振替休日

生きる力

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必死に生きているだけなのに真面目とか言うなよ

「〇〇さんは真面目だから」 私がこれまでの人生で何万回も聞いてきて、呪いになっている言葉。 私はただ、与えられた場所で与えられた条件の中与えられた人生をただただ必死に生きているだけなのに、「真面目」というラベルを貼られてしまう 。 というか、真面目ということにしておきたいのはそっちのほうなんだろう。真面目ということに、不器用だとか、愛嬌がないとか、融通がきかないとか、そういうことが言いたいくせに、真面目だとかって言って逃げている。そっちが非真面目の特権を得たいだけだろう

    • 外車の真横でパス練(無季自由律)

      • 一生懸命無駄な動きをするよりは、何もしないで指示を持つほうがよっぽど無害でいられるって、気づくのが5年遅かったワネ

        • ミスプリントの魂

          本屋のバイトで、先輩が小さめの裁断機でコピー用紙を裁っていた。「メモ用紙ですか」と聞くと「そうそう。証拠隠滅よお。ミスプリントの」と言っていた。 ミスプリントされたコピー用紙は裁断機で裁たれてメモ用紙に生まれ変わる。それだけのことだけれど、裁断機がさーっという音を立てながら紙を十字を切るようにに裁つ様子は、コピー用紙の魂を成仏させる儀式のように思えた。 書店員がミスプリントの魂を成仏させる儀式を行った産物として、レジ横にはメモ用紙が綺麗に端を揃えて佇んでいる。

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        必死に生きているだけなのに真面目とか言うなよ

          「リップ塗って大喜利する」ハイパーピンボール理論~ド歩く編~ 実践記録

          この記録は、オモコロ編集長 原宿さんの「ハイパーピンボール理論 ド歩く編」に基づく実践記録である。 視聴者のお悩み「どうやってやりたいことみたいなものを見つければいいのでしょうか。」 少し前の動画だけれど、これを久しぶりに見返して、「私もド歩こう」と思った。 やってみたいことがちらと思い浮かんでいた。大喜利をしてみたい。 今まで大喜利のコンテンツを観るのは好きだった。昔からIPPONグランプリが好きだったし、最近は大喜る人たちとか。 そして大喜利については、自分でも

          「リップ塗って大喜利する」ハイパーピンボール理論~ド歩く編~ 実践記録

          「未来」に自分を引き渡す

          子どもは可能性の塊だ。子どもには未来がある。子どもには夢がある。 そうだよ。これからまだ知らないことをどんどん経験していく。そうだけれど、それを大人がそんなに期待していいんだろうか。 確かに、「良い未来」を「得る」ためには、大人が手を引いてやらないといけないことばっかりだ。 私の地元には、中学受験なんて概念はなかった。学年のほんの数人が受けていて、なんだか噂程度に聞くものだった。 だけれど、東京に来てからは、なんと選択肢の多いことか。中学受験をさせるのか、させないのか

          「未来」に自分を引き渡す

          普通に働きたいけれど

           先週、1週間くらいにかけて、軽く体調を崩した。理由は明確で、急に寒くなって雪まで降って身体の芯まで冷え切っているのに、面接などの急に心身に負担のかかる予定があったからだ。 雪の降りしきる大久保を、日本語学校の面接を受けに行った。結果は散々で、模擬授業を終えた私に校長は「これでは生徒からお金を取れません」と言われてしまった。ほんと、そりゃそうなんだけど、これまでの道中が辛かったのもあってめっちゃ泣いてしまった。校長は悪くない。 多分、きっかけはその日で、その週は「何をして

          普通に働きたいけれど

          文化的生活

          習慣としての「読書」幼稚園の頃から、母親に連れられて図書館に行く習慣があった。公民館で生け花を習っていて、その隣にあった図書館には、導線にあることもあってよく行っていた。 図書館に一度行くと、返却期限があるのでまた行かなければならない。私の地域の図書館は期限が1週間だったから、毎週末行くことになる。 父親は図書館には行かなかったが、本をよく買っていた。母親は「不経済だよねえ」と言っていた。父親は池井戸潤が好きだった。 母親は自己啓発本やビジネス書が好きだった。私も、中学

          文化的生活

          本は字のかたまり

          本は字のかたまりである。逆に言えば、字をたくさん書けば、それは本になる。 岸政彦『東京の生活史』を書店で見て、「なんて、字のかたまりなんだ」とくらくらした。これを読むことよりも、書き手のことが気になった。『断片的なものの社会学』を読んでいるから、インタビューや文字起こしの要素が強いとはいえ、人はこんなに文字を書けるのか。さすがに、一人の手には依らないとはいえ。 本は、文字のかたまりである。そんなことを、私が一番良く分かっている。 大学のとき、自主ゼミで雑誌を作っていた。

          本は字のかたまり

          エトガル・ケレット『あの素晴らしき7年』

          イスラエル、パレスチナ、イラン・イラクにウクライナ…… 私にとっては、ニュースでしか目にしない国々、いや、世界史の授業では聞いたかもしれない。でも私世界史センター試験ギリギリまで12点で、担任の先生に「使わないんだと思ってた」と言われたくらいだから、あんま聞いてない。 とにかく、政治とか、戦争のことでしか耳にしない国々だ。「戦争のある国」。 その国々について知ろうとすると、インターネットでも書店でも、「戦争」「政治」の文脈で流通している。 そりゃそうだ。今も想像を絶す

          エトガル・ケレット『あの素晴らしき7年』

          黙っていいことにしました

          人とふたりきりになるとき、どうしても沈黙がむず痒くてなんか「今日は寒くてね……へへ……」みたいなことを、喉の上顎の近くにモヤモヤとした物質を感じながら絞り出すんですけど、それを止めてみることにしました。 もうすでに絞り出してる時点でカスのかたまりを提供してしまっているし、何より自分が気持ち悪い。幸い、営業職ではないので、無理に天気の話をする必要はないと。 もう、沈黙をよしとすることにしました。コミュニケーションの場では、なんか「円滑さ」を求めるときに、沈黙を嫌って(共通の

          黙っていいことにしました

          上を向いたって苦しい

          最近、健康のために瞑想をしています。 特に、義務にしているわけではないのだけれど、朝とか、寝る感じじゃないけれど目を閉じて休みたいなというときに、やっています。 スマホに「OK Google、瞑想」とつぶやくと、瞑想用のルーティンが自動で開始されます。まだ無音だと難しいので、波の音を聞きます。5分間のタイマーも同時に開始されるように設定しています。 あとは5分間、呼吸に集中します。 呼吸に集中し始めて、気づいたことがいくつかあります。 まず、呼吸に集中するのはむずか

          上を向いたって苦しい

          マックはスマイル0円ですが、それ以外の企業は全然普通に有料です

          前提として、今の私の状況をお話すると、10月半ばで勤めていた学校を辞め、現在茨城の実家にいながら東京で就活をしています。 そのため、なんやかんや(ここでいうなんやかんやとは、引っ越し、それに伴うなんかアカウントの移行みたいな手続き)があったのですが、本当に、なんというか私がまあ悪いっちゃ悪いが、いや悪いか? あ? という状況ではあるものの、それにかかわった人たちもまあ悪くないっちゃ悪くなくて、まあその文句を言うのではなくて前向きな結論を出していきたいなという心持なのですが、

          マックはスマイル0円ですが、それ以外の企業は全然普通に有料です

          20230610 いま、何「力」を育ててる?

          最近、かなり体調がよい。体調がよいとき、本当に「顔色がよい」とはこんな色なんだろうなと思った。例えば、唇の色がよい。それから、頬が自然に赤らんでいてよい。赤、ではなく、ハムみたいなピンクだ。赤すぎるのもよくない。 愛知に来て、仕事が変わって、正直に言ってかなり恵まれている。仕事は楽しいのに、ほとんど定時に帰ることができる。それに、仕事の内容も今まで考えてきたことをしっかり実践・観察することができる。ちょっと、幸せすぎる。 うちの学校の子どもたちは、自分にかかわりのある、日

          20230610 いま、何「力」を育ててる?

          20230606 じゃないところが気になる

          1年生の指導。また、猫の話になる。ここ何回かは、猫の報告会になっている。前回は、絵カードに猫があったから思い出したのかな、と思っていたけれど、今日は猫の絵は登場しなかった。 「ねこあった。」「ねこ、はしかった。」この「はしかった」に注目してほしい。私がよく見つける猫は、川にかけられた短い橋にいる。だからこの1年生も「橋で見つけた」と言っていたのかと思った。しかし、これはおそらく「走る」+「~かった」だと考えられる。「楽しかった」「うれしかった」などの形容詞を過去形にするため

          20230606 じゃないところが気になる

          20230605 プンクマインチャ

          5年生の授業で、古典に親しむ単元をやった。「竹取物語」だけでも、空気感をつかんでほしいね、と同僚の先生と相談して、おはなしのくにクラシックを観た。おはなしのくには現代語訳をされているが、やっぱり日本語支援の必要な児童(とくに今回はみんな初級だった)には、難しかった。3人とも首をひねっていた。 観終わったあと、子どもが「これ、ほんとの話?」とつぶやいた。もちろんフィクションなのだが、「竹取物語」、改めて聞くとちょっと突拍子もなさすぎる。 同僚の先生が「つまり、竹から女の子が

          20230605 プンクマインチャ