見出し画像

第5章:脊椎動物に関して、および、松田隆一博士の世界の続き

⑯ 脊椎動物

A.魚類

 極地や深海の魚は、卵が大きく卵黄が豊富である。しかし、数は少ない。母親は、海洋や沿海に暮らすので、プランクトンに恵まれるので、卵黄合成に十分な栄養を得られる。そのため、幼生が生まれても体が大きく、小食で済む。ただし、深海に住む魚は個体発生のスピードが速いため、食べ物をその分欲するようだ。

 ヌタウナギは、深海にすむが、卵は大きく、卵黄が豊富である。幼生はない。Eptatretus burgeriは浅く暖かな海水で寒い時季を過ごし、暖かい時季には深く冷たい水へと移動する。肝臓内で、エストロゲン分泌によるビテロジェニンン合成が起こる。これにより、幼生のなくなる方向へと、卵黄の豊富な大きな卵が作られていくのである。

 ヤツメウナギでは、自由生活を営む成体が寄生性に変わる現象が生じたのは、発生の停滞が非寄生の先祖に影響を及ぼしたためと考えられている。低温・水の綺麗さ・ヨウ素の量の増加によってこの現象は起こり、metathetelyな個体発生と考えられている。一方、自由生活の成体では、早期の性成熟が起きる。これはprotethetelyな個体発生である。

 シーラカンスLatimeria chaluminaeでも、大型の卵黄を持つ卵を産む。深海に住むという事実が適合している。また、L. chaluminaeは卵胎生である。このような傾向は、ミソサザイ科のような洞穴魚でも見られる。

 サケ科の銀化現象は、形と行動の変化のサインとして知られている。黒い体色から銀色に変わることなのだが、これは底生から遊泳への変化でもあり、淡水から海水への移動でもある。これには、春の長めの日長が必要とされていて、これを期に甲状腺ホルモンの量が上がっていく。水温や月の周期も関係するとされている。

 他には、ミツトゲウオの側板の形態の多型、ヤツメウナギの内柱から甲状腺への分化、シラウオ科の海水・淡水への適応による卵の接着性の獲得、胚魚の陸生に適しつつある肢のような鰭、等が内分泌が生活変化に影響を与えた例として挙げられている。

B.両生類

 無尾類では、プエルトリコのコキガエルEleutherodactylosは卵黄に満ちて直径3-5mmと大きく、幼生にならない直接発生を営む。既にミニチュアのカエルとして孵化するので、水の少ない陸上でも生きられる。肝臓のβ-エストラジオールがビテロジェニンの合成を起こし、血流によって卵に運搬される。両肢が同時に発生し、ミニチュアが8時間で孵化し、全長5mmである。オタマジャクシの鰓は胚発生で一時的にできるだけである。この発生様式には、プロラクチンの早期の分泌が甲状腺ホルモンの活性化を早めると考えられている。同じ様式を採るものではアカガエル科Arthroleptis crusculumやヒキガエル科Nectophrynoidesがいる。N.torieriは口のない不完全なオタマジャクシを産む。

 有尾類でも、同様の例がある。プレトドン科のPlethodontidaeは陸生で、幼生がなく、直接発生を営む。Desmognathusでは水生のもいるが、卵は水生の祖先よりも大きい。幼生のない有尾類にも、実験的に幼生を見出すことができる。セアカサラマンダーPlethodon cinereusにフェニルチオウレアを加えると、幼生を発見できたという報告がある。これは、プロラクチンとチロキシンの早期発現が直接発生に関与している可能性を示唆している。

 サンショウウオでは、ホルモンを強制的に加えると成体になるもの、決してならないもの、等、様々なネオテニーが知られているが、松田が知る限りでは、三種類に分かれている。

(1) タイガーサラマンダーAmbystoma trigrinumは低温等の環境の刺激に依存したネオテニーであり、高所の個体で見られている。

(2) ブラウンサラマンダーA.gracileとメキシコサンショウウオA.mexicanumは自然選択によって遺伝的に固定されたネオテニーである。チロキシンの分泌量が変異で変わって得られた。

(3)器官のホルモンに対する応答能力が、変異や環境による選択か何かで変わって得られたネオテニー。

松田は、これらのネオテニーは遺伝的同化という考え方で説明できるとしていた。しかし、1984年にHoは松田の考え方を却下した。(1)変異が遺伝的同化を起こすことは、環境の変化が同時に変異を起こさないうちには、発見できないものである。(2)体細胞の変異と遺伝子の変異が同じ表現型をもたらすのなら、(3)動物が新しい住み家を選んだ時に同じくして起こる変異は、試験しようのないものである。

 松田はこの却下に反論した。(1)に対しては、A.mexicanumでは、内分泌系への変異が蓄積できているからこそ、実験室内でネオテニーを観察することができる。例えば、メキシコシティ周辺で75%の集団が自然環境下で変態できることを見ても、100年間でネオテニーへの変異が子孫に伝えられていると考えられる。(2)に対しては、表現型は自然選択の直接の標的となり、その遺伝的な背景に依存しない。(3)に対しては、これは不可欠なプロセスである。ボールドウィン効果と呼ばれる、動物が自発的に自らの発生に影響を与えるような環境を選ん行動様式を変えていく現象は、(幾つかのルリキンバエtephretid flyに見られるような同所的な)種分化に繋がるのであり、無視してはいけない。

 有尾類の例について述べていく。Tritums helreticusのネオテニーについて。甲状腺が腫瘍化しているため、ホルモンの分泌ができないのだが、これには、ハゴロモカンランやカブを育てるべく、耕作された肥料としてウサギの糞が池の周辺に使われたために池が汚染され、幼生の甲状腺が腫瘍化したのだと考えられている。

A.tigrinumの幼生個体は年ごとに大きくなり、やがて変態できなくなったと考えられている。これには、甲状腺ホルモンレセプターの機能が不全になり、プロラクチン分泌の延長で幼生が大型化したと考えられているが、引き金は先の例のように、汚水ではないかと思われる。実際、きれいな水では大きな卵が数多く生まれるが、汚水では腫瘍が生じ、生まれた内の1/3がネオテニー個体になるのだという。

ブチイモリNotophthalmus viridescensの変態について。一回目はオレンジ色の陸向きの形になのだが、3-4年後になると再び水中に戻り、緑色の滑らかな皮膚を持つ、長い尾の形になる。いわば、ネオテニーに逆戻りするのである。これにはプロラクチンの再分泌によるものと考えられる。このプロラクチンで皮膚の透過性を制御できるだろう。このような水に帰る生活史を持つ”water-drive”には16時間の日長がより効果的で、水温20℃がプロラクチン分泌に良いようである。

以上は個体発生の変化がもたらす形態レベルでの変化であるが、行動の変化についても幾つか例を挙げる。アカメアマガエルAgalychris callidryasでは、振動によって孵化する時期が早まることで、葉の上に産出された卵が蛇や蜂に襲われても、その振動で孵化して水中に飛び込み、逃げ延びることができる。また、スペイドフットトードScaphiopus multiplicatusでは、水の豊富な池で生まれた個体は草食だが水分の不足した池で生まれた個体は肉食になる。しかも、チロキシンを投与しても、肉食の顎の逞しい体つきにはなるが、食性は変わらない。水に関わる環境が決定的な要因となっているようだ。


5.松田隆一博士の世界の続き~生物進化の本質とは?~

 今まで述べてきた事例は非常に雑多だが、やはり内分泌系と環境への適応が形態ひいては行動の変化を引き起こしているように思える。松田は胚化を始めとする個体発生の変容については、最終的には変異が必要としていたが、AからBに遷り変ってそこに固定するのが絶対というわけではないようだ。2006年、SuzukiとNijhoutはScience誌に、トマトホーンワームManduca quinquemaculataを用いた一連の実験と成果を報告した。この芋虫形幼虫には、緑色と黒色の二種類があり、野生型は緑色とされている。これに熱ショックを与え、13世代にわたって黒色を選び抜いた個体について、幼若ホルモンと温度感受性を調べたところ、28℃を境に、黒色を選び抜いた個体は、幼若ホルモンの分泌量を増し、緑色に変わった。しかし、この反応は個体によって異なっていた。気温28℃を境に黒色にも緑色にも可逆的に体色変化を行う個体もあったのだ。つまり、熱ショックに伴う幼若ホルモン主導の体色変化には、何らかの境界線があり、それを超えてしまうと後戻りのできない体色変化となるが、それ以前のしなやかで融通の利くレベルがあって、そのレベルに幼若ホルモンに関わる内分泌系が位置していると、黒色にも緑色にも、気温に応じて変えられるようになると思われる。これは遺伝的同化とは異なり、一個体において表現型が固定されていないので、genetic accommodationと称されている。人類学者として高名な今西錦司が晩年に「生物は進化すべき時に進化する」と言ったが、ちょうどその進化しようとしている狭間を見ているような気がする。松田が列挙した例の中にも、このようなしなやかな状態がおそらくあるのであろうが、同じ環境要因によっても、内分泌系の応答が一律ではなく、確率的に個体発生が変更するような中途半端な状態に、私達は行き着くべきなのかもしれない。微小管の動的不安定性のような、方向の定まりきらない未明の状態に力が加わって急激に一定の方向に邁進する、それが生物の進化の本質なのかもしれない。


使用文献

The evolutionary process in taltrid amphipods and salamanders in changing environments, with a discussion of “genetic assimilation” and some other evolutionary concepts Ryuichi Matsuda著 National Research Council of Canada 1982年

Animal Evolution in Changing Environments with Special Reference to Abnormal Metamorphosis Ryuichi Matsuda著 JOHN WILEY & SONS 1987年

Evolution of a Polyphenism by Genetic Accommodation Yuichiro Suzukiら著 3 February 2006 Vol.311 SCIENCE

サポートは皆様の自由なご意志に委ねています。