必死に生きているだけなのに真面目とか言うなよ
「〇〇さんは真面目だから」
私がこれまでの人生で何万回も聞いてきて、呪いになっている言葉。
私はただ、与えられた場所で与えられた条件の中与えられた人生をただただ必死に生きているだけなのに、「真面目」というラベルを貼られてしまう
。
というか、真面目ということにしておきたいのはそっちのほうなんだろう。真面目ということに、不器用だとか、愛嬌がないとか、融通がきかないとか、そういうことが言いたいくせに、真面目だとかって言って逃げている。そっちが非真面目の特権を得たいだけだろうが。
あと、真面目だからなんだ。真面目だから……の先は何だ。真面目だから、そんなどうでもいいことも一生懸命にやっちゃうんだ。真面目だから、面白くないんだ。冗談が通じないんだ。そういうことが言いたいなら、言いなよ。何だ「真面目」って。私は、ただ必死に生きているだけなのに。あと冗談通じないと思ってるやつ、ただその冗談が面白くないから笑ってないだけだからな。
本当に真面目な人に対しても失礼だ。私は真面目なんかじゃない。問題に真摯に向き合い、解決しようとしているわけじゃない。ただ、その一瞬一瞬を自分のために生きようとしているだけだ。そうなのだ。なんて利己的なのだろう。なんて不真面目なのだろう。
そういう、真面目のスティグマを背負って生きてきてしまった。私が真面目になりたかったわけじゃない。周りが、勝手に私を真面目に仕立て上げた。
ほんとは全然真面目じゃない。めちゃくちゃモラルが低いし、めちゃくちゃ下ネタも言う。誰にも気づかれないようにダジャレも言う。こんな私が、真面目だと本当に言えようか。
本当に、この人は真面目だ、と思ったときにだけ、真面目だと言ってほしい。それ以外の真面目は、ほとんど悪口だ。真面目になりたいのは私じゃない。あなたが私を真面目の檻に閉じ込めて置きたいだけだ。
二度と真面目とか言って、私の自由を奪わないでほしい。
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