【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session18】
※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。
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2015年(平成27年)11月15日(Sun)七五三
今日は朝から晴れやかな青空で、着物姿の子供を連れた両親が神社へと七五三のお参りに出掛けるのを学は観たのだった。慣れない草履を履いた女の子が父親に手を繋がれて、時折履いている草履が脱げては立ち止まり、そしてまた歩き出す姿を微笑ましく眺めていた。
学は自分の親と幼少時代にそんな微笑ましい出来事が一度も無く、今では父の顔すら良く思い出すことが出来ない。またそのことを思い出そうとすると、身体がそれを拒絶する感覚を覚えるのだ。だから学は,、自分の過去を振り返ることをずっと避けて生きて来た。もし過去を思い出しても、それは学にとってとても辛い過去であることが想像出来たからだ。そんなことを考えながら学は、自分のカウンセリングルームがある新宿へと向かった。
そして午前中のカウンセリングを終えて、午後からの彩とのカウンセリングに備えたのである。すると何時ものように彩が学のカウンセリングルームにやって来た。
木下彩:「こんにちは倉田さん。今日は七五三ですね」
倉田学:「こんにちは木下さん。そのようですね」
木下彩:「倉田さんは小さい時、どんな子だったんですか?」
倉田学:「僕ですか・・・。僕は小さい時からずっとひとりで・・・」
木下彩:「倉田さん、おとなしい子だったんですか?」
倉田学:「僕は、あまりひとと関わることが少なく」
木下彩:「駄目じゃないですか。倉田さん」
倉田学:「いや、僕が関わるのが嫌とかではなく。ただ、そういった機会が無かっただけで・・・」
木下彩:「わかりました。今日は、わたしがカウンセラーです」
倉田学:「いやぁー。僕はカウンセリング、お願いしてませんが・・・」
木下彩:「大丈夫です。こう見えても、わたしカウンセリングを倉田さんより受けてますから・・・」
倉田学:「僕はどうしたら、いいのですか?」
木下彩:「そうそう確かここで、『既往歴』と『生育歴』を聴くんでしたよねぇ」
倉田学:「間違っちゃいないけど・・・。パスしていいですか?」
木下彩:「駄目ですよ倉田さん。カウンセラーは、わたしなんですから正直に答えてください」
倉田学:「僕の過去を知っても、何にもなりませんよ」
木下彩:「いいんです。カウンセラーにとって大切なのはラポール(信頼関係)ですよね。それなんです」
倉田学:「それも間違っちゃいないけど・・・」
木下彩:「そして、この時間をどう使うかはクライエントの枠(時間・お金)って言ってましたよねぇ」
倉田学:「いや、それはちょっと・・・。カウンセラーも枠(時間・お金)も、木下さんになっちゃうじゃないですか」
木下彩:「バレちゃいました」
倉田学:「バレますよ。いちおうこれでも、心理カウンセラーですから」
そんなやり取りを学は彩として、彩のカウンセリングが始まったのだ。そして終わり掛けに彩のスマホが鳴った。彩は学に透からのLINEであることを伝えると、学はメッセージを観るよう彩に伝えたのだ。そしてその内容とは、「Yes You Can!!!」であった。たちまち彩の表情が一変してひとみへと変貌したのだった。
綾瀬ひとみ:「あらぁ、わたしは出来る女よ!」
倉田学:「そのようですね。さっきまで、もうひとりの人格の木下さんとカウンセリングをしていたのですが時間オーバーです。このあとの予定は?」
綾瀬ひとみ:「じゅん子ママのお店で仕事よ」
倉田学:「そうですか。僕も19時にじゅん子さんのお店に行くのですが・・・」
綾瀬ひとみ:「わたしをエスコートしてよ!」
倉田学:「それはカウンセリングに入ってないので・・・」
綾瀬ひとみ:「わかったわ。わたし統合するのやーめた」
倉田学:「そんなこと言っていんですか?」
綾瀬ひとみ:「いいわよ。困るのは、もうひとりの人格の彩でしょ!」
倉田学:「・・・わかりました。一緒に行きましょう」
こうして学とひとみは銀座にあるじゅん子ママのお店へと向かったのだ。道中、学はひとみにしてやられたと思っていた。学は心理カウンセラーなので『交渉術』もそれなりに長けていたのであるが、ひとみの方が一枚上手だったからだ。そして二人はじゅん子ママのお店へと入っていった。するとそこに透が待ち構えていたのだ。
樋尻透:「いやぁー、珍しいねぇ。今日は倉田ちゃんと同伴なの?」
綾瀬ひとみ:「ええぇ」
樋尻透:「倉田ちゃんに、何かご馳走とかプレゼント貰った?」
綾瀬ひとみ:「ええぇ」
樋尻透:「何なに?」
綾瀬ひとみ:「駆け引き」
樋尻透:「ひとみちゃん、駆け引きってなに?」
綾瀬ひとみ:「ひ・み・つ♡」
樋尻透:「倉田ちゃん、教えてよぉー」
倉田学:「僕は、わかりませーん」
こうして学とひとみと透が話している時、ひとりの女性が颯爽と現れ、透の耳元で何やら呟いているのが学には見えた。その女こそ探偵の今日子である。二人の会話はこんな内容であった。
今日子:「あなたの両親と妹を殺した犯人の居場所が・・・」
樋尻透:「えぇ、本当か!?」
今日子:「まだ、はっきりとはつかめてないが、犯人は関西の方にいるみたい」
樋尻透:「関西のどこにいるんだ?」
今日子:「それを今から絞り込んで」
樋尻透:「それは、いつ頃わかりそうだ?」
今日子:「今年中には、ある程度の居場所を」
樋尻透:「引き続き調査を・・・」
今日子:「わかったわ」
そう言うと、今日子は店を出て姿を消したのだ。その間にひとみは学の元を離れ店の奥へと入って行った。そしてすぐにじゅん子ママが現れたのだ。
じゅん子ママ:「倉田さん、お待ちしていました。宜しくお願いします」
倉田学:「こちらこそ、宜しくお願いします」
こうして学とじゅん子ママのカウンセリングが始まった。じゅん子ママの地下鉄サリン事件(オーム真理教)当時の築地駅での出来事が、次第に鮮明に思い起こせるようになって来たのだった。それは当時の体験を徐々に克服することが出来るようになって来ていると言うことでもあった。こうして学はじゅん子ママとのカウンセリングを終えたのだ。学がお店のフロアに出て来ると、透が待ち構えていたのだった。そしてこう言った。
樋尻透:「今日こそは逃がさないぞ! じゅん子ママと何を話してたんだぁー」
倉田学:「秘密です」
樋尻透:「秘密ですって。お前なんかより、俺の方がじゅん子ママと付き合い長いんだからなぁー」
倉田学:「遠くの親戚より近くの他人」
樋尻透:「馬鹿にしてるのかぁ、倉田ちゃん」
そこにじゅん子ママがすぐに駆けつけ、こう言った。
じゅん子ママ:「透、いい加減にしなさい。今後一切、わたしと倉田さんの件について変なこと言ったら縁切るからね」
樋尻透:「すいません」
それを尻目に学は店を出たのだ。悔しい透は店を出た学に向かってこう言った。
樋尻透:「ただで済むと思うなよぉー」
学はこころの中で言った。
倉田学:「負け犬の遠吠え」