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【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session17】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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2015年(平成27年)11月03日(Tue)文化の日

 祝日の今日、学の『カウンセリングルーム フィリア』がある新宿のオフィス街も何時もよりひともまばらで、学は自宅近くの駅から電車に乗り新宿へと向かった。

 何時もの時間だと電車の中はひとで溢れており、都心のラッシュアワーと重なり、学にはそれが苦痛であった。そのため学のカウンセリングルームでは、朝10時からのカウンセリングを行っていた。それでも平日だとかなりのひと混みで、学は電車の中でこの苦痛の時間をどうやり過ごすかとても苦労していたのだ。しかし今日は『文化の日』で、電車の通勤客や通学する学生も少なく、学にとってカウンセリングルームに向かうまでの間、自分の中にある嫌な感覚を抱くことは無かった。

 そして『文化の日』とは、『自由と平和を愛し、文化をすすめる日』と言うことらしく、1946年(昭和21年)に日本国憲法が公布された日であり、日本国憲法が『平和』と『文化』を重視していることから1948年(昭和23年)に公布・施行された祝日法で、『文化の日』と定められたことだと言うことを、学は調べ知っていた。

 この日は午後15時から彩とのカウンセリングが入っていたので、学はカウンセリングルームにあるアクアリウムを見つめながら彩が来るのを待っていた。そして約束の時間の少し前に彩は学のカウンセリングルームを訪れたのだった。

木下彩:「こんにちは、お久しぶりです。宜しくお願いします」
倉田学:「こんにちは、木下さん。宜しくお願いします」

 学と彩のカウンセリングはこうして始まった。この一ヶ月もの間に彩は少しずつではあるが、最初に学が彩に感じていた『明朗でおしとやか』と言う印象が少し薄れて来ているように学には感じられたのだ。
 それは学が彩に近づきすぎて彼女本来の姿を観ることが出来なくなったのか、彼女の中のもうひとりの人格の綾瀬ひとみと統合し始めたせいなのか、学にもわからなかった。そして学は、もうひとりの人格のひとみと交渉をし始めたのだ。

倉田学:「ひとみさん、仕事の方はどうですか?」
綾瀬ひとみ:「ええぇ、おかげさまで順調よ」
倉田学:「そうですか、それは良かった。僕はあの店に何度か行ったんだけど・・・」
綾瀬ひとみ:「そう言えばあなた、お店に来てたわねぇ。ハロウィンのとき」
倉田学:「ええぇ、まあぁ」
綾瀬ひとみ:「あなた何しに来てるの?」
倉田学:「それは教えられないよ」
綾瀬ひとみ:「じゅん子ママと、何かコソコソ話してるでしょ!」
倉田学:「僕はじゅん子さんと、話をしていただけです」
綾瀬ひとみ:「ふぅーん。まぁー、あなたのことだから・・・。どーせ、カウンセリング関係でしょ!」
倉田学:「ご想像に、おまかせ致します」

 こうして学とひとみのやり取りが行われたのだ。学はひとみと言う人格が、勘の鋭い頭のキレる女性だとこのとき思った。そして彼女の今の仕事が、彼女の才能をフルに発揮できる場所であることも理解出来たのだ。それから学はこう続けた。

倉田学:「もしあなたが木下さんと統合したとしても、あなたが無くなるわけではありません。あなたと木下さんの良いところが統合すると考えてみてください。そう考えれば、木下さんの人格を受け入れることは出来ませんか?」
綾瀬 ひとみ:「そうねぇー。わたし彩の人格よく知らないし」
倉田学:「あなたも木下さんも、素晴らしい人格です。そして、僕はふたりの人格が好きです」
綾瀬 ひとみ:「上手いこと言うわねぇー。で、本当はどっちの人格が好きなのよぉー」
倉田学:「僕は、ふたりの人格がひとつになったら、もっと好きになると思います。そう思いませんか?」
綾瀬ひとみ:「本当にそう思ってるの?」
倉田学:「はい。そうなれば、素敵だなぁと思います。」
綾瀬ひとみ:「あなたって、おかしなひと! 『天然記念物』みたい」
倉田学:「それは褒め言葉ですか?」
綾瀬ひとみ:「そうよ」

 こうして学とひとみのカウンセリングは終えようとしていた。ひとみから彩に戻った彩は、学にこう言ったのだった。

木下彩:「倉田さん、もうひとりの人格は何て言ってましたか?」
倉田学:「ひとみさんは、おそらく木下さんのことを受け入れてくれると思いますよ」
木下彩:「本当ですか、倉田さん」
倉田学:「でも、木下さんをすぐに受け入れるのは難しいかなぁ」
木下彩:「そうですか」
倉田学:「ひとって何かを手に入れようとすると、何かを失うんじゃないかって、不安になるから」
木下彩:「何となくわかります」
倉田学:「僕も昔、そうだったから・・・」

 こうして学と彩のカウンセリングは終わったのだ。次回のカウンセリングの予約を11月15日(日)の15時から入れ、彩は学のカウンセリングルームを後にしたのだった。彩が帰った後、学のカウンセリングルームに聴き覚えのある女性からの電話が入った。そしてその女性はこう言ったのだ。

美山みずき:「すいません、美山みずきと申します。『カウンセリングルーム フィリア』の倉田さんでしょうか?」
倉田学:「はい、そうですが・・・」
美山みずき:「今からわたしのお店で、訪問カウンセリングを受けることは出来ないでしょうか?」
倉田学:「ええぇ、今日はもう予約が入ってないので大丈夫ですが・・・」
美山みずき:「ありがとう御座います。19時からわたしのお店でカウンセリングできますか?」
倉田学:「はい、大丈夫ですが・・・」
美山みずき:「では、お待ちしています。宜しくお願いします」
倉田学:「因みにカウンセリングって、どのようなご相談なのでしょうか?」
美山みずき:「ええ、うちのお店ののぞみの件です」
倉田学:「そうですか、わかりました19時に伺います」

 こうして電話を切ったのだ。学はみずきのお店に向かう準備をして、学のいる新宿からみずきのお店がある銀座へと向かったのであった。そして19時少し前に『銀座クラブ SWEET』のお店へと入って行ったのだ。するとすぐさま、みずきが学の元に近付き、深刻な面持ちで学に話し掛けたて来たのだった。

美山みずき:「お待ちしていました倉田さん。のぞみに倉田さんの話を説明し、のぞみとわたしで精神科に行って来ました」
倉田学:「そうですか。それでどうでしたか?」
美山みずき:「倉田さんの言われていたように、『発達障害』の可能性が大きいと」
倉田学:「それで、具体的には何と言われましたか?」
美山みずき:「まず自閉症スペクトラム障害(ASD)。そしてアスペルガー症候群(AS)の可能性も高いと・・・」
倉田学:「そうですか、わかりました。僕が思うに、まず自分の『特性』をちゃんと自分で理解するところから始める必要があると思います。『発達障害』は先天的な病で治ることはありません」

倉田学:「一生死ぬまで、うまく付き合って行くものだと思います。その為にも、自分の癖をよく知っておく必要があると思うんです」
美山みずき:「わたし達は、どうしたらいいのでしょうか?」
倉田学:「まず、彼女の『特性』を理解してあげることから始める必要があるでしょう。それは彼女に対して、変な同情や哀れみみたいな感情を抱くのではなく、ひとりの『個』として見てあげてください」
美山みずき:「わかりました。そうするとまず、のぞみ自身が自分の『特性』を理解する必要があるのですね。そして、わたし達も彼女の『特性』を知っておく必要があると言うことですよね」
倉田学:「そうです。周りの環境により、彼女の障害やストレスを軽減させることは可能です」
美山みずき:「この件について、まだ他のスタッフには話してないのですが、話したほうがいいのでしょうか?」
倉田学:「まず、本人がこのことについて真剣に向き合う必要があります。そして自分の『特性』を理解し、彼女が他のひとに話すことを同意したなら、話したほうがいいと僕は思います」
美山みずき:「もし、のぞみが他のひとに話すことを了承したら、わたしからスタッフ達に話したほうがいいのでしょうか?」
倉田学:「できれば、そのほうがいいと思います。何故なら、このお店は美山さんのお店ですよね。彼女やわたしから言うより、ここにいるスタッフには、あなたから言ったほうがスタッフからの協力を得られると思うのです」
美山みずき:「そうですか。その時は倉田さんも同席して貰えますか?」
倉田学:「もちろんです」

 こうして学とみずきの会話が終わり、この日のカウンセリングは終了となった。学は思ったのだ。『障害者』だとか『健常者』だとかでひとを判断する今の世の中を・・・。そして障害の程度に関係なく生きづらい人生を送っているひと達がいて、また障害の有無を問わず多くのひと達がこころ病んでいる今の社会を・・・。「僕は何のために心理カウンセラーを目指していたんだろう」と、しばらく学は自分に問い掛けていたのだった。

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