闇経済のように出現させたのであった。国境を越えてグローバルに展開する企業や資産家の活動の収益確保、利潤蓄積においては、必然的に租税を最小限に抑える手だて(租税回避)が伴いやすく、その仕組みは巧妙を極めているのである(志賀2013、マーフィー2017)。
 
 以上みてきたように、グローバル化と資本の拡大増殖のなかで、企業活動が産み出す富の分配には大きな歪みが生じている。そうした矛盾のしわ寄せは、結局のところ国民一般へと押しつけられる事態となっており、消費増税、競争激化と労働強化、ストレス増大、国家の債務拡大と財政危機などを生んでいるのである。いわば国民生活の内実を一方的に低下させながら、企業活動の円滑化が最優先され、資本の拡大増殖が進展して超富裕層を浮上させるという、まさに歪んだ世界経済が形成されてきたのであった(ハーヴェイ2012, 2017)。
 こうした事態への対応について、どう考えたらよいのだろうか。『21世紀の資本』で格差の深刻さに警鐘を鳴らしたトマ・ピケッティは、その後の最近の著作『資本とイデオロギー』において、格差が生まれる様々な歴史的経緯(格差レジーム)を分析して、それが政治的でイデオロギー的な帰結であることを明らかにしたのだった。言い換えるならば、格差は政治的かつイデオロギー的に克服できるものであるとして、私有財産への関与(累進資産税、土地改革等)、資産の分散とユニバーサル資本支給、公正賃金とベーシックインカム(基本所得保障)、炭素排出への累進課税など、いわば参加型社会主義的な展望について示唆したのだった(ピケティ2023)。それは、本稿で問題視してきた資本の拡大増殖メカニズムを、各国のみならず超国家的にコントロールしていく可能性、資本新世という時代に対する「資本の民主化」という大きな課題の提示であり、課題解決に向けての展望を指し示したものである。
 本稿では、資本の民主化を念頭に起きつつ、その方向性をめざす具体的な展開がどのように胎動しているかについて、後半ではその動きに焦点をあてていく。持続可能な社会経済に向かう近年の動向(レジーム形成)について、次にみていくことにしよう。


近年のレジーム動向の変化(年表は筆者作成)


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