【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session09】
※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。
▼Cast&Index
・Cast
・Index
2015年(平成27年)09月02日(Wed)
子供たちの夏休みも終わり9月に入ったが、夏の暑さはまだまだ続く残暑の残る夕方である。
学はみずきのお店に向かうため電車に乗り、新橋駅へと向かった。スマホの地図を頼りに、みずきのお店がある銀座8丁目へとおのぼりさんのように彷徨いながら吸い込まれていった。学はみずきのお店だと思われるビルの前まで辿り着くことが出来たのだ。そしてエレベーターで、みずきのお店『銀座クラブ SWEET』がある3階へと昇って行った。
倉田学:「こんばんは、美山みずきさんはいますか?」
みさき:「こんばんは、どちら様でしょうか?」
倉田学:「倉田学と言います。美山さんに、このお店に19時に来るよう言われまして・・・」
みさき:「そうですか、みずきママのお客さまですね」
倉田学:「ええぇ、まあぁ」
みさき:「ちょっと待っていてください。みずきママ呼んで来ますから・・・」
学は自分が場違いな場所に来てしまったなぁとこの時思った。それはお店があまりにも煌びやかな飾りつけで、且つシックでいながらとてもお洒落な空間であったからだ。また他のお客さんを観ると、とても高そうな身なりや時計といった装飾で身を纏っていたからだった。学はと言うと着慣れないスーツで身を纏い、何時もと違い落ち着かない堅苦しい格好でいたからだ。
しばらくすると店の奥からみずきが現れた。みずきは、こないだ学のカウンセリングルームで観た時よりも化粧のせいか、またこのお店の華やかさのせいなのか、このお店に負けないぐらい煌びやかで水々しい果実のような艶やかな美しさを醸し出していたのだった。
美山みずき:「お待ちしていました倉田さん。ようこそ『銀座クラブ SWEET』へ。さあぁ、こちらへお掛けください」
倉田学:「ありがとう御座います」
美山みずき:「飲み物は何にしますか?」
倉田学:「ウーロン茶で・・・」
美山みずき:「倉田さん。もちろんわたしがご馳走するので、なにもノンアルコールのウーロン茶でなくても」
倉田学:「いや、カウンセリングの仕事でお店に来ているから・・・」
美山みずき:「倉田さん。お酒飲まないのに、この店にひとりで来るのは他のスタッフに変に思われますから・・・」
倉田学:「わかりました。それではウイスキーの水割りでも」
こうして学はみずきからおしぼりを受け取り、そのおしぼりで手を拭いた後、何やらおしぼりを広げてたたみ出したのだ。そしてあっという間におしぼりでペンギンを作り、ポケットから何時ものピンク色のあやとりを出し、胴体のところで結んでペンギンの羽の付け根を止めたのであった。学は満足げに微笑みながら、目の前に出されたウイスキーを見つめていた。そしてグラスの氷の動きを眺めていたのだ。そこに突然ひとりの女の子が学の傍に現れた。
ゆき:「かわいぃー。それペンギンですか?」
倉田学:「うん。そうだけど・・・」
ゆき:「どうやって作ったんですか?」
倉田学:「おしぼりを丸めて、それを真ん中で2つに折って」
その声を聴きつけたみさきが、学のところに駆け寄って来た。そしてゆきとみさきの二人は声を揃えたかのようにこう言ったのだ。
ゆき: 「かわいぃーい」
みさき:「かわいぃーい」
そう二人は、学がおしぼりで作ったペンギンを観て言った。そしてすかさずみさきは学にこう尋ねたのだ。
みさき:「他にも何か作れるんですか?」
すると学は少し考えこう答えた。
倉田学:「ウサギとかトトロとか・・・」
みさき:「本当ですか、観てみたーい」
ゆき: 「観てみたーい」
その時、ちょうど一人の女性が現れたのだ。そしてみさきとゆきにこう言った。
のぞみ:「あなた達、今日は忙しいのよ! 持ち場のホールのお客さまの相手をちゃんとしないと」
このようにのぞみがみさきとゆきに声を掛けると、二人は残念そうにこう返事をしたのだ。
みさき:「はぁーい、すいません」
ゆき:「すいません、持ち場に戻りまーす」
そしてのぞみは学の作ったおしぼりのペンギンを観てこう言った。
のぞみ:「かわいぃーわねぇー、あなたが作ったのね。わたしの名前はのぞみ、のぞみって呼んでくださいね。あなたの名前は?」
倉田学:「倉田学と言います。ありがとう御座います」
のぞみ:「倉田さんね。見たことないから、このお店は初めてよねぇ?」
倉田学:「ええぇ、そうですが・・・」
のぞみ:「でもわたし、ひとの顔と名前を覚えるの苦手なの、でも倉田さんならすぐに覚えられそう」
倉田学:「そうですか、どうしてですか?」
のぞみ:「だって倉田さん、面白いひとなんだもん」
倉田学:「僕、面白いですか?」
のぞみ:「そうよ。あなたちょっと他のひとと違うところあるから」
倉田学:「僕には、自分の何が変わっているのか良くわからないんだけど・・・」
のぞみ:「なんかあなた観てると、こころくすぐられる感じかなぁ」
倉田学:「それは、いい意味なのかな?」
のぞみ:「そうね。あなたみたいなひと今少ないから。それと今日、わたしの26歳の誕生日なの」
倉田学:「それはおめでとうございますのぞみさん」
のぞみ:「ありがとう。わたし達の出逢いと、わたしの誕生日を祝って乾杯しましょう」
のぞみもスタッフから飲み物を受け取り、学はのぞみと乾杯したのだ。
のぞみ:「カンパーイ!」
倉田学:「カンパーイ!」
こうして学はのぞみと初めて合い、会話を交わすこととなったのだ。そして乾杯を終えるとのぞみは飲み物を一口だけ飲み、彼女の26歳の誕生日を『銀座クラブ SWEET』のお店を挙げてお祝いしたのであった。だから学がお店に入った時、煌びやかな飾りつけがされていたのだ。そして今日はのぞみの誕生日をお祝いするために駆けつけたお客さんで、店内はとても賑わっていたのだった。
またこの日が終戦の日(もうひとつの終戦記念日・対日勝戦記念日 戦後70年)であることなど、誰ひとり気づいている者など居なかったのだ。お客さんの接客がひと段落したみずきは、学の元に近づいて来て次のようなことを学に言った。
美山みずき:「さっきのぞみと話しているのを見掛けたけど、何か気がついたことはありましたか?」
倉田学:「うーん。ちょっとしか話していないし、まだ良くわからないです」
美山みずき:「そうねぇー、何か方法はあるかしら?」
倉田学:「無いこともないけど、ちょっと手荒な方法になっちゃうかも・・・」
美山みずき:「それが彼女のためになるなら」
倉田学:「彼女のためになるかは、僕にもわからないです」
美山みずき:「わかりました。では、次回のカウンセリングをお願い出来ますか?」
倉田学:「また、こちらのお店に来ればいいのでしょうか?」
美山みずき:「ええぇ。9月20日(日)19時からでお願い出来ますか?」
倉田学:「ええぇ、大丈夫です」
こうして学はウイスキーの水割りを三杯ご馳走になり、『銀座クラブ SWEET』を後にしたのだ。まだ時間は21時をちょっと過ぎ、これから本格的にのぞみの誕生日を祝うために、お客さんが学と入れ替わりにどっと押し寄せて来るのである。
それはのぞみ自身も気づいていない部分ではあるが、のぞみにはひとを惹きつける天性の素質を持っていたからだ。『銀座クラブ SWEET』のママであるみずきもまた自分が昔そうであったように、彼女の姿を自分の若かりし頃の姿に重ねて彼女を観ていたのかも知れない。それがたまたま終戦の日(もうひとつの終戦記念日・対日勝戦記念日 戦後70年)と言う大きな節目の日でもあったのだ。